とある男のプロローグ

サイ

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第二章

二話

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とまぁ、そんなこんなの斯々然々かくかくしかじかで、ペルマナントに到着するまでの期間限定という条件付きでキャラバンに雇い入れてもらえた訳だ。
実に運が良かった。
すんなりと職にありつけた上にその職は各地を転々とするキャラバンで、体力仕事ではあるが労働環境が悪い訳では決してなく、同僚たちも親切で気のいい人たちばかりで居心地がいい。
俺に都合のよい事ばかりで、本当に運が良かった。
………いっそ怖いくらい。

「コンコン。」

不意に耳に届いた声にハッとして目を開ける。
声のした方へと目を向けると、幌馬車のカーテンを捲って車内を覗き込むオレンジ頭があった。

「お疲れ、ちゃんと休んでるか?」

ニカッ!と爽やかに笑って見せるこの男の名は、オディギア。
俺を迎え入れてくれたこのキャラバンのオーナーだ。
商人と言う職業柄かとても快活で気さくな性格で、慣れない環境に戸惑ってばかりの俺を気遣ってか時折こうして様子を見に来てくれるような面倒見のよい人物だった。
本当によくできたいい人だと思うが、一つ、困った点を上げるならば。

「あ゛!お前フードが落ちかけてるぞ!全く、しっかり被っておかないとダメだろう。」

ズカズカと馬車へ乗り上げて来たオーナーは、大げさに小言を言いながらグイっとずり落ちかけていたフードを引き下げた。

「オーナー、まえ、見えない。」
「あ、あぁ~すまんすまん、つい力加減が……痛くなかったか?」

目深にかぶったフード越しに俺の頭を撫でながら、オーナーは続ける。

「でもな、何度も言ってっけど、お前は珍しい見た目してんだからちゃんと隠しとかねぇと。油断してると怖~いオッサンに攫われちまうんだからな?」

まるで幼い子供に言い聞かせるような口調に思う所が無いわけではないが、文句を言ったところで意味がないことは目に見えているため「ん、わかってる、ごめん。」と大人しく謝っておく。
まったく、彼のこの心配性にも困ったものだ。
俺はもう大人だから大丈夫だと何度言って聞かせても信じてくれず、いつまで経っても危なっかしい子供扱いで甘やかしてくる。
今だって「皆には内緒だぞ?」とか言って先程仕入れたばかりのキャンディを俺の口に放り込んでくれてるし。
お陰で俺はこんな頭の先から足首まですっぽり隠れてしまうような暑苦しいローブを四六時中着ながら仕事をする羽目になっているのだ。
しかし、彼の心配も決して的外れなわけでもないから無下にも出来ない。
彼が先に述べたように、この世界で俺の容姿は非常に珍しい。
この2ヶ月色んな場所を巡って色んな人間を目にして来たが、黒髪黒目どころか東洋人のような顔立ちすら一度も見かけなかった。
顔立ちは皆堀の深い西洋人顔で、彼らの持つ色彩は金や茶と言った比率が最も多いが、その他にもオーナーのようなオレンジ髪や目の覚めるような青髪もいれば、はたまたショッキングピンクの髪色を持つ人間なんかもいて、そんな人々がその辺りを当たり前のように歩いているような世界なのだ。
この世界の人々のDNAは一体どうなっているのやら……
閑話休題それはさて置き
外見の違いもさる事ながら、俺の首には奴隷の首輪も嵌められている。
一見するとただのチョーカーだが、これは奴隷である事を表す物で、主人にしか外すことが出来ない魔術の施された首輪なのだと言う。
奴隷を持つことは違法なので一般にはあまり知られていないが、アンダーグラウンドな世界では一般常識。
珍しい人種の奴隷がそんな恐ろしい世界の人々の目にどう映るかなんて、火を見るよりも明らかだ。
この首輪と俺の容姿が噂になってあのクソデブの耳に入りでもしたらと思うと、ゾッとしないではいられない。
だから俺はこうして大人しく与えられたローブをすっぽり纏って日々の生活を送っているのだ。
そう言う訳で、このキャラバンの従業員の中で俺の素顔を知っているのはオーナーと、俺と共に雇われた老人しか居ない。

