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序章 ――別れと、出会いと、――
つばさ1 『ノエルとフィリー』
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【つばさ①】
気が付いたら、私は赤ちゃんになっていた。
しかも、両親は人の姿をしていなかった。
――ちょっと、なに? これ――
手も足も思い通りに動かせず、声も出なかったが視界はクリア。そんな状態の中、首だけを動かし、なんとか状況を整理しようとする。
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
――私、重工の屋上で悠人から告白されてたよね?――
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
――んで、急に変な石版が出てきて……どうなったっけ?――
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
――なんで、今この状況……ってうるさーい! ――
隣を見るとカラスのような羽根を生やした褐色の赤ん坊が鳴き声(?)を上げている。羽根以外は普通の赤ん坊に見えるが、鳴き声が普通じゃない。
「あーはい、はい。なーに、お腹空いたの?」
なんかやけに色っぽい女性が視界に入ってきた。コウモリのような羽根を羽ばたかせ、頭からは山羊のような角が両側に生えている。……ハロウィーン帰りですか?
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
相変わらずの鳴き声を上げる隣の赤ん坊をひょいと抱え、お乳を与え出す女性を見ていると、扉が開く音が聞こえ、誰かが入ってくるのが分かる。
「こっちの子はキミに似て落ち着いてるね」
私のほっぺをツンツンする男。この男性は鷲のような立派な羽根を背中から生やし、手には大きな鉤爪が生えている。その大きな爪でほっぺをツンツンするものだから……痛い。
「ちょっと、気をつけて下さいね。というか、触らないで。近づかないで。臭い。汚い」
「えぇ……俺のこと、全否定?」
「あなた、すぐ力加減間違えて爪刺しちゃうじゃない。危なっかしくて見てられないわ」
おおう、不思議な感覚。耳から入ってくる会話の音は、日本語のそれとは全く違う。なのに頭の中で日本語に変換されてなにを言っているのかは理解できる。なにこれ。
「いいよ、そうやってお父さんはどんどん邪魔者扱いされてくんだ。分かってるよ」
大のオジサン(?)が拗ねながら椅子にどかっと腰を下ろす。私はその会話聞きながら思った。ううん、会話を聞かずとも本能で理解はしていた。
この変な格好をした人たち、私のお父さんとお母さんだと。
****
それからしばらくの間、私は考えても仕方ないとばかりにされるがまま、おっぱいを与えられ、寝る。んで下の処理をして貰い。またおっぱいを飲むをひたすら繰り返した。
……しょうがないじゃん。手もろくに使えない、足も歩けない。ついでに声も出せないじゃあなにもできない。トイレにもいけない。
まあ、そんなされるがままの生活の中でも情報収集だけはきちんとやった。
どうやらこの隣で寝かされているのは私の兄、というか二人いっぺんに生まれた片割れらしい。変な声で泣くし、暇さえあれば動けない私にちょっかい出してくる。うざい。
そして私のことを抱っこしようとしてお母さんに蹴り飛ばされている鷲のオジサンは、どうやらグリフォン種らしく、隣で寝ている子と同じ種族。
因みに私はお母さんと同じサキュバス種。もう一度言わせて。サキュバス種……らしい。
えーあれだよね。元の世界では婬魔って呼ばれているアレ。私でいいんだろうか……。
なんて色々悩んでてもしょうがないので、受け止めた。どうやら私は生まれ変わって魔族って呼ばれている存在になったみたい。
隣の黒い子供(フィリーと呼ばれていた)が落ち着いてきたら、私たちは四人で買い物に出かけた。初めての市場は圧巻だった。
そこはまるで、大規模な仮装パーティーでもしているかのように多種多様な人外で埋め尽くされていた。
