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三章  ――白色の王子と透明な少女――

承-上巻①<少女1> 『メフィスの事情』

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「お兄ちゃん、誰?」
 私の隣に立った男の人を見た瞬間、暗い気持ちが嘘のように晴れる。
 一目見ただけで、私と同じ雰囲気を持った人だと分かる。

「……ただの通りがかりだ。何を、泣いていたんだ?」
 男の人は私に笑いかけ、頭を撫でてくる。

「お母さんに怒られたの。大事なお皿割っちゃって」

「そうか。それは災難だったな」
 太陽のような笑顔。
 忘れてしまっていた笑顔が私を包み込む。

「……後でもう一度、今度は一緒にお母さんに謝りに行こう。きっと許してくれるさ」

「ホントに? いいの?」

「ああ、構わない……けれど、その前に一つだけ、約束してもらいたいことがある」

「約束?」

「ああ……それはね――」



①【ソフィア】

 ワイバーンを倒した私はそのまま大白鳩《シェバト》に揺られ、自分の家に戻ってきていた。
 上空からノカの町を見たけれど、影の子供達はいなくなっていた。
 息子呼ばわりしておいてなんだけど、アレもなんだか良く分からない存在だった。
 メフィスが敵の魔法だと言っていたから、一旦は諦めたのかも知れない。

 帰ってきた瞬間、私に文句を言うマシューを蹴り飛ばし、自分の部屋にこもった私は、ベッドの上にメフィスを置く。

「で!? アンタは誰!? この状況はなに!? なんで魔族がこの町にいるの!? なんで私が魔法を使えるの!?」

『いっぺんに聞かないでよ。一つ一つ説明するから』
 ベッドに座り込んだメフィスが呆れながら答える。首に付けている首飾りの宝石が、きらりと光る。

『先に言っとくけど、一から説明するともの凄く長い話になるからね。端折って説明するよ』

「うん。……じゃあ、分からない事があったら、聞くよ。事情、話して」

    *****

『じゃあ、さっきの最初の質問から。僕は魔族だ。メア種のメフィス。魔族達の住む世界、魔界から来た』

「うん、それは聞いた」

『魔族だけど、今は人間の味方だ。詳細話すと長くなっちゃうから避けるけど、とある魔族を追ってこの町に辿り着いた』

「とある魔族って?」

『人間の敵だよ。そいつは王国《ルスラン》を滅亡させようと企んでいる』

「滅亡……? なんで? そんなことしてどうなるの?」

『知らないよ。そいつに協力している人間もいるんだけど……会話を聞いても細かい部分は分からなかった』
 私たちはただ、日々の暮らしを頑張っているだけの小市民だ。そんな私たちを滅亡させようなんて……何が楽しくてそんなこと考えるんだろう。

『じゃあ、次、“この状況はなに?”だったっけ?』

「うん。変な子供の影が出てきて、その後、ワイバーンに町が襲われた。一体、『森の町』に何が起こっているの?」

『あの子供の影は、僕が追っている魔族の魔法だと思う。ワイバーンはちょっと分からないけれど、あの魔族か……協力している人間が放ったんだと思う』

「なんで突然、そんなことしだしたの? 誰かが怒らせたとか?」

『多分、怒らせたのは僕だ』
 お前かい。
 メフィスは前足を器用に使い、首に付けていた宝石付きの首飾りを取り外す。

『この宝石は宝玉《オーブ》って言うんだけど、魔力を回復させ増幅させる力を持っているんだ』
 魔力っていうくらいだから、魔法を使う時に使う力なんだろう。

『僕が追う魔族は、この宝玉《オーブ》を使って力を蓄えていた。それを僕が奪い取ったんだ』
 なるほど。魔族は魔法を使える。だからこそ、魔力を回復させるこの宝石はとても大事なものなんだろう。
 それを奪ったら、そりゃ怒るよね……、って、

「え、じゃあ、アンタのせいであの影がいっぱい出てきたの!? アンタのせいで、私はあんな危険な目にあったの!? なにしてんの!?」

『ぐぇええ……ま、待って、話を聞いて!』
 メフィスの首根っこを掴んでガクガク揺らす。
『げほっげほ、しょうがなかったんだ。このまま放っておいたら、あの魔族は完全に力を回復させて、王国《ルスラン》を……ううん、もしかしたら人間全てを滅亡させる力を得ていたかもしれない。それは絶対阻止しなくちゃいけないんだ』
 それはまあそうだろうけど。

『次の質問に移るね。“なんでこの町に、魔族が居るの?”これは僕にも分からない』

「なんでよ」

『僕はあの魔族を追ってきただけ。あの魔族がなんでここに居るのかは、正直、予想もできないよ。推測だけど、元から住んでいたんだと思う』

「元から? でも、魔族って魔界に居るんでしょ? 人間の世界に住むこともあるの?」

『滅多にいないけれど、人間世界に住む魔族もいるみたいだよ。あの魔族にも何か事情があるんだと思う』
 どうせ住むんならこんな不便なところじゃなくて、王都とか便利なところに住めばいいのに。ほんと良い迷惑だ。

