上 下
111 / 147
三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ③<王子3> 『恋の病』

しおりを挟む

④【ロキ】
『王子! 大丈夫!?』
 足元からメフィスの声が聞こえてくるが、強がりでも大丈夫など答えられない。
 何故なら今現在の俺は、馬鹿でかい巨人の影に捕まり、身体を握り締められている。圧力が体中に加わる。息をするのもやっとの状況だ。

 広間の扉が大きく動く。隙を見つけたバルドルが逃げていってしまったのだろう。だが、今はアイツのことなんてどうだっていい。

「……生きていたんだな。正直、複雑な心境だ。ナルヴィ」
 巨人の足元にいる黒髪の少女に語りかける。
 血だらけの少女の背後には燈色の炎が燃え上がっていて少女の影を映している。
 だが、その影は脚の途中から変形し、巨人の脚へと繋がっていた。

「……私も複雑な心境です。王子様。……本当は、あなたにこんなことをしたくはない」

「ならば、解放してくれないか?」

「……嫌です。このままだと私は……私でなくなります」

「構わないさ。聖堂でお茶会をしたときに、……俺は言ったはずだ。『キミがもし、伝えたくなったら……本当のキミを、教えてくれ』と。今この時が、その機会だと思うが?」

「……私はあの時、思いました。この人は、直感で私を感じ取れていると。この身体に入ってからずっと世界から隠れてきた私に気がついていると。……この人は、私の運命の人だと。だから……だから、私は……」
 運命の人だと? ふざけるな。

「悪いが、俺の運命の相手は別にいる。最早出会えぬ存在だがな。……俺はあの時、キミが魔族だとは微塵も思っていなかった。キミが運命の相手だと感じたのならば、……それは錯覚だ。ただの、ただの……恋の病だ」

「違う! 私は、五百年間眠り続けてきました。その前は、エルデナ様と人間を滅ぼすため戦ってきました。……その間、ずっと、ずっと感じたことのない気持ちを私は持っています。まだツガイがいたころの気持ちを持っています。私は……私は、あなたを愛している!」
 生涯の中で、もっとも最低な愛の告白だろうなと薄れ行く意識の中で思う。

「……悪いが、その気持ちには応えられないな」

「……私が魔族だからですか? 醜い、魔族だからですか?」

「キミが自分勝手だからだ。……キミは自分の感情を優先し、シルワを殺した。そして、こうやって俺に害を成している。そんな存在を誰が愛せる」

「私は……王子様のために、あんな女、王子には合わないから……」

「それが独りよがりだと何故分からない。こんなことをすることが、自分の首を絞めることだと何故分からない。……いいから離してくれ。そして、俺の前から、消えてくれ」
 俺の言葉に、今度こそ衝撃を受けたようだった。少女の目から大粒の涙が溢れ、膝を床に付ける。

「なんで……? なんでそんなこと、言うんですか。私は……ただ、ただ、あなたと……」

「……その気持ちは、きちんと受け止める。……キミが俺のためにやったこと、それは間違ったことだ。……だが、俺のためにやったことならば、これ以上責めることもできない。だから、どうか、俺の前から姿を消してくれ。……そこの宝玉《オーブ》を使い、『魔界』へと戻ってくれ」
 身体の締め付けが強くなる。説得が説得になっていない。そう自分自身の身で感じていた。

 本当に説得したいならば、簡単だ。嘘でも愛していると言ってしまえばいい。
 だが、この局面でありながらも、俺にはその言葉を伝えることはできなかった。

 魔族であっても、何百年も生きてきた厄災の眷属だったとしても、今の心は少女と変わらない。その心をもてあそぶことになってしまうからだ。

 愛情は、自分の身可愛さに弄べるほど軽い物ではない。
 そんなことをすれば……俺はバルドルとなにも変わらない存在へと成り果てる。

 だが、悪意は、俺の思考を遙かに超えていた。
 身体の締め付けが更に強くなる。嫌な予感が、体中を駆け巡る。

「……そう、どうしても、嫌なのね。……私がこれだけ、あなたを想っていても私を拒絶するのね。もういい。私のものにならないなら、だったら――!!」
 巨人が叫び声を上げる。腕の力が更に強くなり、俺の身体を締め付ける。
 大聖堂中に響き渡りそうな叫びに、半球状の天井が激しく揺れ動く。

 息が、できない。
 意識が、俺の身体から抜け落ちる。


 目の前が暗くなる。
 意識を失う直前、俺は聞いた。


 落ち着いた、ナルヴィの声を確かに聞いた。


 彼女は俺に向かい、こう言った。

「あなたを殺して、私も死ぬ」
 思考が途絶える。闇が俺の視界を包み込んだ。



































 ――。

 声が聞こえてきた。





「出ろ。『大白鳩《シェバト》』!」




⑤【ソフィア】

 ぱあん、と目の前の巨人がはじけ飛んだ。
 大きな影が光の粒になり、きらめきながら広間に散らばっていく。

 私は光の渦につつまれ、背中に付けた大白鳩《シェバト》の翼を羽ばたかせながらゆっくりと床へと降り立つ。手には愛剣《レイピア》を持ち、目の前にいる黒髪の少女と対峙する。
 黒髪の少女も私を見つめ、驚愕の顔を浮かべている。

 巨人に捕まっていたロキ王子は床に倒れ込んでいた。
 すぐに駆け寄りたいけれど、今は駄目だ。気絶しているだけだといいけれど。

「ナルヴィ……あなたが、ナルヴィね」
 私の問いかけに、黒髪の少女がゆっくりと頷《うなず》く。

「やっと、見つけたわよ……悪の魔族!」
 美味しそうなご飯に囲まれた夢を見ていたら、メフィスにたたき起こされた。
 そしたら、王子様が影の巨人に捕まっていた。

 影の先は黒髪の少女に繋がっていた。
 なんだかよく分からない。よく分からない状況だったけれど、私のやれることはすぐに分かった。愛剣も、何故か私の近くに転がっていた。巨人の中に、光る点を見つけた。

 それなら――
 私のやれること、そんなのたった一つでしょ!

「ナルヴィ……私はね、世界を滅ぼすなんて自分勝手を許さない。王子様を危険な目に遭わせる、そんな存在を絶対に許さない」
 目を見開いて私を見つめるナルヴィを睨み付け、ゆっくりと立ち上がって空いている拳を握り締める。

「私は、誰かを困らせる存在を許さない。絶対に見過ごしたりなんてしない!」
 光を纏いながら、私は細剣《レイピア》を掲げる。剣先を黒髪の少女へ向ける。
 そして、叫んだ。

「『厄災』の眷属、『燈のナルヴィ』! あなたはこの私、ソフィアが倒す!」

        *****

 夢を見ていた。
 あの日、お母さんの大事にしていたお皿を割ってしまい、庭先で一人泣いていた時。
 その時の夢を見ていた。

 忘れていた情景を思い出した。
 忘れていた大事な出来事を思い出した。

 そう、あれはロキ王子だった。
 私にあったかい笑顔を向け、頭を撫でてくれたお兄ちゃんは、ロキ王子だった。

 私はロキ王子と、約束した。
 あの時から、あの白い王子様と出会ってから、私はずっと――、その約束を守ってきた。

 
 そうだ。

 私は、正義の味方にならなきゃいけないんだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...