道に合わせ、張られた天幕の下に見たこともない商品が並べられて、カエルみたいな人だとかトカゲみたいな人たちが声を上げている。あ、あっちの人は蜘蛛みたいな見た目だ。
ただ、石造りの町並み、石畳の歩道は日本のそれとはまるで違う。空を見ると翼を広げた人型じゃない人たちが優雅に飛行している。うん、どう考えてもこれ、異世界だ。外国なんかじゃない。
私は全てを受け入れた。生きる為には受け入れるしかなかった。
****
「これあ? (すみませんお母様、ここに書いてある文字はなにを指してるのでしょう?)」
「ん~、これはねぇ、魔石って言うの。不思議なこといっぱいできるんだよ~」
「!! ほしい! (魔法みたいなものかな…ここにもあるのでしょうか?)」
「だーめ、うちにはないの~」
一年もしないうちに手と足が少しは思いのままに動くようになってきたので、家にある本を片っ端から読みあさった。書いてある文字は日本語ではなかったので、お母さんに聞いた。
「これあ? (あ、お母さん居ない。……いっか、この人で)」
「おっ? どれどれ? これはだな、……な、なんだろ?」
お父さんにも聞いたことがあったが、本人も分からない文字が多々あったので頼るのはやめた。私の中でお父さんは臭くて痛いだけの人にランクアップした。
****
「見ててね~……ほらっ!」
「おお~! (ぱちぱち)」
どうやらこの世界にも魔法って呼ばれる不思議パワーがあるらしい。お母さんは炎呪文が得意らしく、手が突然光ったかと思ったら、手のひらでちっちゃな火の鳥と火の輪っかを作り、イルカのイルミネーションショーみたいなのを見せてくれた。器用な人だ。
二歳位で私も手から炎が出せるようになった。とは言ってもガスライター程度の火力だ。それでも普通の子に比べたらもの凄く上達が早いらしく、お父さんが天才だぁ! と嬉しそうにしている。
フィリーは私が手の平から炎をポンっと出す度に笑っている。なんか可愛い。
****
そんな無邪気だったフィリーも、四歳位からは私に無駄に対抗意識を持つようになる。なにをするにしても僕の方が上手くやれる! って言って来るが、実際はてんで駄目。
当然だ。こちとらあんたより十六年も長く生きてたんだ。経験値が違う。
それでも魔力を上手くコントロールしようとして爆発させたり、なんとか手から炎を出せるようになったり、そんなことを繰り返す姿は見ていて飽きがこない。
「あっち! やけどした!」
「あんた、ちゃんと手を光らせてる? こんな感じ」
ドヤ顔でフィリーに輝く手を見せつける。この手を覆う光が魔法保護の役割を果たしているらしい。ないと自分の出した炎で自分の手が焦げてしまう。
「ちっくしょーっ絶対ノエルより上手くなってやる!」
「あーそー、ガンバレー」
「よゆーぶっこいてられるのも今のうちだからな!」
「それ、三下のセリフだよ……」
「さんしたって?」
「あー……なんでもない」
****
六歳位からはもう家の手伝いを始めていた。 この魔族の世界では学校こそないものの、通貨もあり、それを稼ぐ為の仕事もある。
とは言ってもまだまだ一人ではなにもできない身体なので、主にお父さんの手伝いだ。
お父さんは石造りの家を建てる仕事をしていた。私は汚れた床を掃いたり、水を汲みに行ったり。
フィリーも最初こそ勢いよく重い荷物を運んだりしていたが、すぐにへたり込み私と一緒にお父さんの働きぶりを見るだけとなった。
「あー疲れた! きゅうけー」
「まだお昼にもなってないよ。このヘタレ」
水出しのお茶をがぶがぶ飲むフィリーを見る。カラスみたいに真っ黒だった背中の羽根は、少しずつ焦げ茶がかってきてる。そのうちお父さんのように綺麗な赤になるのだろう。
鉤爪はまだ生えてない。人間の手と変わらないのでお父さんみたいになにやっても痛いなんて言われない。
人間と言えば、私も人間っぽい姿のままだ。角とか翼がないってことね。
お母さんいわく、二十歳を超えてからやっと生えて来るらしい。私は生えない方がいいけど。寝る時とか邪魔そうだし。
「ヘタレってなにさ。また本言葉?」
「おねーちゃん言葉」
「駄目、僕がお兄ちゃんなんだから。お母さん言ってたもん」
