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三章 ――白色の王子と透明な少女――
⑩<王子5> 『絡み合う事象』
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⑮【ロキ】
『夜のノカ』上空を熱気球が浮かび上がり、町の生み出す星空の光景を映し出す。
「突然起こして、『夜のノカ』を案内しろだなんて……強引なのね」
バスケットの中で、欠伸混じりにシルワが言う。
「疲れているところを悪いが、こちらにも事情があるんでな」
「いいわよ。こんなステキな光景も見られたし……もう少し、優しく起こしてもらいたかったけれどね」
「十分過ぎるほど、優しく起こしたつもりだが。口づけでもしてもらいたかったのか?」
「ううん、私、抱きしめられて目覚めるのが好きなの。覚えておいて」
「……もう忘れた。それに俺は、激しく起こすのが好みなんでな」
「……それはそれでアリね」
「げふっん! あー王子、高さはこんなもんでいいダか?」
バーナーのような火炎噴射機をいじっていたネルが妙に甲高い声を出す。
「あ、ああ。本当は横移動できればベストだったんだが」
ネルの作った熱気球だが……実は横移動がまともにできない。シルワが疲れているのもあり、熱気球を使って上空から道を教えてもらい、その後俺一人で調査に向かうという計画を立てていた。本当は熱気球を使い上空から道を辿るのがベストだったんだが……
「だから言ってるダ! 『爆圧錠』を沢山使えばどこにだって飛んでいけるダ!」
ネルが羽マントから手のひらに収まる大きさのタブレット菓子のようなものを取り出す。
危ないからそんなもの持ち歩くな。
熱気球はそのままだと狙った場所に降りる事ができない。
その為ネルが開発したのがこの『爆圧錠』だ。
熱気球の下回りにセットして使う物なのだが、中にはとんでもない量の空気が圧縮されている。それを破裂させ、圧力で気球を横に動かしているのだ。
勿論、俺の知る熱気球にはそんな機能は備わっていない。
つまりこのネルという鳥女は、俺が知る世界のテクノロジーを凌駕する物を作ってしまった訳だ。
なんだこの天才は。
「一つ作るのに相当な額がかかるんだろう? そんな貴重な物、ポンポンと使えるか」
「大丈夫ダ! 後で水増しして王宮に請求するダよ!」
「王族の前で言うなそんなこと!」
因みに面の圧力には強いが刺突力に弱い特殊なコーティングがされているので、持ち歩いてもそうそうな事では爆発しない。
『爆圧錠』がセットされた場所には針が突き出るように設計されていて、俺達が乗り込んでいるバスケット内部からボタン一つで操作できるようになっている。
なんだこの天才は。
「どうせネルネルは馬鹿ダスだ! でもいつか自由に横移動できる気球つくるダよ!」
「な、……なんか怒ってないか?」
「怒ってねぇダ!」
そ、そうか。明らかに怒っているように見えるが。そんなに横移動できないことが癪に障ったのか?
「こう、気球の部分を船みたいにして、プロペラを付ければ横に動くんじゃないか?」
「プロペラとはなんぞ?」
「風車だ。大型の扇風機だな。横に風を送れば、その推進力で横に進む」
「あー! なるほど! ケツに付けて動かすんダな! ……ダけど曲がるにはどうす――あ、鳥みたく尾翼動かせばいいんダな!」
な、なんだコイツは、天才か。ちょっと説明しただけで飛行船の構造を理解してしまったぞ。……あまり、アチラの世界の情報を与えるのは危険かもしれないな。銃ぐらいは作れてしまうかもしれない。
でもまあ、機嫌は直ったみたいだしこのくらいはいいだろう。
「王子、あっちを見て」
シルワが腕を絡めながら指を指す。近い近い!
