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二話
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あの後、二時間ほどで姉さんが家に来たらしく目を覚ました時には希緒の姿がなかった。
ゴールデンウィーク初日にヒートになるとは思ってもみなかった為、何も対処をしていない。抑制剤は飲んでいたはずなのに、なんでなっちゃったんだろう。
ヒート中の事はあまり覚えていない。意識が混濁しているような感じだ。
ヒートが終わったのは連休の終わった五月八日の金曜日。落ち着いたのは金曜日の夕方だから大学には行けていない。
倦怠感の残る身体の上半身を起こしてスマホを見ると姉さんから通知が来ていた。メールを開くと『落ち着いたら電話してね』とだけ書かれていた。メールが来たのはゴールデンウィーク初日の五月二日の夕方。一週間近くスマホを見ていなかったらしい。
スマホを親指の先で操作して姉さんに電話を掛けるとすぐに出てくれた。
「あ、姉さん。真琴だけど」
電話口でそう言うと思っていたより喉が渇いていたらしく、掠れた声しか出なかった。
『ようやく落ち着いたのね、良かった。月曜日までは希緒の面倒見ててあげるから少しゆっくりしなさい』
姉さんは終始優しい声色で言ってくれた。
「ありがとう、姉さん」
『いえいえ~。いつも希緒の事、真琴に任せているからこういう時くらいお姉さんに任せなさいな。じゃあ、おやすみ。ちゃんとご飯食べるのよ?』
姉さんはそう言うと電話を切ってしまった。
夕飯何食べようかな。
…………
週末が明けて五月十一日の月曜日。希緒は姉さんが保育園に連れて行ってくれたらしい。俺は言うと久しぶりのゆったりとした朝を迎え、大学にやってきていた。大きな肩掛けカバンの中にはスマホと家の鍵、ノートとネタ帳代わりのルーズリーフ。あとは小さめのノートパソコンが一台入っている。
大学に着いて真っ先に向かったのは食堂だ。授業は二限目からだから授業までの時間はいつも食堂で執筆をしている。
食堂に向かっていると突然後ろから肩をとんとんとつつかれた。びっくりした俺は身体をビクッと震わせて背後を振り向いた。すると其処には意外な人物が立っていた。
「嗚呼、やっぱり。こんにちは、この間振りですね」
「えっと、皇先輩?」
俺の肩をつついたのはこの大学で一目置かれている俺より一個上の学年の先輩、皇日向先輩だった。確か先輩はアルファだと、同学年の女子生徒が騒いでいたような気がする。
「知ってたんですね、手間が省けました」
俺が少し考え事をしていると皇先輩はにこにこと微笑みを浮かべてそう言った。というか一つ気になる事がある。
「手間、と申しますと? それと俺に何か用ですか?」
肩掛けカバンの紐部分を握り締めながら問い掛ける。連休中の事もあったせいで少し、いや、かなりアルファが怖い。心なしか手が震えているような気がする。
「えっとですね。君、名前は蘭真琴君ですよね?」
「はい、そうですが」
「真琴君。僕と番になってくれませんか?」
「……は?」
今この人なんて言った? 番? 誰と誰が? 俺と皇先輩が?