「あー、はいはい。そうだったねー」
愛らしい子じゃ。頭を撫でてやろう。
と、馬鹿にされたと感じたのか、フィリーはすぐに頭に置いた私の手をはたき落とす。
私たちは石階段の上に座り足をブラブラさせながらお父さんの仕事ぶりを見ていた。…………暇だ。
「しりとりでもする?」
「やだ、負けるもん」
ちょと前に『る』責めで本気を出しすぎたせいでフィリーはしりとりで遊んでくれなくなった。言葉を覚えるのに丁度良かったのに。
「ひーまーだー」
「ひーまーだー」
足をバタバタさせる私と石の上でゴロゴロするフィリー。
な、なんか六歳児と同じ行動になってる気がする。
いかんいかん、と立ち上がると、石階段の上に森が広がっているのが見えた。
「あっちって森なんだね。ちょっと行ってみるね」
「遠くに行っちゃ駄目ってお父さん言ってたよ」
「大丈夫、ちょっと覗いてみるだけだから」
私は自分の背丈よりもある石の階段をなんとか登りきり、草原の先にある森を眺める。
開発地域の先にあるこの森は、まだ魔族達の手が付けられていないらしく、自然がありのまま残っている。
がさっと音がした方を見ると、丸いウサギのような生き物が顔を出した。タンポポの綿毛をそのまま大きくして、耳と手足が付いたような姿だ。フワフワまん丸で、長い耳をパタパタさせてる。
「なにあれ、可愛い……」
「あーメルビルラビットだ!」
いつの間に付いてきてたのか、フィリーが声を上げる。
「あんた、知ってるの?」
「うん、おとーさんが前にお店で見せてくれた」
「お父さんが? お店で? ペットショ……動物屋さん?」
たまに二人でどっかに行ってると思ってたけどペットでも探してたのだろうか。
「ううん、お酒飲むお店。目の前であれを切って料理にしてたよ」
……お父さんは後で説教だ。お母さんに往復ビンタしてもらおう。子供になんてもの見せてんのよ。
「お父さんあれ大好物なんだって。僕捕まえて来るね」
「あっちょっと待ちなさいよ」
捕まえても調理しないよ。させないよ。って早っ! あんな足早かった?
「あー森の中入っちゃった。どうしよ」
一人取り残された私は少しだけ考え、後を追うことにした。いざとなればお母さん直伝の炎魔法がある。
****
森の中は日差しがそれなりに入り込んできて、鬱蒼とした空気はなかった。
鳥の歌声と虫の鳴き声が心地良い。足場は悪かったが歩けない程ではなく、木々の一本一本が離れているので見通しも悪くない。
「おーいっふぃりー! 危ないから帰ってこーい!」
大きな声を上げるが返事はない。足音も聞こえてこなかった。
「ったく、何処まで先に行ったの……」
しばらく進むとガサガサとなにかを漁る音が聞こえてきた。
「フィリー、帰るよー」
私は音のする方へ歩みを進める。音が次第に大きくなっていく。茂みが広がってて良く見えない。
「フィリー、なにやって……ひっ」
茂みをかき分けると、そこには灰色の巨大な猿がいた。
気が付いたら、私は赤ちゃんになっていた。
しかも、両親は人の姿をしていなかった。
――ちょっと、なに? これ――
手も足も思い通りに動かせず、声も出なかったが視界はクリア。そんな状態の中、首だけを動かし、なんとか状況を整理しようとする。
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
――私、重工の屋上で悠人から告白されてたよね?――
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
――んで、急に変な石版が出てきて……どうなったっけ?――
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
――なんで、今この状況……ってうるさーい! ――
隣を見るとカラスのような羽根を生やした褐色の赤ん坊が鳴き声(?)を上げている。羽根以外は普通の赤ん坊に見えるが、鳴き声が普通じゃない。
「あーはい、はい。なーに、お腹空いたの?」
なんかやけに色っぽい女性が視界に入ってきた。コウモリのような羽根を羽ばたかせ、頭からは山羊のような角が両側に生えている。……ハロウィーン帰りですか?