『じゃあ、最後の質問だね“なんで私が魔法を使えるの?”これを説明するには、まず僕の魔法を理解してもらう必要がある』

「夢魔法なんでしょ? 自分の見た人間や物を生み出すことのできる魔法。さっきの戦いで身をもって理解したよ」

『それだけだと、半分程度の理解。物を生み出すなんて、夢魔法、とは言わないでしょ?』
 それもそうだ。正直、魔法が使えるってだけでも非現実過ぎて、名前なんてどうでも良かったよ。

『元々の能力は夢の息吹インドリームっていう夢魔法なんだ。夢の中に僕を生まれさせ、好きな夢を見させることのできる夢魔法。それを応用すれば、現実の世界でもこんなふうに分体として、自分自身を生み出すことができる。』

「こんなふうに? え、じゃあコレって魔法で生みだしたヤツなの?」
 メフィスの身体を指でつつく。ふかふかしていて、触り心地もぬいぐるみみたいだ。
 さっきの戦いで、私は自分自身を生みだした。同じようにメフィスも自分を生みだしたんだろう。

『そうだよ。僕の本体は、魔界の中に居る。幻獣化していない僕はもう少し格好いいんだからね』

「……どっちでもいいけど、なんでそんなことしているの? 悪い魔族を追いかけてるなら、本体で来ればいいのに」

『僕には僕の事情があるの。本体はなるべく魔界から離れたくないんだ。……それでこの分体なんだけど……厄介なことに、夢魔法がまともに使えない』

「駄目じゃん!」

『夢の中に生んだ分体ならそんなこと無いんだけどね。ただ、全く使えないわけじゃない。使えば使うほど、僕の身体が小さくなっちゃうんだ』

「だから、そんなに小っちゃいんだ。本体は大きいの?」

『人くらいの大きさかな? ……推測だけど、現実世界の分体は魔力が回復しないんだと思う。分体って、魔力を使って生みだしているんだけど、生みだしたその時の魔力だけしか身体にため込んどけない』
 コップに注いだ水みたいな感じなのかな。飲めば飲むほど無くなっていくみたいな。

『気にせず、夢魔法を使い続けたら、僕の身体は消えてなくなってしまうと思う。けれど、一つだけ夢魔法を使う方法があった』

「……それが、私ね」
 やっと、話の筋が分かってきた。

『そう。人を経由すれば、夢魔法は使える。けれど、僕自身の意志では使えなかった。僕が魔法を発動できる道を作って、人が自分の力で発動する、そんな感覚でいいと思う』

「夢魔法を使うには、人間が必要。それは分かったけど、なんで私なの?」
 話を聞いている限り、誰でも良いように思うけど。わざわざ、十三歳の女の子を選ぶ理由がない。

『昨日かな。泥棒を捕まえているキミを見て気にはなっていたんだ』
 オーレンさんを助けた時だ。あの時から、私は目を付けられていたのか。

『それで今日、あの影と戦っているキミを見て、僕の力を託すことを決めた』

「あの時は結構、危なかったから助かったけど、そんな勝手に……」

『勝手かもしれない……でもね。どうしても人の手が必要だったんだ。それで、誰か人間に手伝ってもらうなら……僕は正義感の強い人間を選びたい」
 正義感の強い。私の耳はその言葉を受けてぴくりと動く。

「それに夢魔法だって万能じゃない。いざというときに、自分でどうにかできる腕の立つ……腕の立つ人間が必要なんだ」
 腕の立つ。その言葉に私の鼻孔がぴくりと動く。

「僕の目的は、あの魔族が人間世界を滅ぼすのを、止めることだ。キミにも、それに協力してもらいたい』
 メフィスがベッドの上で頭を下げる。
 正直、厄介事に巻き込まれた感覚だ。面倒くさい気持ちもない訳じゃない。

 ……。

 だが、しかぁし!
「メフィス、……愚問ね」

『へ?』
 私はゆっくりと立ち上がり、拳を握り締める。

「世界を滅ぼす? そんな自分勝手許せるものか! 町の住人をあんな危険な目に遭わせる。そんな存在を許せるものか!」

『急にどうしたの!?』

「私に任せなさい、メフィス、伊達に私は、ワイバーンをスープで倒した女じゃない!」

『アレは正直凄いと思ったけど……』

「どんなヤツでもかかってこい! 私の夢魔法で返り討ちにしてやる!」

『うん、キミのじゃないけどね』

「人間を……ううん、剣術大会準優勝のこの私を、なめるなよ!」

『駄目だ、完全に自分の世界に入っている』
 失敗したかな、とため息を付くメフィスが見えるけど、気に止めない。気にしない。
 決めた。
 心に決めた。
 私はこの町に潜む悪をやっつける。絶対に見つけ出してやる。

 悪の魔族め、首洗って待ってなさいよ!


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