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一章    ――王家の使命――

 幕間   『過去』

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【幕間⑤】

 これは四年前の話だ。

 細く乾燥した草ばかりが生えるエスタール平原だが、延々、南に下っていくと徐々に木々が増え、ラーフィア山脈近くまで来ると森が目立つようになる。
 その山脈の麓付近は入り組んでいて、大地が大きく隆起しているため、知らない人間が訪れようものならば迷うことは間違いないだろう。
 十二歳になったばかりのファティマに連れられ、俺はそうしみじみと考えていた。

「はぁ、はあ、おーい、ファティ。まだ着かないのか?」
 木々がそびえる間に伸びる坂道を上りながら、先を歩くファティマに声を飛ばす。

「もうすぐだから!」

「随分前もそう言っただろ!」
 守護者としてルスランからエスタールに派遣され、二年が経過していた。

 出会った頃は人見知りなのか、領主の影に隠れながら会話をしていたファティマも、今やすっかり俺に慣れてしまっている。
 一つ屋根の下で暮らす身だ。歳が近いのもあり、昼夜問わず一緒にいれば嫌でも慣れてくるだろう。

 そんな家族のようなファティマだったが、十二歳の誕生日に何か欲しいものはあるか? と俺が尋ねたところ、ラーフィア山脈の滝が見たい。と目を輝かせて言い出した。
 そしてそのリクエストに応えるべく、俺はこうして山登りをしているという訳だ。

「ロキー! 着いたよ。早く!」
 俺とは対照的にいつまでも元気なファティマの声援を受け、腹に力を入れる。
 木々が開けると同時に、目の前に巨大な山脈の光景が広がった。

「これは……凄いな」
 絶景だった。
 高く隆起した地に立つ俺達の前には、まるで映画のワンシーンのような壮大な風景が映し出されている。

 横一線に広がるラーフィア山脈は、大地の力強さを感じさせる。
 山の中央付近から大量の水が流れ落ちていて、その下は広い湖が出来ていた。その湖を挟んで向かい側に俺達は立っていた。

「ね、凄いでしょ?」
 ファティマがまるでこの光景が自分の功績かのように胸を張る。

「でも、ファティは何度も見たんだろ。これが贈り物になるのか?」
 俺は初見だから素直に感動したが、ファティマは領主に連れられて幾度か向かったことがあるはずだ。

「……なるよ。だって――あー、えっと……いいよ、もう!」
 何故か不機嫌になるファティマ。

「こうしてみると、旧エスタール王族しか知らない場所というのも分かるな。この景色は独り占めしたくなる」
 しみじみと大自然の息吹を感じている俺に、ファティマが続ける。

「……ここはね。私たちの家族しか来ちゃいけない場所なんだよ。他の人達には秘密なんだって」
 それって、後で領主に怒られるパターンなんじゃないか?
 ……知らないぞ。

「でもね、私は、ロキを連れてきたかったの。だって、ロキは――」
 一拍おいて、ファティマは俺を見つめる。

「ロキは大事な家族だから。私にとって大事な人だから」

「……ありがとう。ファティ」
 家族という言葉が、純粋に俺の心に染み渡る。

 この世界に転生し、俺は一度、家族を失った。

 大事な相手であるつばさも失った。

 生まれ変わった俺に新しく与えられた家族は、王族だった。
 王族の家庭環境は、一般的な家族環境とは比較にならないほど醒めている。
 王である父親は、ほとんど俺とは関わらない。
 母とは共に暮らすが、遊び相手は侍女が受け持つ。学ぶことは全て師を通す。

 兄はどいつもこいつも敵か味方か分からない。

 そんな状況を通り、僻地に飛ばされた俺に待っていたものは、久しぶりに出会えた家族的な環境だった。
 父、母、娘が一緒に食卓を囲み、共に笑い合う。そんな環境だった。

「こんな俺を、家族だと思ってくれるんだな。……ありがとう」
 そこに突然紛れ込んできた異物を、暖かく迎え入れてくれた家族だった。

「……ねえ、約束して」
 ファティが俺の手を引っ張り、両手で握り閉める。

「これから、あたしの誕生日は一緒にここに来よう。十年後も二十年後も……ロキとこの景色を……一緒に見たい」

「それは……」
 正直分からない。
 今は、守護者という立場でここにいるが、本国に戻される可能性だってある。
 守護者として、別の地方に飛ばされる可能性だってある。

 でも、そんな事情、まだ子供のファティマに話したところで理解できないだろう。
 両目を輝かせながら俺を見つめるファティマを見ていると、正直な事情を話すのは子供の夢を壊すようで気が引けてしまう。

 ……しょうがない。

「……分かった。俺が守護者として、ここにいる間は、毎年……この場所に来よう。一緒にこの光景を見よう」
 俺の返答に、ファティは文字通り飛び上がって喜ぶ。

「約束だよ? ……この約束が、ロキの贈り物だからね!」
 ま、いいだろう。俺もこの景色をまた見たいしな。

 無邪気に笑うファティから目を離し、広大な風景を目に焼き付ける。
 ふと湖の右側に広がる森の一部に目が止まった。

「あれは、なんだ?」
 俺の指さす方向をファティマも凝視する。
 指さす方向には、木々に紛れ人工物が小さく見える。

 ……あれは尖塔だ。

「ほんとだ。気がつかなかった」
 ファティも知らない建造物が森に建っていた。

「教会聖堂か何かか? 何故こんなところに?」
 こんなところまでわざわざ祈りに来る人間なんていないだろう。そもそも、エスタール地方には『教会』の息がかかっていない。場違いにも程がある。

「……ね、ちょっと行ってみない?」
 ファティがとんでもない事を言い出す。

「今からか? もう暗くなるぞ。早く降りて帰らないと領主が――」

「行きたい! 行きたいぃいい!!」

「だぁあ、離せ!」
 駄々っ子になったファティが俺の腕に絡みついてくる。
 結局根負けした俺はファティに連れられ、謎の教会聖堂へと足を向けた。
 そして、森の中を迷った。

 方々歩き回り、なんとか目的の教会聖堂へと辿り着いたものの、目的の聖堂は朽ち果てていてボロボロになっていた。住んでいる人間などいる筈もない。
 それでも屋根があり、雨風が防げる場所だ。
 日は沈み、獣の遠吠えが聞こえてくる。
 俺達はやむなく窓を割って入り込み、一晩夜を明かして、領主邸へと戻った。

 これが、俺とファティの十二歳の思い出だ。

    *****

 四年後、俺は色とりどりの鶏馬《ルロ》に乗りエスタール平原を駆けていた。
 時折すれ違うターンブルの残兵を切り捨てつつ、走る。

 目的は帝国軍から、ファティを救うため。
 家族を護るため。

「無事でいろよ……ファティ」
 目的地は……思い出の場所、教会聖堂だ。

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