「なんで、そう思うに至ったんですか?」
どうしてそう思うに至ったのか、と問い掛けてみると先輩はきょとんとした表情を浮かべて首を傾げていた。
「本能で思っただけですよ?」
君を番にしてしまいたい、と。
先輩のその言葉を聞いた瞬間、背筋を悪寒が走ったような感覚を覚えた。先輩はにこにことした表情を浮かべてはいるものの、眼差しは飢えた獣のような眼をしていた。
素直に恐ろしい、怖いと思った。目の前のアルファが怖いと思った。
一見すると穏やかで、のほほんとした雰囲気を醸し出している皇先輩が俺を見て飢えた獣の眼をしているのだ。先輩の碧色の瞳がギラリと光った気がした。
「……っ」
どう反応していいのか、そしてどう反応するのが正解なのか分からずその場から逃げ出してしまった。逃げた先は図書館。アルファの先輩が来ないだろうと思う場所だ。
図書館に入って奥の人があまりいない場所に移動して一つだけある椅子に座り込んだ。
怖かった。
それだけが頭の中を占めていた。怖い、恐ろしい。それだけが。
思わずカバンを抱き締めてしまう。怖かったのか、はたまた緊張していたのか、瞳からは一筋の涙が流れた事に、俺は気が付かなかった。
ゴールデンウィーク初日にヒートになるとは思ってもみなかった為、何も対処をしていない。抑制剤は飲んでいたはずなのに、なんでなっちゃったんだろう。
ヒート中の事はあまり覚えていない。意識が混濁しているような感じだ。
ヒートが終わったのは連休の終わった五月八日の金曜日。落ち着いたのは金曜日の夕方だから大学には行けていない。
倦怠感の残る身体の上半身を起こしてスマホを見ると姉さんから通知が来ていた。メールを開くと『落ち着いたら電話してね』とだけ書かれていた。メールが来たのはゴールデンウィーク初日の五月二日の夕方。一週間近くスマホを見ていなかったらしい。
スマホを親指の先で操作して姉さんに電話を掛けるとすぐに出てくれた。
「あ、姉さん。真琴だけど」
電話口でそう言うと思っていたより喉が渇いていたらしく、掠れた声しか出なかった。
『ようやく落ち着いたのね、良かった。月曜日までは希緒の面倒見ててあげるから少しゆっくりしなさい』
姉さんは終始優しい声色で言ってくれた。
「ありがとう、姉さん」
『いえいえ~。いつも希緒の事、真琴に任せているからこういう時くらいお姉さんに任せなさいな。じゃあ、おやすみ。ちゃんとご飯食べるのよ?』
姉さんはそう言うと電話を切ってしまった。
夕飯何食べようかな。
…………
週末が明けて五月十一日の月曜日。希緒は姉さんが保育園に連れて行ってくれたらしい。俺は言うと久しぶりのゆったりとした朝を迎え、大学にやってきていた。大きな肩掛けカバンの中にはスマホと家の鍵、ノートとネタ帳代わりのルーズリーフ。あとは小さめのノートパソコンが一台入っている。
大学に着いて真っ先に向かったのは食堂だ。授業は二限目からだから授業までの時間はいつも食堂で執筆をしている。
食堂に向かっていると突然後ろから肩をとんとんとつつかれた。びっくりした俺は身体をビクッと震わせて背後を振り向いた。すると其処には意外な人物が立っていた。
「嗚呼、やっぱり。こんにちは、この間振りですね」
「えっと、皇先輩?」
俺の肩をつついたのはこの大学で一目置かれている俺より一個上の学年の先輩、皇日向先輩だった。確か先輩はアルファだと、同学年の女子生徒が騒いでいたような気がする。
「知ってたんですね、手間が省けました」
俺が少し考え事をしていると皇先輩はにこにこと微笑みを浮かべてそう言った。というか一つ気になる事がある。
「手間、と申しますと? それと俺に何か用ですか?」
肩掛けカバンの紐部分を握り締めながら問い掛ける。連休中の事もあったせいで少し、いや、かなりアルファが怖い。心なしか手が震えているような気がする。
「えっとですね。君、名前は蘭真琴君ですよね?」
「はい、そうですが」
「真琴君。僕と番になってくれませんか?」
「……は?」
今この人なんて言った? 番? 誰と誰が? 俺と皇先輩が?
「なんで、そう思うに至ったんですか?」
どうしてそう思うに至ったのか、と問い掛けてみると先輩はきょとんとした表情を浮かべて首を傾げていた。
「本能で思っただけですよ?」
君を番にしてしまいたい、と。
先輩のその言葉を聞いた瞬間、背筋を悪寒が走ったような感覚を覚えた。先輩はにこにことした表情を浮かべてはいるものの、眼差しは飢えた獣のような眼をしていた。
素直に恐ろしい、怖いと思った。目の前のアルファが怖いと思った。
一見すると穏やかで、のほほんとした雰囲気を醸し出している皇先輩が俺を見て飢えた獣の眼をしているのだ。先輩の碧色の瞳がギラリと光った気がした。
「……っ」
どう反応していいのか、そしてどう反応するのが正解なのか分からずその場から逃げ出してしまった。逃げた先は図書館。アルファの先輩が来ないだろうと思う場所だ。
図書館に入って奥の人があまりいない場所に移動して一つだけある椅子に座り込んだ。
怖かった。
それだけが頭の中を占めていた。怖い、恐ろしい。それだけが。
思わずカバンを抱き締めてしまう。怖かったのか、はたまた緊張していたのか、瞳からは一筋の涙が流れた事に、俺は気が付かなかった。
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