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三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑩<王子5> 『運命の交差点』

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⑯【ロキ】
 さてと、どうしたものか。
 つい魔界側にいる魔族に話しかけてしまったが、こんなことをしている間にもソフィアが誰かを連れて戻ってきてしまう。
 魔族と交流を深めること自体は別段抵抗はないが、『教会』の人間が見たら、あまり良い印象は覚えないことだろう。

「人間? あなたは人間なの?」
 そうとも知らない女の影が、暢気に尋ねてくる。
 というか、シルエットだけしか分からないが、コイツは本当に魔族か? 角も翼も生えていない。どう見ても普通の人間にしか見えないが……。

「そうだ。女、お前は魔族か?」
 ……。
 おい、聞こえているのか?

「私は……魔族。そうだよ。私はもうただの魔族」
 しばらくの間の後に、答えが返ってくる。
 なんだ今の間は。
 魔族側の詳しい生態系は分からないが、ただの魔族じゃない魔族がいるのか?
 気にはなるところだが、雑談を交わしている暇はなさそうだな。

「女。時間がない。良く聞け。そして嘘偽りなく答えろ。そちらに黒いローブの男が向かったはずだ。それはお前の仲間か?」
 メフィスが魔界へと向かったのであればそれでいい。無事本体と合流を果たせたということになる。

「……あんなの、仲間のはずないよ。今はいないけど、私の仲間は他にいる。助けに向かわなきゃ」
 メフィスを知っている魔族か。だが、仲間ではないときたか。
 ……それは、少し厄介だな。
 この女は、何も知らない魔族か、もしくは――

「そうか……。ならば、ローブ男の近くに人間の女がいなかったか? 浅黒の肌、黒髪の女だ。まだ生きているのか?」
 ナルヴィの味方かだ。だが、俺の問いかけに、女は分かりやすく首を振る。

「私が見た時にはいなかった。……いたのは黒いローブの人だけ。なにか、この真ん中に付いてる宝石のエネルギーを吸ってたみたいだったよ」

「宝玉《オーブ》だな。どうやら、コイツは魔力増幅機能も果たしているみたいだ。……それより人間の女は本当にいないんだな? どこかに隠れていたとかではなく。……そこに死んでいるわけでもなく」

「いないって。ここには隠れるところはないし、死体もない。……私が来た時はだよ。出口がいっぱいあるし、どこかに逃げたのかも」
 女の言葉は嘘を付いているふうには思えない。
 おそらく本当に、この女はナルヴィのことを知らないのだろう。

 しかしどういうことだ。この女の説明では、魔界側の転移石部屋に、メフィスがいたと言っていた。
 こちらに来ていた分体のメフィスが合流したのかは分からないが、少なくともメフィスは転移石の前にいた。
 ナルヴィが魔界に辿り着いたのなら真っ先に出会う相手だろうし、戦闘にならないはずがない。
 考えられるのはただ一つ。
 ナルヴィは『魔界』に向かっていないということだ。

「そうか。分かった」
 ナルヴィは『魔界』に逃げた訳ではない。
 その安堵とともに、一抹の不安が過ぎる。
 俺と話をしていたメフィスが本体と合流したのだとしたら、こちらの世界に戻ってこないはずがない。
 ソフィアの近くにいたはずだ。
 メフィスがこちらにいない理由。
 それは、ナルヴィを追いかけこの部屋から出て行ったか、もしくは――

「……女、お前は戦えるのか?」
 こちらの世界に現れたメフィスは合流を果たせず、こちらで息絶えてしまったかだ。
 ならば、メフィスは魔族に悪意を持ったままの存在だということになる。
 この女の敵、ということになる。

「……少しは。それより、こっちの質問にも答えてよ。コレはなんなの?」
 コレとは転移石のことか。この女、何も知らずにここに辿り着いたのか?
 詳しい説明を求められても答えられるものではないが……。

「これは『魔界』と世界を繋ぐ扉だ。ここをくぐれば、お前は『世界』にたどり着ける」
「さっきの黒いローブはなんなの? 人間の世界の敵?」
 そうじゃない。メフィスは、魔族を憎んでいる。

「どちらかというと、魔族の敵だろうな。敵対してるのなら気をつけろ。……奴は『夢魔法』の使い手だ」
「夢魔法……?」
「頭に手をかざされた瞬間に、悪夢の中に誘われる。こちらも何人かやられた」
 主に『教会』戦闘員と、俺がだがな。本当に言葉にするとチートな能力だ。

「じゃ、じゃあフィリーも……」
「フィリー? それが誰かは分からないが、大事な存在なら急いだ方がいい。こちらもそうだったが、日に日に目に見えて衰弱していく」
 なんとなくもやの向こうの状況が分かってきたな。
 要するにこの女は何も知らないまま仲間とともに転移石の前まで辿り着いてしまい、メフィスの本体と出会ってしまった。
 そこでメフィスに攻撃されて、仲間が夢魔法に囚われてしまった。そんなところだろう。