ゲェエエエエ ゲェエエエエ
相変わらずの鳴き声を上げる隣の赤ん坊をひょいと抱え、お乳を与え出す女性を見ていると、扉が開く音が聞こえ、誰かが入ってくるのが分かる。
「こっちの子はキミに似て落ち着いてるね」
私のほっぺをツンツンする男。この男性は鷲のような立派な羽根を背中から生やし、手には大きな鉤爪が生えている。その大きな爪でほっぺをツンツンするものだから……痛い。
「ちょっと、気をつけて下さいね。というか、触らないで。近づかないで。臭い。汚い」
「えぇ……俺のこと、全否定?」
「あなた、すぐ力加減間違えて爪刺しちゃうじゃない。危なっかしくて見てられないわ」
おおう、不思議な感覚。耳から入ってくる会話の音は、日本語のそれとは全く違う。なのに頭の中で日本語に変換されてなにを言っているのかは理解できる。なにこれ。
「いいよ、そうやってお父さんはどんどん邪魔者扱いされてくんだ。分かってるよ」
大のオジサン(?)が拗ねながら椅子にどかっと腰を下ろす。私はその会話聞きながら思った。ううん、会話を聞かずとも本能で理解はしていた。
この変な格好をした人たち、私のお父さんとお母さんだと。
****
それからしばらくの間、私は考えても仕方ないとばかりにされるがまま、おっぱいを与えられ、寝る。んで下の処理をして貰い。またおっぱいを飲むをひたすら繰り返した。
……しょうがないじゃん。手もろくに使えない、足も歩けない。ついでに声も出せないじゃあなにもできない。トイレにもいけない。
まあ、そんなされるがままの生活の中でも情報収集だけはきちんとやった。
どうやらこの隣で寝かされているのは私の兄、というか二人いっぺんに生まれた片割れらしい。変な声で泣くし、暇さえあれば動けない私にちょっかい出してくる。うざい。
そして私のことを抱っこしようとしてお母さんに蹴り飛ばされている鷲のオジサンは、どうやらグリフォン種らしく、隣で寝ている子と同じ種族。
因みに私はお母さんと同じサキュバス種。もう一度言わせて。サキュバス種……らしい。
えーあれだよね。元の世界では婬魔って呼ばれているアレ。私でいいんだろうか……。
なんて色々悩んでてもしょうがないので、受け止めた。どうやら私は生まれ変わって魔族って呼ばれている存在になったみたい。
隣の黒い子供(フィリーと呼ばれていた)が落ち着いてきたら、私たちは四人で買い物に出かけた。初めての市場は圧巻だった。
そこはまるで、大規模な仮装パーティーでもしているかのように多種多様な人外で埋め尽くされていた。
道に合わせ、張られた天幕の下に見たこともない商品が並べられて、カエルみたいな人だとかトカゲみたいな人たちが声を上げている。あ、あっちの人は蜘蛛みたいな見た目だ。
ただ、石造りの町並み、石畳の歩道は日本のそれとはまるで違う。空を見ると翼を広げた人型じゃない人たちが優雅に飛行している。うん、どう考えてもこれ、異世界だ。外国なんかじゃない。
私は全てを受け入れた。生きる為には受け入れるしかなかった。
****
「これあ? (すみませんお母様、ここに書いてある文字はなにを指してるのでしょう?)」
「ん~、これはねぇ、魔石って言うの。不思議なこといっぱいできるんだよ~」
「!! ほしい! (魔法みたいなものかな…ここにもあるのでしょうか?)」
「だーめ、うちにはないの~」
一年もしないうちに手と足が少しは思いのままに動くようになってきたので、家にある本を片っ端から読みあさった。書いてある文字は日本語ではなかったので、お母さんに聞いた。
「これあ? (あ、お母さん居ない。……いっか、この人で)」
「おっ? どれどれ? これはだな、……な、なんだろ?」
お父さんにも聞いたことがあったが、本人も分からない文字が多々あったので頼るのはやめた。私の中でお父さんは臭くて痛いだけの人にランクアップした。
****
「見ててね~……ほらっ!」
「おお~! (ぱちぱち)」
どうやらこの世界にも魔法って呼ばれる不思議パワーがあるらしい。お母さんは炎呪文が得意らしく、手が突然光ったかと思ったら、手のひらでちっちゃな火の鳥と火の輪っかを作り、イルカのイルミネーションショーみたいなのを見せてくれた。器用な人だ。
二歳位で私も手から炎が出せるようになった。とは言ってもガスライター程度の火力だ。それでも普通の子に比べたらもの凄く上達が早いらしく、お父さんが天才だぁ! と嬉しそうにしている。
フィリーは私が手の平から炎をポンっと出す度に笑っている。なんか可愛い。
****
そんな無邪気だったフィリーも、四歳位からは私に無駄に対抗意識を持つようになる。なにをするにしても僕の方が上手くやれる! って言って来るが、実際はてんで駄目。
当然だ。こちとらあんたより十六年も長く生きてたんだ。経験値が違う。
それでも魔力を上手くコントロールしようとして爆発させたり、なんとか手から炎を出せるようになったり、そんなことを繰り返す姿は見ていて飽きがこない。