「あそこの大きなキノコとキノコの丁度真ん中辺りに“浮遊石”が設置されているわ。それに乗れば、『森のノカ』近くまで一気に進んでいける」
「随分と遠くだな。“浮遊石”とはどういうものだ?」
「楕円形の石が連なったような形状。四本の槍みたいな棒が突き出ているから分かりやすいわよ。思ったより、早いから気をつけてね」
「大丈夫だ。速度の速い乗り物には慣れている」
「ゆっくり動くのも大事だと思わない? 帰ったら、試してみる?」
「……なんの話か分からないな」
隙あればねじ込んできやがる。コイツの頭の中はピンク色に染まってるのか。
「げっふん! あー王子、そろそろ降りていいダか!?」
ネルが妙に甲高い声を上げる。
「あ、ああ。……なんか怒ってないか?」
「怒ってないダ!」
絶対怒っている。負のオーラがネルの身体を覆っているのが、目に見えて分かるんだが……。
機嫌直したと思っていたんだがどういうことだ。
「まあ、道順はなんなく分かった。後は行ってみて――あれ?」
先ほど説明を受けた浮遊石のある場所を見つめていたところ、突如閃光が走った気がした。
目を凝らしてみると、暗闇の中、何か丸いものが噴射され、上空に駆け上がっていく。
「あれが浮遊石か?」
「……そうね。誰かが使ったようよ。あんなふうに『森のノカ』近くまで飛び上がっていく」
「随分と……早いんだな」
良くは見えないが、遠目で見てもあの速度だ。乗っている本人らは相当な早さに感じていることだろう。
「言ったでしょ。早いって」
シルワの言葉を聞きながら考える。誰かが浮遊石を使い、『森のノカ』まで向かっていった。
今このタイミングでそれをしたのは誰だ? なんのためにあんな森の中に居た?
レオンか、エストアの仕業か? 何かハプニングがあり、森の中に潜んでいた。そして今更ながら『森のノカ』へと向かっていった。……そういうことなのか?
……駄目だ。ネルの言葉じゃないが、余談は禁物。どんな事情があったのか、今の俺には全く分からない。
なんにせよ……何か、複雑に色々な事象が絡み合っている予感がある。
黒いローブの男を捕らえる。その目的を見失ってしまうと、その事象の渦に飲まれ真相からどんどん離れていく予感がする。
俺は黒いローブの男を捕らえ、『眠り病』を解決する。それが目的だ。
その目的を見失わないよう、常に意識しなくてはならなそうだな。
『夜のノカ』上空を熱気球が浮かび上がり、町の生み出す星空の光景を映し出す。
「突然起こして、『夜のノカ』を案内しろだなんて……強引なのね」
バスケットの中で、欠伸混じりにシルワが言う。
「疲れているところを悪いが、こちらにも事情があるんでな」
「いいわよ。こんなステキな光景も見られたし……もう少し、優しく起こしてもらいたかったけれどね」
「十分過ぎるほど、優しく起こしたつもりだが。口づけでもしてもらいたかったのか?」
「ううん、私、抱きしめられて目覚めるのが好きなの。覚えておいて」
「……もう忘れた。それに俺は、激しく起こすのが好みなんでな」
「……それはそれでアリね」
「げふっん! あー王子、高さはこんなもんでいいダか?」
バーナーのような火炎噴射機をいじっていたネルが妙に甲高い声を出す。
「あ、ああ。本当は横移動できればベストだったんだが」
ネルの作った熱気球だが……実は横移動がまともにできない。シルワが疲れているのもあり、熱気球を使って上空から道を教えてもらい、その後俺一人で調査に向かうという計画を立てていた。本当は熱気球を使い上空から道を辿るのがベストだったんだが……
「だから言ってるダ! 『爆圧錠』を沢山使えばどこにだって飛んでいけるダ!」
ネルが羽マントから手のひらに収まる大きさのタブレット菓子のようなものを取り出す。
危ないからそんなもの持ち歩くな。
熱気球はそのままだと狙った場所に降りる事ができない。
その為ネルが開発したのがこの『爆圧錠』だ。
熱気球の下回りにセットして使う物なのだが、中にはとんでもない量の空気が圧縮されている。それを破裂させ、圧力で気球を横に動かしているのだ。
勿論、俺の知る熱気球にはそんな機能は備わっていない。
つまりこのネルという鳥女は、俺が知る世界のテクノロジーを凌駕する物を作ってしまった訳だ。
なんだこの天才は。
「一つ作るのに相当な額がかかるんだろう? そんな貴重な物、ポンポンと使えるか」
「大丈夫ダ! 後で水増しして王宮に請求するダよ!」
「王族の前で言うなそんなこと!」
因みに面の圧力には強いが刺突力に弱い特殊なコーティングがされているので、持ち歩いてもそうそうな事では爆発しない。
『爆圧錠』がセットされた場所には針が突き出るように設計されていて、俺達が乗り込んでいるバスケット内部からボタン一つで操作できるようになっている。
なんだこの天才は。
「どうせネルネルは馬鹿ダスだ! でもいつか自由に横移動できる気球つくるダよ!」
「な、……なんか怒ってないか?」
「怒ってねぇダ!」
そ、そうか。明らかに怒っているように見えるが。そんなに横移動できないことが癪に障ったのか?