「急ぐって? どうすればいいの?」
 どうするかか。夢魔法に対して、一番手っ取り早い方法は……アレだ。

「奴を倒す。……といっても難しいかもしれないな。その他にも回復させる方法はあるにはあるが……」
 懐に収めていた指輪を取り出す。
 王家の秘宝、夢魔法の魔石が取り付けられた指輪だ。結局、一度も使わないままだった。

「勿体ぶらないでよ。それはなに?」
 王は『教会』から眠り病の症状を聞き、魔族の仕業だと推測した。
 この指輪を使い、患者の夢へと入り込んだ後に、夢の中にいる魔族を倒す。それが王家が考えていた解決方法だったのだろう。
 事態が複雑化していなければ、指輪を持たされた俺も、恐らくそう解決していたはずだ。

 『眠り病』を治す方法。それはこの指輪を使うことだ。
 そして、もやの先、『魔界』で、仲間が『眠り病』に侵され、困っている魔族がいる。
 ……どうする。俺はこの局面、どうするのが正しい行いだ?

「……女、お前はなんのために戦っている?」
 俺の心には迷いがあった。
 魔族を滅ぼそうとしているメフィス。その男に仲間を攻撃された女。
 この女に手を貸すべきか、放っておくべきか。

 だから、尋ねた。この女が一体どんな考えを持っているのか知るために。

「……仲間のため。私は、魔族だから。仲間のためになら、家族のためになら、私は戦える」
「仲間のためならば、人間の敵にすら、なる覚悟か?」
 であれば、危険な存在だ。
 今でこそ会話ができている。だが、もし、この女の仲間が人間を嫌っていたとしたら、もし、フィリーなる存在がナルヴィのように人間と敵対するのならば、この女は、人間の敵に変わってしまうからだ。
 だが、俺の危惧とは裏腹に、女は首を振る。

「人間が悪いなら、そうだけど……仲間が間違ってるんなら、説得する……と思う」
「――そうか」
 人間も魔族も、関係ないんだな。
 悪い人間がいたら、戦う。悪い考えを持つ仲間がいれば、説得する。
 当たり前、けれども、貴重な考えの持ち主だ。

 当たり前の正義を、この女も心に秘めている。

 信じて、託しても良いのか? だが、しかし……。

 よく考えろ。恐らくこれは、重大な決断だ。
 姿形も分からない魔族の女だぞ。
 初めて出会った女だ。本当に信じられるのか?

 仮に指輪を託したとして、それが本当に戻ってくるのか?

 最悪、指輪は戻ってこないならばそれでも良い。

 だが、メフィスの問題が残っている。
 メフィスと敵対関係のこの女に手を貸したとして、無事夢魔法を解除出来たとする。

 その後メフィスはどうなる?

 最悪、フィリーなる存在とこの女に、メフィス本体が討伐されてしまうかもしれない。
 メフィスは魔族の敵だ。本体はまだ魔族を滅ぼそうと考えている
 罪のない魔族が犠牲になるくらいならば、この女達に討伐してもらった方がいいのか……?

 指輪を託すか、様子を見るか……俺はここで、なにをするのが正しい……?

『――好きになった相手に、誤解されるのは本当に辛い。邪険にされるのは本当に嫌。……今夜だけでいい……私を信じてもらいたい――』
 不意にシルワの言葉が頭を過ぎった。
 私を信じてもらいたい――、そう訴えかけていたシルワの潤んだ瞳が蘇る。

 そして――。

『――人間が悪いなら、そうだけど……仲間が間違ってるんなら、説得する……と思う』
 見知らぬ女の言葉に、思いが上書きされる。

 ……そうか。
 俺はこの後に及んで、また同じ過ちを犯そうとしていた。

 俺はシルワから、信じることがどれだけ大切なことか、学んだじゃないか。
 信じないことが、どれだけの不幸を招くか、教わったじゃないか。
 裏切られてもいい。
 そう心に決めて、行動すれば現れる、正しい未来だってある。

 ……誰かが死ななくてもすむ、未来だってある。

 仲間が間違っていれば、説得する。そう語るこの女ならば……当たり前の正義を持ったこの女ならば、メフィスを変えることができるかもしれない。

 俺は、この女を信じるべきだ。
 この女の言葉に、期待する。それが正しい行いだ。


「……女、手を伸ばせ」
 もやの中の女が俺の言葉に首をかしげる。

「……なんで? 私、あなた達の居場所には行きたくないんだけど」
 そうだろうな。好き好んで人間世界にくる魔族なんてそうはいないだろう。
 そうじゃない。
 俺は渡したい物があるだけだ。

