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一章 ――王家の使命――
ロキ13 『人間』
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「私は……人間だよ。ただの、人間だ」
異形の姿になったモルドットが笑う。
「……ふざけるな。こんな……忌々しい姿をした人間がいるはずがない」
「人にとっては忌々しいだろうがな……まあ私は“どちらでも良い”。さて――」
モルドットは俺の肩から指を抜き、ファティに身体を向ける。
「姫よ。これで分かったとは思うが、私はいつでもこの王子を殺すことが出来る。楽な道を選ばせず、苦しみぬいて殺すことが出来る。もしも、この王子が大事なのならば」
ファティは腕を後ろ手に回し震えている。
モルドットから大事な物を隠すように怯えている。
「――余計なことをせず、宝玉《オーブ》をこちらに渡してもらおうか」
ファティの背には転移石があり、モルドットはそれをしきりに気にしている。
『魔界』へ逃げる可能性を考えているのだろう。
ファティが俺を見捨てて逃げるはずがないだろうに。
「……嫌、この宝玉《オーブ》は誰にも渡さない」
ファティがきっぱりと拒絶する。
「ならば、私はお前と、お前の大事な者を殺す。気が触れるほど苦しませてな」
ゆっくりと、モルドットはファティに近づいていく。
ぐじゅりぐじゅりと音を立て、脅威がファティに迫り来る。
「あたしは――あたしは――ッ!」
「能書きはいい! 渡せ!」
モルドットの長い指が、ファティの首筋に絡まる。
そしてその瞬間、彼は気がついた。
ファティが何も持っていないことに。
「お探しの品はこれか?」
俺は階段の前に立っていた。
モルドットがファティに気を取られている間に移動していた。
そして、俺の手には宝玉《オーブ》が握られている。
「貴様……きさまぁ!!」
モルドットの攻撃からファティを守るため抱きしめた時、俺は宝玉《オーブ》を彼女から受け取っていた。
そして、彼女の耳元で囁いた。
『――宝玉《オーブ》を持っているフリをしろ』
ファティの演技力次第の策だったが、上手くハマってくれたようだ。
「ファティを放せ……そして、追ってこい!」
俺は振り返り、全力で階段を駆け上がった。
背後から怪異の咆吼が響き渡った。
⑧
背後から訪れる怪異の咆吼を聞きながら、俺は全力で階段を駆け上がる。
トマトを連続で潰すような、独特な足音が追いかけてきた。モルドットが追ってきているようだ。
「ロキ! 逃げて!」
背後から訪れたファティの声にちらりと振り返ると、四つん這いになったモルドットが階段を駆け上がっていた。その姿は巨大な蜘蛛を連想する。
「……どう見ても化け物じゃないか!」
本当に人間なのかアイツは。
だが、ファティの姿は見えないので安心した。何故かは分からないがモルドットは、宝玉《オーブ》に固執している。
何も持たない姫を放り出してこちらに向かったのだろう。
なんとか、思惑通りだ。
「だが、これからだな!」
全身全霊を込め、ひたすら階段を駆け上がる。
隠し扉を抜け、聖堂を駆け抜け、扉を大きく開いた。
暗闇の中、鬱蒼とした森が広がっている。
俺は迷わず、森の中に入り込んだ。
道なき道を走り抜け、木洞をくぐり抜け、草を踏みしめる。
背後ではガサガサと俺を追う足音が聞こえてくる。
それは徐々に、俺の近くまで迫ってくる。
まだだ。まだ、捕まるわけにはいかない。
突如、森を抜けた。散々とした草木に紛れ、白い岩盤が顔を見せ始める。
俺は駆け上がった。岩と岩の間を抜け、少しでも先に進めるよう走った。
そして、それは突如終わりを迎えた。
俺の背に、激しい衝撃が加わり、遅れて濡れた感覚が襲ってくる。
顔面が大地に近づいていく。傾斜を転がり、身体中に土が付着する。
「……宝玉《オーブ》を渡せ」
ひび割れが広がり、体中の筋肉が流動している。
俺を追っている間、更に異形の姿となったのだろう。
激しく怒り狂ったモルドットが俺を睨み付けていた。
⑨
モルドットは長い距離を走ったにも関わらず、息一つ上がっていない。
俺はというと、肩から息を吐き、背には切り傷、肩には穴が空いている。
幸いにもまだ動けるので、そこまで深い傷ではなさそうだが、酷い痛みが襲ってくる。
……ここまでだな。もう、十分だ。
「……降参だ。持っていけ」
俺は握り閉めていた宝玉《オーブ》を大地に転がす。
だが、あれだけ宝玉《オーブ》求めていたにも関わらず、モルドットは動かない。
「どうした? 持っていかないのか?」
「……何を考えている?」
どうやら抵抗しない俺に、警戒をしているようだ。
「……何も。ファティも無事逃げただろうし、俺自身はその石ころに思い入れがあるわけじゃない。奪いたいなら好きにすればいいさ。強いて言うならば……それを渡すから、逃がしてもらいたいけれどな」
俺の発言に納得したのか、気持ちの悪い笑い声を上げるモルドット。
「私はこの姿を隠し、長い年月暮らしてきた。見た者は全て殺す」
だろうな。殺意を隠そうともしていない。
「ならば……どうせ死ぬのなら、真相を聞かせてくれないか?」
「真相?」
ある種諦めきった俺の物言いに、少しずつ警戒を解き始めるモルドット。
「お前のその姿は、人とはほど遠い。……何者なんだ? そして、何故、宝玉《オーブ》を求めるんだ?」
「それを聞いてどうする。最早お前は――」
「戯れだ。ずっと隠してきたのなら、誰にも話したことがないのだろう。誰も知らぬ事を知り、死ぬのも一興だ。最後に、一つぐらい、願いを叶えさせてくれ」
「ふざけるな。私にそんな暇など――」
「いいのか? 死に際に自分の命よりも優先し、真相を知りたがるヤツなんて俺ぐらいだぞ。こんな機会など、そうはないだろう。……それに別に俺だって助言ができるわけじゃない。逝くならば、お前の人生の一部を聞いて、逝きたいだけだ」
俺の言葉に、モルドットの心に葛藤が沸いてきたようだ。
動きを止め、何かを考え俺を見つめている。
まあ、真相の予測はしているがな。
恐らく、モルドットは……『魔界』と深く関係している。
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