「あ、そう言えば……オーナー、ジャンさんは?」

ふと思い出して尋ねると、オーナーは少し呆れたような顔をしながら俺の正面の席に腰を下ろした。

「アルジャンならまだ帳簿の計算をしてる頃だと思うぜ?」
「……そう。」

手伝おうかと思ったのだが、残念ながら小学校すら卒業できていない俺には手伝えそうにもない仕事の真っ最中のようだ。
残念。
ちなみにジャンさん……もといアルジャンさんとは、俺の同期とも言えるあの老人の名だ。
地方に住む平民の識字率が低いらしいこの世界で、彼は珍しく読み書きができて計算もできる貴重な人材で、今ではこのキャラバンの帳簿係と言う重要な役を担っている。
この短期間でそこまでの信頼を得てしまうなんて本当に凄い人だと思うし、同じ社会人として俺も斯くありたいと憧れてしまう。
まぁ、学のない俺が彼の足元に及ぶまでにどれ程の時間を要するのか、想像もしたくないけれど。

「ったく……お前、本当にアルジャンに懐いてるなぁ。普通、懐くなら俺じゃねぇ?」

ムッと唇を突き出してこれ見よがしに拗ねて見せるオーナーに苦笑する。

「なついてない、ソンケイ、してるだけ。」
「いや、なら尚更俺だろ!」
「………ぇ?」
「オーナー命令だ、今すぐその不思議そうな顔を止めなさい。」

涙目で凄んで見せるオーナーに、俺は堪らず噴出して答えた。

「ふふ、冗談。オーナーには、感謝、してる。」
「ったく、本当かよ……」

本当だよ。
貴方には心から感謝している。
2ヵ月前のあの時、彼が声を掛けてくれていなければ今頃俺は行き倒れて死んでいたと思うし。

「感謝、言いそびれた、ありがとう。」
「な、なんだよ藪から棒に。照れるから止めろ!」
「ふふん、ありがと、オーナー、心から感謝。助かった。流石オーナー。」
「やめろってんだ!」

顔を真っ赤にして怒ったオーナーに頬を抓られて、ようやく揶揄うのを止めた。

「ごえんなひゃい。」
「分かればよろしい。」

解放されてヒリヒリ痛む頬をさすっている俺を何とも言えない表情で見つめながら、オーナーが口を開く。

「お前、本当に不思議な奴だよな。」
「んん?どこが、俺、普通。」
「いや、それこそどこが?」

思わずと言った調子で突っ込みを入れたオーナーは、「ごほん」一つ咳ばらいをして話を戻す。

「最初にお前を見つけた時はよ、その身なりを見て思ったよ。お前みたいな奴はきっと、野良猫みてぇに誰にも懐きゃしないんだろうなってさ。」
「俺みたいな奴?」
「人間の醜悪さを知ってる奴だよ。」
「……!」

どうして……

「どうしてって顔だな?まぁ、俺みたいな商売やってるとな、色んな人間を見るんだ。幸せな奴、不幸な奴、金持ちに貧乏人、善人と悪人、……本当に、色々な。」
「……」
「そう言う目を培っとかねぇと生きていけない世界だから、だから必死に見る。」
「………なら、俺は、どんな奴に、見えた?」

薄っすら笑って尋ねた俺に、オーナーはちょっとだけ悲しそうな顔をして答えた。

「奪われた奴。散々奪われて、弄ばれて、人間に絶望した奴……かな。」

成る程、確かに商人の観察眼は侮れない。
しかし。

「っはは、そこまで、ひどく、ない。」

俺は人間に絶望なんかした事は一度だってない。
なぜなら。

「端っから期待してないんだから、絶望することもなかった……か?」
「!」

浮かべていた笑みが消えたのを、自覚する。
オーナーはボリボリと豪快に頭を掻いて、恐らくこの話の本題に入ろうと真面目な顔をして口を開いた。

「俺はお前を気に入ってる。真面目でよく働くし気も利くし。」
「………」
「首都に行ったって必ずしも職が見つかるわけじゃない。お前みたいな珍しい外見の奴なら猶更だ。」
「……何が、言いたい?」

