上 下
84 / 147
三章  ――白色の王子と透明な少女――

    ⑦<少女4> 『宝箱』

しおりを挟む
⑨【ソフィア】

「“私”を出して戦っていたとき、見えたんだ。アイツの口の中に輝苔《カガヤキゴケ》があったのが」
 食べかすと一緒になって、確かに淡い光を放っていた。
 それを思い出した私は、輝苔《カガヤキゴケ》の習性を利用することを思いついた。

『輝苔《カガヤキゴケ》は仲間のいる場所目掛けて飛んでいく。その特性を利用したんだね』
 見えなくても、口がある場所の推測ができれば、そこを重点的に攻撃すればいい。
 狼の口がある場所は、星水の間に浮いていた水玉が教えてくれる。

「私もまさか一撃で倒せるとは思ってなかったけれどね」
 目の前に広がる花畑には、細剣《レイピア》を喉に貫通させ、息絶えた狼の死骸が倒れ込んでいた。

『シーカーガルは本来群れで行動する。……多分だけど、天井にある裂け目から足を滑らせて落ちて、群れからはぐれたんだろうね』
 そんな間抜けなヤツに苦戦したのか。私の腕も、まだまだだ。

 端に寄せていたマシューに近づいてみると、それはもう気持ちよさそうに眠っている。
 ああ、なんか見てたらムカムカしてきた。

「『星水《ほしみず》の水玉』!」

「ぶへぇ!?」
 マシューの寝顔辺りで水玉を出す。突然現れた水の塊に驚き、弟は起き上がる。

「な、なに!? なに!? ねぇちゃん!? あの狼はどうなったの!?」

「おちつきなさい、おねぇちゃんが倒したよ」

「倒した!? ……ホントだ! すげぇ!」
 花畑に倒れている狼を見て、感嘆の声を上げるマシュー。
 おーおー……。人の苦労も知らないで、無邪気なこと。

「すげぇ! ね、ね、どうやって倒したの!? 見たかった!」

「……うるさい」
 暢気なことを言うマシューにだんだん腹が立ってくる。

「あー僕も魔法見たかっ――え?」
 ホント、ムカムカする。
 ちっとも役に立たないし、近くに居るだけでうざったいし。

「ちょ、ちょっと、そ、ソフィア?」

「うるさい、黙れ」
 私はマシューの小さな身体を抱きしめていた。

 まったく、誰のせいでこんなに苦労してると思ってるんだ。
 今日は私、予定あったんだよ。
 世界を救うって重大な使命があったんだよ。
 それ、取りやめてアンタを探しにきたんだからね。もっと、ありがたがりなさいよ。

「……よかった」

「え?」

「なんでもない。……行こう」
 固まるマシューを解放し、立ち上がる。
 さあ、後の問題は一つだ。

「あの高い位置にある裂け目から進むんだろうけど……一緒には飛べないし、どうしよう」
 水が流れ落ちる壁の裂け目を見つめ考える。やっぱり先に行って縄梯子でも――

『あー、そのことだけどさ』
 私達を見守っていたメフィスが口を挟んでくる。

「何かイイ方法思いついた?」

『イイ方法もなにも……先に弟君だけを大白鳩《シェバト》で上に送って、その後ソフィアが飛べばいい話じゃない?』

 ……。

「……はっ!? そ、そうだ! その手があった!?」

『頭が良いのか悪いのか。キミは本当に良く分からない子だね……』
 うるさい、ちょっと考えすぎていただけだ。でも良かった。これでなんとかこの白日の間を抜け出せる。
 花畑に倒れるシーカーガルに別れを告げ、私は大白鳩《シェバト》を呼び出した。


⑩【ソフィア】
 壁の裂け目に入り込み、細い道を進み続ける。
 呼び出した『ランタン』の灯りを頼りに進み続ける。
 また蝙蝠や虫を警戒していたけれど、いつまで歩いても動きを見せるのは、ランタンの灯りに照らされてできた、私とマシューの影だけ。
 不意に、洞窟が途切れた。
 そう感じるほど、突如別世界が広がった。

「わぁ……」

「す、凄い!」

 そこはツタで覆われた小部屋だった。
 太陽の光が入り込み、小部屋全体が緑色に満ちている。
 部屋の真ん中には台が設置され、その中央に、それはあった。
 小物入れ程度の小さな箱。でも明らかに“それ”と分かる装飾がほどこされた箱。

「……宝箱。やった、見つけた!」
 マシューも台に置かれた宝箱を見つけ、興奮して私を引っ張っている。
 分かってるわよ。興奮してないで少しは落ち着きなさい。

「マシュー……私ら、お金持ちだよ!」

「やったぁ!!」
 これが落ち着いていられるか! 大人ぶっていられるか!
 お宝だよ!? 正直、半信半疑だったけど、本当にあったんだよ!? これが興奮せずにいられるか!

