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一章    ――王家の使命――

エピローグ 『抱擁』

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【エピローグ①】
 白みががった岩盤と緑の草木に彩られたラーフィア山脈は、今日も日差しを浴び美しい光景を映し出す。
 山脈中央から流れる滝から水飛沫が上がり、光を反射して煌めいている。

 麓には湖と森が広がり、野生動物達が大自然の恵みを堪能しながら遊んでいる。

「誕生日、覚えていてくれたんだね」

「……俺がファティの誕生日を忘れるわけがないだろう」
 エスタール王族のみが知る、高き丘の先で、その美しい光景をファティと二人で見つめていた。

「本当にありがとう、……ロキ。エスタールを救ってくれて」
 幾度となく聞かされた言葉に、俺はゆっくりと首を振る。

「エスタールを救ったのは、民さ。この国に住む一人一人が力を合わせた結果だ」

 戦争は終わった。
 エスタールを襲ったターンブル帝国軍は壊滅し、残された兵は帝国領土へと撤退していった。

 戦死したエスタールの民もいた。
 その一人一人、名を呼び弔ったオッサン……領主ホルマの勇気づけにより、民は活気を取り戻している。

 あの毛むくじゃらのオッサンは、今、ガラハドと共に笑いながら新たな屋敷を建てているところだ。
 これからは、長い復興作業が始まるが民も国も、上手くやっていけるだろう。

 それにしても――

「あれは、なんだったんだろうな」

「何か言った?」

「……なんでも、ない」
 首を傾げるファティを横目に、ラーフィア山脈を見上げる。
 白竜と対面したあの日、絶体絶命だった俺の窮地を救った火柱を思い浮かべる。

 あれは、一体なんだったんだろう。
 あれは確かに、『魔界』で燃え上がった炎だった。

 圧倒的な迫力の中に、俺は別の何かを感じていた。何故か俺の心に、懐かしさが沸いて出ていた。
 あんな現象、初めて見たのにな。

 まあ、色々と考えていても仕方がない。

 あれがもし、魔族の『魔法』だとするならば、それは人にとって驚異だが、今、それを考えていてもキリがない。

 もしかしたら『魔界』にも、何か別の、物語があったのかもしれない。

 魔族にも何かしらの事情があったのかもしれない。

 その真相を知る術はないし、俺とは関係のない物語だ。

 考えるのはやめよう。

 俺は、人間なのだから。

 “魔族”と“人間”の世界は別なのだから。

「ねえ、ロキはさ、これからどうするの?」

「……さて、どうしようかな」
 ルスラン国王に断れた時点で、婿入り話は立ち消えてしまった。
 帝国ももうエスタールにはちょっかいを出してこないだろうし、俺もファティも無理をして事を急ぐ必要がなくなってしまった。

 エスタールは今まで通りやっていけるだろう。
 父上は、俺にエスタールを得てもらいたいようだけど、わざわざ事を荒立てる必要もない。
 それに、一国の主という立場は、俺には荷が重い。
 守護者程度の立場で、今まで通りファティやオッサン達と関わっていければ、それで丁度良いんだ。

「……今はまだ、そのままでいよう。俺はこの国が好きだ。できる限り長くここに止まって、できる限り多く関わっていきたいと思っている。そのためにも、今は何かをする時ではないと思う」
 何かとは、俺とファティ、ふたりの関係も含まれる。

「……次に進めば、違った未来が見えるかもしれないよ」

「……その未来を選びたくなった時は、迷わず選ぶよ」
 今はまだ早い。
 俺はまだ、俺の心には一人の相手が住んでいる。
 断ち切られた運命を未練がましく見つめている俺がいる。

「……あたしは、ロキと結婚したい。それは、ずっと変わらないよ。……だから――」
 俺のどこがいいんだかな。
 ファティは俺を見つめ、続ける。

「だから――ロキが選びたくなるまで、頑張る。ずっと、ずっと待っているね」

「……ありがとう」
 ふいに、俺の心に情景が浮かぶ。
 ファティと共に、ファティに似た子を抱く情景が映し出された。

 ……俺は、きっといつか、失った未練を断ち切ることができる。
 俺は、この子との未来を選ぶことができる。
 それはきっと、遠い未来ではないだろう。

 ファティの頭を撫でると、彼女が不意に目を瞑った。
 顎を上げ、何かが訪れるのをただ、待っている。

 その姿は可憐で、愛おしかった。

 ……仕方がないな。知らないぞ、どうなっても。


 心の中の言い訳は、俺とファティ、どちらに向けて言ったのだろう。


 俺は彼女を抱き寄せ、顔を近づける。


 彼女は力を抜き、されるがまま、ただ顔を上げている。








 俺は彼女の唇に――





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