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帝都のひと夏

ディアナ嬢本人に会ったⅠ(フェリクス殿下)

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父上が控えの間に入って来た。どうやら今年度の騎士の任命式は終わったらしい。マントやら上着やらをさっさと脱いで侍従に渡し、ソファに座って一息ついている。
「今年の騎士はいかがでしたか?」
当たり障りのない話題を出して近くによると、父上は目をつぶったまま対面の席を示した。
「まあまあだな。ああ、首位任官はバーベンベルクのオスカーだったよ。個性派ぞろいのあの一族の中では唯一まともな印象を受けた。あれなら今後北方は安心だな。」
うんうん。自分で頷きながら、父上は「ん?」と首を傾げた。
「バーベンベルクと言えば・・・何か忘れている気が・・・」
呟いている。俺から話題を振らなくても出てくるかな?そう思って見守っていると。
「あ、ディアナ嬢の顔を見るのを忘れた。」
パッと目を見開いて、父上が叫んだ。
「貴方ったら。今朝は、とうとうディアナ嬢が見られるって、そればっかり仰って出て行ったのに、忘れてたんですか?」
手ずからお茶を淹れてくれていた母上が、呆れたように口を挟む。
そりゃあ言いたくもなるだろう。ここ数日、父上は何かとディアナ嬢彼女の話を持ち出しては、俺と母上をうざがらせてきたんだから。
「任命式には参加しなかったのかもしれませんよ。」
俺がなるべく自然に聞こえるようフォローすると。
「いや、そんなことは無い。あの一族の席には女性が三人いたが、二人は紅髪だったからな。」
眉を寄せて思い出している父上。そこまで覚えてるのになんで見てないんだ?

「ひょっとすると、衆人に紛れ込むとかっていう魔術が使われていたかも知れないな。うん、きっとそうだ。」
それなら私の印象に残ってなくても仕方ない。
何やら納得したらしい。父上はすっきりした顔で母上の淹れた紅茶に口をつけた。え、これで終わられると困るんだけど。
「衆人に紛れ込む魔術ってなんですか?」
「ああ、昔アルフレートがよく使ってたんだ。結界を張って全く見えなくすると、居ないのと変わらないだろう?そうじゃなくて、影の薄い人みたいに、居るけど目に留まらないように印象を薄くするんだそうだ。」
「それに何の意味が?」
「彼が言うには、人が寄ってくるのが嫌なんだとさ。でも、参加しないとうるさく言われる式典とか夜会ってあるだろう?そういう時に使うらしい。あとは・・・まあ、あいつのことだから、エレオノーレ殿に使ってたんだろうな。」
ははッと笑う父上。ティーカップを置いた母上も、そう言えば、と首を傾げた。
「エレオノーレ様ってあんなに目立つお姿なのに、学園でも社交界でも、本当に話題にならない方でしたものね。」
「そう言えばそうだな。探さないと見つけられない人だった。」
父上母上は学園の同期だから昔話が始まると長い。これ以上は収穫が無いと結論付けて、俺はそっと席を立った。



「・・・大変お待たせいたしました。皆さま揃ったようでございます。」
それからだいぶ経って。
様子見させていた侍従が青い顔で戻って来た。
「コンラート一門が先ほど参加しました。そろそろ頃合いでございます。」
「随分のんびりしていたようだね?」
控室の扉に向かいながら父上がやんわり言うと、侍従は顔をさらに蒼ざめさせた。
「申し訳ありません。御一門として参加されるご令嬢の到着が、遅れましたようで。」
「ほう?ならば仕方あるまい・・・そのご令嬢、そちは見たのか?」
「はい?・・・はい、ご案内する際。」
「どうであった?」
廊下を歩きながら楽しそうに聞く父上。もうすぐ会えるだろうに、なんで黙ってさっさと行かないかな?
「陛下、お静かになさいませ。」
母上に窘められて、父上はやっと黙って前を向いた。目の前の扉を開ければ会場だ。
室内で先触れの声がする。俺もちょっと緊張してきた。
千年に一人の女の子。
どんな姿なんだろう・・・。



ディアナ嬢は、金髪が多いオストマルク社交界の中で、紅髪と言うだけでかなり目立った。
しかも、色とりどりのドレスの波の中、白と白金のドレスはとても目立つ。
その上、、、。

(くそっ。滅茶苦茶可愛いじゃないか!)
目の前に立った女の子の破壊力に、社交慣れした_皇太子が目を離せなかった。
髪色は紅というより紅金だ。シャンデリアの光に反射して艶々輝いていて、飾りのダイヤがガラス球に見える。
卵型の顔は血色がよくて、肌は近くで見ても染み一つないきめ細かさだ。本当に毎日訓練場で剣の訓練をしているのか?と思うくらい色も白い。
その小さな顔に、綺麗に整った目鼻立ち。切れ長で大きな瞳の形は辺境伯に似たんだろうが、その色は…溶けた黄金の色。
思わずつまみたくなるつんとした鼻と、薄く色づいた優しい形の小さな口元。
ほっそりした首から下はドレスで隠れてしまっているけれど、手足の長さや立ち姿から、将来の美しさがはっきりと見える。
しかもこの可愛い声。なんだ、声も変えてたのか!
俺は必死で真顔を保ちながらさり気なく彼女の後方の人々を観察した。
コンラート一門が連れてきた話題の彼女だ。一門の派閥であろうとなかろうと、みんな興味津々と言う顔で見ているが、、、。

これは競争率がかなり高いとみなければ・・・

取り敢えず、俺の関心を得たことをアピールしよう。それで下っ端貴族は牽制できるだろう。個人的に話す機会も作らなければ。
それにしても・・・。
正直彼女の隣に控える魔導師二人がものすごく怖い。
同じ顔に同じ無表情でこっちをジッと見ている。これはアレだ、対応を間違えた瞬間られるやつだ。
、、、だが、仕方ない。これだけ人がいれば、そう無体な事はしないだろう、、、しないでくれ、お願いだ!
俺は内心冷や汗をかきつつ、俺に向かって頭を下げた彼女に、自分で出来るありったけの社交スキルで甘く微笑みかけた。



そして。
何だか危機的状況もあったような気がしないでもないが、何とか無事に、気に入ったアピールとメモを渡すことに成功した。
後は彼女がその場所へ来てくれればいいんだけれど。
ホッとした俺は。
最後にとんでもないものを見てしまった。

帝国の皇太子が、最高に気に入ったアピールをしたっていうのに。
後ろのご令嬢方はきゃあきゃあ言っていたのに。

何と彼女は隠しにメモをしまいながら、こっそり俺の口付けた指先を、ドレスで拭いたのだ。

そのままさっさと去っていく彼女を、俺は茫然としたまま見送った。








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