「あっち! やけどした!」
「あんた、ちゃんと手を光らせてる? こんな感じ」
ドヤ顔でフィリーに輝く手を見せつける。この手を覆う光が魔法保護の役割を果たしているらしい。ないと自分の出した炎で自分の手が焦げてしまう。
「ちっくしょーっ絶対ノエルより上手くなってやる!」
「あーそー、ガンバレー」
「よゆーぶっこいてられるのも今のうちだからな!」
「それ、三下のセリフだよ……」
「さんしたって?」
「あー……なんでもない」
****
六歳位からはもう家の手伝いを始めていた。 この魔族の世界では学校こそないものの、通貨もあり、それを稼ぐ為の仕事もある。
とは言ってもまだまだ一人ではなにもできない身体なので、主にお父さんの手伝いだ。
お父さんは石造りの家を建てる仕事をしていた。私は汚れた床を掃いたり、水を汲みに行ったり。
フィリーも最初こそ勢いよく重い荷物を運んだりしていたが、すぐにへたり込み私と一緒にお父さんの働きぶりを見るだけとなった。
「あー疲れた! きゅうけー」
「まだお昼にもなってないよ。このヘタレ」
水出しのお茶をがぶがぶ飲むフィリーを見る。カラスみたいに真っ黒だった背中の羽根は、少しずつ焦げ茶がかってきてる。そのうちお父さんのように綺麗な赤になるのだろう。
鉤爪はまだ生えてない。人間の手と変わらないのでお父さんみたいになにやっても痛いなんて言われない。
人間と言えば、私も人間っぽい姿のままだ。角とか翼がないってことね。
お母さんいわく、二十歳を超えてからやっと生えて来るらしい。私は生えない方がいいけど。寝る時とか邪魔そうだし。
「ヘタレってなにさ。また本言葉?」
「おねーちゃん言葉」
「駄目、僕がお兄ちゃんなんだから。お母さん言ってたもん」
「あー、はいはい。そうだったねー」
愛らしい子じゃ。頭を撫でてやろう。
と、馬鹿にされたと感じたのか、フィリーはすぐに頭に置いた私の手をはたき落とす。
私たちは石階段の上に座り足をブラブラさせながらお父さんの仕事ぶりを見ていた。…………暇だ。
「しりとりでもする?」
「やだ、負けるもん」
ちょと前に『る』責めで本気を出しすぎたせいでフィリーはしりとりで遊んでくれなくなった。言葉を覚えるのに丁度良かったのに。
「ひーまーだー」
「ひーまーだー」
足をバタバタさせる私と石の上でゴロゴロするフィリー。
な、なんか六歳児と同じ行動になってる気がする。
いかんいかん、と立ち上がると、石階段の上に森が広がっているのが見えた。
「あっちって森なんだね。ちょっと行ってみるね」
「遠くに行っちゃ駄目ってお父さん言ってたよ」
「大丈夫、ちょっと覗いてみるだけだから」
私は自分の背丈よりもある石の階段をなんとか登りきり、草原の先にある森を眺める。
開発地域の先にあるこの森は、まだ魔族達の手が付けられていないらしく、自然がありのまま残っている。
がさっと音がした方を見ると、丸いウサギのような生き物が顔を出した。タンポポの綿毛をそのまま大きくして、耳と手足が付いたような姿だ。フワフワまん丸で、長い耳をパタパタさせてる。
「なにあれ、可愛い……」
「あーメルビルラビットだ!」
いつの間に付いてきてたのか、フィリーが声を上げる。
「あんた、知ってるの?」
「うん、おとーさんが前にお店で見せてくれた」
「お父さんが? お店で? ペットショ……動物屋さん?」
たまに二人でどっかに行ってると思ってたけどペットでも探してたのだろうか。
「ううん、お酒飲むお店。目の前であれを切って料理にしてたよ」
……お父さんは後で説教だ。お母さんに往復ビンタしてもらおう。子供になんてもの見せてんのよ。
「お父さんあれ大好物なんだって。僕捕まえて来るね」
「あっちょっと待ちなさいよ」
捕まえても調理しないよ。させないよ。って早っ! あんな足早かった?
「あー森の中入っちゃった。どうしよ」
一人取り残された私は少しだけ考え、後を追うことにした。いざとなればお母さん直伝の炎魔法がある。
****
森の中は日差しがそれなりに入り込んできて、鬱蒼とした空気はなかった。
鳥の歌声と虫の鳴き声が心地良い。足場は悪かったが歩けない程ではなく、木々の一本一本が離れているので見通しも悪くない。
「おーいっふぃりー! 危ないから帰ってこーい!」
大きな声を上げるが返事はない。足音も聞こえてこなかった。
「ったく、何処まで先に行ったの……」
しばらく進むとガサガサとなにかを漁る音が聞こえてきた。
「フィリー、帰るよー」
私は音のする方へ歩みを進める。音が次第に大きくなっていく。茂みが広がってて良く見えない。
「フィリー、なにやって……ひっ」
茂みをかき分けると、そこには灰色の巨大な猿がいた。
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