「よ、よし、マシュー。一緒に開けましょう。何が出ても、半分こだからね」
 心臓の鼓動を押さえながら宝箱の蓋に手をかける。
 鍵がかかっている訳でもなく、蓋は私とマシューの手に合わせ上に持ち上がる。

「……いくよ、ソフィア」

「うん、……出ろ! お宝!」
 宝箱の蓋は開かれた。
 そして――

「……」

「……」

「……なんにも、入っていないね」

「うん……なんにも、入っていない」
 宝箱の中は空っぽだった。埃一つ、入り込んでいないきれいな宝箱の底が見える。
 宝箱に手をかけると、ばちりと音を立てて台座から転がった。
 地面に落ちた宝箱がひっくり返り、汚れた底が見える。

 ……なぁんにもない。

 ためしに持ち上げて、振ってみる。

 ……なぁんにも起こらない。

「ねえ、嘘でしょ!? ここまで来させといて、何も無いって嘘でしょ!?」

「ちょ、ソフィア! 落ち着いて!」
 宝箱をガタガタ振る私を止めるマシュー。
 え、ちょっと嘘でしょ。
 まさかここまで辿り着いた冒険が本当の宝だなんて生ぬるいこと言い出すんじゃないでしょうね!? ここまでの絆が宝だなんて言い出すんじゃないでしょうね!?

「そんなもの宝でもなんでもないわよ! 金を出せ金を!」

「ちょっ、落ち着いてってば!……ソ、ソフィア!?」
 マシューが素っ頓狂な声を上げ、私を指差す。正確には胸の下の位置だ。
 宝箱を元の場所に置き、目線を下げると、すぐにそれに気がついた。

「……宝玉《オーブ》が光っている」
 服の下に入れていた宝玉《オーブ》が一際強く輝いている。地図の時とは違い、点滅もせず、強い光が服を通して主張していた。
 慌てて宝玉《オーブ》を服から取り出した途端、それが起こった。
 大きな声が部屋中を満たしたのだ。

――承認した!――
「か、勝手に承認しないでよ」
 耳を塞ぎたくなるほど大きな声に応えてみるが反応はない。

――承認した!――
「だから――」

「お、おねぇちゃん……」
 マシューに引っ張られ、彼が指差す方向を見る。

 何を指していたのか、それはすぐに理解できた。

 宝箱全体が輝き、光を放っていた。その光は宝箱の上空で収縮し、一つの物体に形作られていく。

 光の地図と同様に、立体の姿が固定されていく。

 光で作られた一人の男性が、私達の前に現れた。
 それは淡く色あせていて、後ろの風景が透けて見えるほどだった。
 不安定なのか時折、体中を黒い線が走っていく。
 目線は真っ直ぐ虚空を見つめていて、私達に向けられていない。
 男の口が動いた。

「――宝玉《オーブ》を持つ者よ。よくぞここまで訪れた」
 それは落ち着いた、けれども良く通るりんとした声だった。
 髪は長く、整った顔立ちをしている。
 仕立ての良さそうな服の上に、豪華な装飾が施された軽装の鎧を着けている。背中にはマント。多分、かなり偉い人だ。

「――私の名は、アーサー=フォン=エクセリア=ルスラン。ルスラン王国の現国王だ」

「王様……?」
 知らない名前だ。ルスランの国王は、パレードの時に見たことがある。髭の立派なおじさんだった。
 こんな格好いい人じゃない。

「――我々は、今現在、人類史上最大の危機に瀕している」
 男の人は戸惑う私達を無視して話を進める。どうやら、私たちの事は見えていないみたい。
 そして急に何を話し始めているんだこの人は。

「――友であるアレクシスもホズも奴らの驚異的な力の前に散っていった……だが我々は、人間は、魔族の脅威になど絶対に屈しない」

「魔族……?」
 この人、魔族と戦っているってこと?

「――私はこの大陸全ての命を救うため……親友であるグルグェイグの仇を討つため、これより二度目の決戦に赴く」
 知らない名前ばかりだ。一体この人はなんの話をしているんだろう。

「――宝玉《オーブ》を持つ者よ。そなたが正義の心を持つことを祈る。絶対に、この箱を奴らの手に渡してはならぬ」

「だから、奴らって誰よ!?」

「しっ! ねぇちゃん、この人まだ話してるよ」
 弟になだめられ、続く言葉に耳を傾ける。

「――人の尊厳を奪われた友、グルグェイグ……美皇帝グルグェイグの仇を討つために――」
 美皇帝? あれ? それって、絵本に出てくる美皇帝のこと?

 ……えーっと、確か、アレは――

「――その箱を『厄災』、そして眷属の手に渡してはならぬ。絶対に――」
 そうだ。『帝都の厄災と良きグリフォン』。絵本に出てきた皇帝が、確か美皇帝だ。
 ……え、じゃあ――

「――絶対に、『帝都の厄災』エルデナの手にだけは!」
 この人……何百年も前の人ってこと……?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...