「こう、気球の部分を船みたいにして、プロペラを付ければ横に動くんじゃないか?」
「プロペラとはなんぞ?」
「風車だ。大型の扇風機だな。横に風を送れば、その推進力で横に進む」
「あー! なるほど! ケツに付けて動かすんダな! ……ダけど曲がるにはどうす――あ、鳥みたく尾翼動かせばいいんダな!」
な、なんだコイツは、天才か。ちょっと説明しただけで飛行船の構造を理解してしまったぞ。……あまり、アチラの世界の情報を与えるのは危険かもしれないな。銃ぐらいは作れてしまうかもしれない。
でもまあ、機嫌は直ったみたいだしこのくらいはいいだろう。
「王子、あっちを見て」
シルワが腕を絡めながら指を指す。近い近い!
「あそこの大きなキノコとキノコの丁度真ん中辺りに“浮遊石”が設置されているわ。それに乗れば、『森のノカ』近くまで一気に進んでいける」
「随分と遠くだな。“浮遊石”とはどういうものだ?」
「楕円形の石が連なったような形状。四本の槍みたいな棒が突き出ているから分かりやすいわよ。思ったより、早いから気をつけてね」
「大丈夫だ。速度の速い乗り物には慣れている」
「ゆっくり動くのも大事だと思わない? 帰ったら、試してみる?」
「……なんの話か分からないな」
隙あればねじ込んできやがる。コイツの頭の中はピンク色に染まってるのか。
「げっふん! あー王子、そろそろ降りていいダか!?」
ネルが妙に甲高い声を上げる。
「あ、ああ。……なんか怒ってないか?」
「怒ってないダ!」
絶対怒っている。負のオーラがネルの身体を覆っているのが、目に見えて分かるんだが……。
機嫌直したと思っていたんだがどういうことだ。
「まあ、道順はなんなく分かった。後は行ってみて――あれ?」
先ほど説明を受けた浮遊石のある場所を見つめていたところ、突如閃光が走った気がした。
目を凝らしてみると、暗闇の中、何か丸いものが噴射され、上空に駆け上がっていく。
「あれが浮遊石か?」
「……そうね。誰かが使ったようよ。あんなふうに『森のノカ』近くまで飛び上がっていく」
「随分と……早いんだな」
良くは見えないが、遠目で見てもあの速度だ。乗っている本人らは相当な早さに感じていることだろう。
「言ったでしょ。早いって」
シルワの言葉を聞きながら考える。誰かが浮遊石を使い、『森のノカ』まで向かっていった。
今このタイミングでそれをしたのは誰だ? なんのためにあんな森の中に居た?
レオンか、エストアの仕業か? 何かハプニングがあり、森の中に潜んでいた。そして今更ながら『森のノカ』へと向かっていった。……そういうことなのか?
……駄目だ。ネルの言葉じゃないが、余談は禁物。どんな事情があったのか、今の俺には全く分からない。
なんにせよ……何か、複雑に色々な事象が絡み合っている予感がある。
黒いローブの男を捕らえる。その目的を見失ってしまうと、その事象の渦に飲まれ真相からどんどん離れていく予感がする。
俺は黒いローブの男を捕らえ、『眠り病』を解決する。それが目的だ。
その目的を見失わないよう、常に意識しなくてはならなそうだな。
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