「右手を突っ込めば、右手だけこちらの世界に現れる。試したから大丈夫だ」

「そういう問題じゃない」

「いいか、これは『魔界』の問題でもあるんだ。そしてお前のためでもある。いいから、早くしてくれ」
 目の前のもやに波紋がおこり、指先が現れては消える。
 なにをモタモタしているんだ。

「手がバラバラになるとかないよね――ってぅああ!?」
 痺れを切らした俺はもやの中に腕を突っ込み、女の腕を掴んで引きずり込む。
 驚いた女が片手をばたつかせる。
 ええい、落ち着け。すぐに終わらせるから。

 暴れる女の腕を押さえながら、片手でシルワの形見である針を取り出す。

「なんなの? なにしたいの?――って痛!」
 女の指先に小さな傷を付けると、ぷくりと赤い血が膨れ上がった。
 ……魔族なのに血は赤いんだな。
 針をしまい込み、変わりに夢魔法の魔石付きの指輪を取り出す。
 幸いにもと言って良いのか分からないが、俺の身体は既に傷だらけだ。
 片腕に付いた傷を拭うように指輪をあてると、魔石の部分が虹色に輝きだした。
 次に女の指に魔石をあて、指先に付いた血を魔石に吸わせる。

 虹色がリング状の閃光となって広がっていった。

 これで、『血の盟約』は完了だ。これで、この女は指輪の力を使い、夢魔法を使うことができるようになった。
 後はこの指輪を握らせれば……。

 ……というかなんだこの女は。
 よくよく見るととんでもなく綺麗な手の形をしているな。

「変なことしたら、魔法撃つよ!」

「そいつは怖いな。……もう大丈夫だ。戻せ」
 腕を離した途端、待ってましたとばかりに美しい手が消えていく。

「……はい?」
 素っ頓狂な声が聞こえてきた。
 自分の指に現れた変化に気がついたのだろう。
 予想外に形の良い手を見られたからな。ついつい、遊び心が生まれてしまった。

「……少しの間、それを貸す。悪夢の特効薬だ」
 そしてそれは、俺の故郷に伝わる、求愛の形だ。
 決してそのつもりはないが、ただ指輪を渡してもつまらないだろう。
 だから俺は――

「いやいやいやいや、待って、ちょっと待って」
 自分の薬指に付けられた指輪を見て焦る女の姿を想像し、悪戯心が満たされる。

 思っていた以上に反応してくれて、嬉しい限りだ。
 魔族も似た風習でもあるのだろうか。

「勘違いするなよ。その指がピッタリだったから、そこに付けただけだ」

「ふつうに手渡せばいいじゃん!」

「あまりにも綺麗な手だったからな。ついつい、やってしまった」

「綺麗だだだぁ!?」
 なんだコイツは。なんかやけに良い反応をするじゃないか。
 案外、気の合う女なのかもしれない。
 急に興味が沸いてきたな。どれ一つ、顔でも拝んで――。

 もやの中に顔を入れようとしたところで、扉が開く音が聞こえてきた。
 屈強な男達が傾れ込むように部屋の中に入ってくる。男達に紛れ、癖っ毛の白い髪を伸ばしたソフィアの姿も見える。

「――っと、早いな、もうここが見つかったか」
 と言っても、呼んだのは俺なわけだが。良いところだったんだが、見知らぬ女とじゃれついている場合ではなさそうだ。

「……女。悪いが、詳しく説明している暇はなさそうだ。明日、同じ時間にここに訪れる。その時には熨斗《のし》を付けて返せよ」

「なにそれ。意味分からない。一体なんなの!?」
 まあ女からしてみたら、謎の指輪を渡されただけだからな。
 使い方を伝える暇がないのは残念だが、魔法が使える魔族ならば、夢魔法が使えるようになったことくらいはすぐに気がつくだろう。

「ああ、後、少しだけサービスしておいた。もし、黒いローブの男と戦うハメになったなら、……俺を思い出せ」

「思い出せって……あなたの事、知らないんだけど!」

「ただの比喩だ。その指輪とお前の間に、『血の盟約』を行った。お前はもう――『魔法』を使い、黒いローブの男と会話をすることができる。できるならば――メフィスを救ってくれ。道を踏み外そうとしている奴を救ってやってくれ。お前ならそれができると……俺は、信じている」
 言葉の後半は女に伝わらなかっただろう。
 何故なら、俺は部屋に現れた男達に囲まれていたからだ。
 男が一人、転移石に近づき、宝玉《オーブ》を取り外したからだ。

 胡散臭い雰囲気を体中にまとった金髪の男に。

 金髪の男が取り外した宝玉《オーブ》戦闘員の一人に手渡し、俺を見つめる。
 そして、深い、深い、ため息をついて、言った。

「おかえり。ロキ。随分と厄介ごとを引き連れて戻ってきたものだね」
 俺を『森のノカ』に送り込んだ張本人、金髪チャラ導師ことエメットが呆れかえった顔を俺に向けていた。



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