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帝都のひと夏

茶会の翌朝(ジキスムント君はほんろうされる)

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ここは、、、?
ボーっとしたまま天蓋の中で身を起こす。

昨日、とても楽しみにしていた皇室の茶会でディアナ嬢に会った。
想像以上に可愛くて、少しでも近付きたいと、そう思ったのに、、、直前に見た殿下の好意を見て、父に止められた。
ショックで、その後どう過ごしたのかよく覚えていない。
気が付くと、一人帰りの馬車の中だった。
窓の外を見ると、皇宮から出たばかりらしい。帝都へ向かう緩い下りの坂道からは、川向こうに整然と広がる街並みを一望できた。
行きにこの景色を見た時は、希望しかなかったのに、、、。
気が抜けたまま屋敷に戻ると、慌てて出迎えた執事に何か言われたが、そのまま自室に引き篭もった。
気力が湧いて来ない。
フラフラと寝台に上がり、傾きかけた日差しが鬱陶しくて天蓋を閉めたが、、、その後の記憶が無い。
どうやら眠ってしまったようだ。
寝過ぎたせいか、頭も体も重く気怠い。
でも、起きなければ。
天蓋を開けると朝日が差し込んで、眩しさに目を細めた。
どうやらいつもの時間に目覚めたようだ。
引きずるように寝台から降りたとき、侍従の叩扉の音が響いた。

「それで・・・よく、眠れたか?」
朝食の席には珍しく父母が揃っていた。
いつもなら母上はもう少し遅く起きてくるのに、珍しい。
そう思いながら、挨拶を交わし席に着く。
何か言われたらどうしようかと思ったが、、、賑やかな母はともかく、父はいつも通り無口だった。
ほっとして食事を進めると、最後のお茶になって、父がおもむろに問いかけて来た。
「はい。昨日は先に帰ってしまい、ご不便をお掛けしました。少し、疲れていたようで・・・」
「ああ、そうだな。ゆっくり休めたのなら、それで良い。」
言葉数は少ないが、父の眼差しにも言葉にも、俺の状況を理解した上での思い遣りが感じられた。心がじんわり温かくなる。
「はい。少し時間は掛かりますが、もう暫く会うことも無いでしょうし。」
「そうだな。」
「何とか持ち直して、次に会う時には良い関係を築きたいと・・・」
父と話すと落ち着く。そう思った時。
「そうそう、ジキスちゃん。貴方明日の午後は時間を空けておいてね?」
騒々しいほど明るい母の声が、俺と父の会話をぶった斬った。

母は基本的に他人の話を聞かない。
彼女に付いて行くお茶会などでいつも思うのだが、彼女とその友人の貴婦人方は、仲間内しかいないと認識した途端、猛烈に自分のことを話し出す。
そして他の人の話を聞かない。
こんなお互い一方通行の会話、、、母の言うところの『お喋り』、、、が有意義なのか、一度母に聞いたことがある。
「あら、ジキスちゃん、貴方分かってないわねえ。」
その時母は、とても残念なものを見るかのように俺を見た。
そして、そのお茶の時間全てを使って、いかに『お喋り』が素晴らしいものか教えてくれた。
それを要約すると二言で表せる。つまり、とても楽しくて、とてもすっきりするのだと。
そう話をまとめた時、母は、そうなんだけど、そうじゃないのよねえ、と残念そうな顔をし、側にいて黙ってやりとりを聞いていた父は、微かに溜め息を吐いたから、これは我々男には分からない、ご婦人の深淵さなのだろう。
楽しくてすっきりする。
良いことだと思う。どんどんして欲しい。母の機嫌がいいと我が家は明るいから。
ただ。
俺と父の会話に、空気を読まずにガツンと入って来るのは、どうなのだろう?