発した声に少なくない険が混じっていることに気が付き、ハッとして口元を抑える。
今のは、雇い主に向けていいような声じゃなかった。
恐る恐るオーナーへと視線を向けると、彼は「気にするな」とでも言うように笑って見せた。

「お前さ、うちのキャラバンに就職しろよ。」
「………………は。」

思いがけない言葉に驚いて、間の抜けた声が口から零れて落ちる。
しゅうしょく?
今、この人、就職って言ったか?

「い、いい、今の話で、どうして、そうなる?」

俺の人間不信を無遠慮に指摘しておきながら、どうしてそんな奴の面倒を自分から見ようだなんて言えるんだ?
それに彼の口ぶりなら分かっているはずだ。
俺みたいな奴を抱えていればいずれ面倒事に巻き込まれるであろうことは、十分すぎる程に。
それなのになぜ?

「お前だけじゃないからだよ。」
「え……」
「このキャラバンにはな、他に行き場がなくて拾われた奴らが大勢いる。」
「………オーナーが、拾った?」

この問いに、オーナーは静かに首を振る。

「いいや。俺もな、ガキの頃に拾われた口なんだよ。」
「オーナーも?」
「あぁ。このキャラバンだって、俺を拾ってくれた組織が与えてくれた物だし。」

驚いた。
てっきりこのキャラバンはオーナーが立ち上げた物だとばかり思っていた。
そう思えるほど彼は各地の商人たちに広く顔が知れているし、まだ年若い彼がこの大きなキャラバンのオーナーを名乗っても違和感を覚えない程の貫禄を持ち、何より従業員たちから厚い信頼を得ているのだから。
つまりはそれほどの基盤を築ける程の長い間、彼はこのキャラバンを経営してきたと言う事。
オーナーの言う組織とやらは、一体彼が幾つの頃にこの仕事を与えたのだろう?
行き場をなくして彷徨っていた若造を拾い、ポンと仕事を丸ごとを与えてしまえる組織って一体何なんだ?
もしかして俺、今かなりヤバい話を聞かされているんじゃ……?

「別に怖がる事はねぇよ。少なくともこのキャラバンはクリーンな仕事しか請け負わないよう言われてるからな。」

いつものように爽やかに笑って言うオーナーに、ヒクリと口角が引き攣る。
少なくともって何ですか。

「組織……は、正直何考えてんのか知らねーけどさ、俺は、お前みたいな奴を放って置けねぇ。俺は昔、救われた。だから今度は、俺が救いたい。そう思って今までやって来た。」

ス、と。
目の前に大きな骨ばった掌が差し出される。

「俺は、お前の事も救いたい。だから、うちに就職しろ。」
「…………」

差し出された掌と、いつもの柔和な表情を引っ込めて大真面目な表情をしているオーナーの顔を見比べる。
彼が俺を勧誘した動機は、分かった。
正直に言うと彼の救うとか救わないとか、そんな話はどうでもいいんだ。
何故なら俺はもうずっと前に、彼に救ってもらうまでもなく救われているんだから。
けれどそんな事情を抜き差ししても彼の提案は魅力的だ。
だって俺に付き纏う面倒事を承知の上で、彼は言外にこう言って勧誘しているのだ。
このキャラバンに居る限りは守ってやると。
ただしキャラバンを去るのならその後は関知しない、と言う注釈付きで。
今の俺に最も必要なのは後ろ盾と隠れ蓑。
………悪い話では、ないはずだ。

「………わ」
「おやおや、取り込み中だったようだ。」

不意に乱入した聞きなれたその声に、オーナーへと伸ばしかけた右手がポトリと膝の上に落ちる。
声のした方向へと視線を向けると、いつからそこに居たのか、俺の隣にはロマンスグレーの髪を上品に後ろに撫でつけた老人が優雅に腰かけていた。

「ジャンさん?」


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