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三章 ――白色の王子と透明な少女――
③<王子3> 『恋の病』
しおりを挟む④【ロキ】
『王子! 大丈夫!?』
足元からメフィスの声が聞こえてくるが、強がりでも大丈夫など答えられない。
何故なら今現在の俺は、馬鹿でかい巨人の影に捕まり、身体を握り締められている。圧力が体中に加わる。息をするのもやっとの状況だ。
広間の扉が大きく動く。隙を見つけたバルドルが逃げていってしまったのだろう。だが、今はアイツのことなんてどうだっていい。
「……生きていたんだな。正直、複雑な心境だ。ナルヴィ」
巨人の足元にいる黒髪の少女に語りかける。
血だらけの少女の背後には燈色の炎が燃え上がっていて少女の影を映している。
だが、その影は脚の途中から変形し、巨人の脚へと繋がっていた。
「……私も複雑な心境です。王子様。……本当は、あなたにこんなことをしたくはない」
「ならば、解放してくれないか?」
「……嫌です。このままだと私は……私でなくなります」
「構わないさ。聖堂でお茶会をしたときに、……俺は言ったはずだ。『キミがもし、伝えたくなったら……本当のキミを、教えてくれ』と。今この時が、その機会だと思うが?」
「……私はあの時、思いました。この人は、直感で私を感じ取れていると。この身体に入ってからずっと世界から隠れてきた私に気がついていると。……この人は、私の運命の人だと。だから……だから、私は……」
運命の人だと? ふざけるな。
「悪いが、俺の運命の相手は別にいる。最早出会えぬ存在だがな。……俺はあの時、キミが魔族だとは微塵も思っていなかった。キミが運命の相手だと感じたのならば、……それは錯覚だ。ただの、ただの……恋の病だ」
「違う! 私は、五百年間眠り続けてきました。その前は、エルデナ様と人間を滅ぼすため戦ってきました。……その間、ずっと、ずっと感じたことのない気持ちを私は持っています。まだツガイがいたころの気持ちを持っています。私は……私は、あなたを愛している!」
生涯の中で、もっとも最低な愛の告白だろうなと薄れ行く意識の中で思う。
「……悪いが、その気持ちには応えられないな」
「……私が魔族だからですか? 醜い、魔族だからですか?」
「キミが自分勝手だからだ。……キミは自分の感情を優先し、シルワを殺した。そして、こうやって俺に害を成している。そんな存在を誰が愛せる」
「私は……王子様のために、あんな女、王子には合わないから……」
「それが独りよがりだと何故分からない。こんなことをすることが、自分の首を絞めることだと何故分からない。……いいから離してくれ。そして、俺の前から、消えてくれ」
俺の言葉に、今度こそ衝撃を受けたようだった。少女の目から大粒の涙が溢れ、膝を床に付ける。
「なんで……? なんでそんなこと、言うんですか。私は……ただ、ただ、あなたと……」
「……その気持ちは、きちんと受け止める。……キミが俺のためにやったこと、それは間違ったことだ。……だが、俺のためにやったことならば、これ以上責めることもできない。だから、どうか、俺の前から姿を消してくれ。……そこの宝玉《オーブ》を使い、『魔界』へと戻ってくれ」
身体の締め付けが強くなる。説得が説得になっていない。そう自分自身の身で感じていた。
本当に説得したいならば、簡単だ。嘘でも愛していると言ってしまえばいい。
だが、この局面でありながらも、俺にはその言葉を伝えることはできなかった。
魔族であっても、何百年も生きてきた厄災の眷属だったとしても、今の心は少女と変わらない。その心をもてあそぶことになってしまうからだ。
愛情は、自分の身可愛さに弄べるほど軽い物ではない。
そんなことをすれば……俺はバルドルとなにも変わらない存在へと成り果てる。
だが、悪意は、俺の思考を遙かに超えていた。
身体の締め付けが更に強くなる。嫌な予感が、体中を駆け巡る。
「……そう、どうしても、嫌なのね。……私がこれだけ、あなたを想っていても私を拒絶するのね。もういい。私のものにならないなら、だったら――!!」
巨人が叫び声を上げる。腕の力が更に強くなり、俺の身体を締め付ける。
大聖堂中に響き渡りそうな叫びに、半球状の天井が激しく揺れ動く。
息が、できない。
意識が、俺の身体から抜け落ちる。
目の前が暗くなる。
意識を失う直前、俺は聞いた。
落ち着いた、ナルヴィの声を確かに聞いた。
彼女は俺に向かい、こう言った。
「あなたを殺して、私も死ぬ」
思考が途絶える。闇が俺の視界を包み込んだ。
――。
声が聞こえてきた。
「出ろ。『大白鳩《シェバト》』!」
⑤【ソフィア】
ぱあん、と目の前の巨人がはじけ飛んだ。
大きな影が光の粒になり、きらめきながら広間に散らばっていく。
私は光の渦につつまれ、背中に付けた大白鳩《シェバト》の翼を羽ばたかせながらゆっくりと床へと降り立つ。手には愛剣《レイピア》を持ち、目の前にいる黒髪の少女と対峙する。
黒髪の少女も私を見つめ、驚愕の顔を浮かべている。
巨人に捕まっていたロキ王子は床に倒れ込んでいた。
すぐに駆け寄りたいけれど、今は駄目だ。気絶しているだけだといいけれど。
「ナルヴィ……あなたが、ナルヴィね」
私の問いかけに、黒髪の少女がゆっくりと頷《うなず》く。
「やっと、見つけたわよ……悪の魔族!」
美味しそうなご飯に囲まれた夢を見ていたら、メフィスにたたき起こされた。
そしたら、王子様が影の巨人に捕まっていた。
影の先は黒髪の少女に繋がっていた。
なんだかよく分からない。よく分からない状況だったけれど、私のやれることはすぐに分かった。愛剣も、何故か私の近くに転がっていた。巨人の中に、光る点を見つけた。
それなら――
私のやれること、そんなのたった一つでしょ!
「ナルヴィ……私はね、世界を滅ぼすなんて自分勝手を許さない。王子様を危険な目に遭わせる、そんな存在を絶対に許さない」
目を見開いて私を見つめるナルヴィを睨み付け、ゆっくりと立ち上がって空いている拳を握り締める。
「私は、誰かを困らせる存在を許さない。絶対に見過ごしたりなんてしない!」
光を纏いながら、私は細剣《レイピア》を掲げる。剣先を黒髪の少女へ向ける。
そして、叫んだ。
「『厄災』の眷属、『燈のナルヴィ』! あなたはこの私、ソフィアが倒す!」
*****
夢を見ていた。
あの日、お母さんの大事にしていたお皿を割ってしまい、庭先で一人泣いていた時。
その時の夢を見ていた。
忘れていた情景を思い出した。
忘れていた大事な出来事を思い出した。
そう、あれはロキ王子だった。
私にあったかい笑顔を向け、頭を撫でてくれたお兄ちゃんは、ロキ王子だった。
私はロキ王子と、約束した。
あの時から、あの白い王子様と出会ってから、私はずっと――、その約束を守ってきた。
そうだ。
私は、正義の味方にならなきゃいけないんだ。
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