「・・・母上?何のお話しでしょう?私は今父上と「あら、聞いてなかったの?ジキスちゃんは私と明日、カレンブルク侯のお茶会に招かれたのよ?」」
母上の咎めるような眼差しを受け、俺はチラ、と父を見る。
父は母に分からないように微かに首を振った。父も聞いて無かったようだ。というか、母は本当に言ったのだろうか?
「母上、申し訳ありませんでした。そのお話しは後ほど「良いのよ、謝らなくて。私も今思い出して言ったのだから。昨日のお茶会で急に誘われたの。今日招待状を出すと言われたけど、でも、ほら、明日のことだから、今言わないとまた忘れちゃっても困るでしょう?」」
思い出して良かったわあ。そう言ってにこにこお茶を飲む母に、恐らく悪気は全く無い。
俺は小さく溜め息を吐くと、父に目線だけで会話の終了を告げた。
「母上、その茶会は、ご婦人方と?」
母に向き直ると、うーん、と首を傾げられる。
「違うと思うわ。元々は、昨日のお茶会に出て、すぐにまた帝都を出られるはずだったカレンブルク侯が、例の姪御さんの為に急遽開くってお声を掛けにいらしたのだもの。」
外交官という職務と気さくな人柄で多くの交友関係を持つカレンブルク侯は、あっという間に出席者の確保や様々な手配を済ませてしまったらしい。
しかし、『例の姪御』?カレンブルク侯と言えばコンラート一門だ。まさか、、、。
「今年は開かれないと思っていたし、開かれてもお声が掛かるとは限らないから、とっても貴重なのよ?例の姪御さんと、あと甥御さんもいらして、その方は貴方と同い年だから、ぜひいらして下さいですって。殿下にも声を掛けると仰っていたから・・・」
母はそのまま話し続けるが、俺はたまらず口を挟んだ。
「待って下さい、母上。その、例の姪御とは、もしかして、、、」
「あらやだ、もしかして貴方まだご挨拶してないの?今社交界で最も熱い話題の人、黄金の瞳のディアナ嬢よ?」
「ーーー!」
「お友達と昨日お喋りしている時に挨拶を受けたのだけど。本当に黄金の瞳だったわよ~。どんな田舎娘かと思ったけど、コンラート一門だけあって綺麗なカーテシーをしていたわ。まあ、当たり前って言えば当たり前よね。だって・・・」
母のお喋りは続くが、俺はもう聞いていなかった。
「失礼します。」
フラフラ立ち上がると、父と目が合った。思慮深げな眼差しが痛い。
「無理して行かなくて良いんだぞ?」
それは、俺の心境を知る父の心からの言葉だったが。
「ダメよ!もう、こんな素敵なお誘いを断るなんて。本当にうちの殿方は社交が苦手なんだから。ジキスちゃん、リューネブルクのマティルデちゃんも来るんだから、貴方は必ず来なきゃダメよ?」
母からさらに攻撃を受ける。
ディアナ嬢に会った時のことを考えるだけで頭が一杯なのに、幼なじみの面倒まで、見ろというのか、、、。
「招待状はまだなのですよね?ちょっと部屋に戻って考えさせてください・・・」
「んもう、せっかく殿下の覚えも目出度い子なのに、ジキスちゃんは無愛想なんだから。」
「その、ジキスちゃんも出来れば止めて・・・ああ、何でもありません。」
さらなる攻撃は避けなければ。
俺は這々の体で食堂から逃げ出した。

その後、俺にはカレンブルク侯爵からの正式な招待状の他に、何と殿下からの手紙まで来た。
どうやら俺は、昨日の茶会で殿下の呼び出しをすっぽかしたらしい。
『詳細は省く。明日のカレンブルク侯の茶会に出るように。ディアナ嬢も呼んだ。俺も顔を出せると思う。』
何だこれは?俺は殿下がディアナ嬢とイチャイチャするのを強制参加で見せつけられるのか?
でも、二度も殿下の呼び出しをすっぽかす訳には行かない。
俺は参加の返事を認めつつ項垂れる。

これは、新手の精神の鍛錬なんだろうか?
早く明日が終わって欲しい、、、。

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