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帝都のひと夏

男子部屋にてⅤ(ルー視点)

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母上が顔を出した途端。

天幕内の空気が変わる。
今の今まで冷気を噴出していた父上が活動を停止し。
氷片をまとっていたフィン兄様は明らかに「まずい」と言う顔をして、フイッと横を向く。
俺はと言えば、対処能力を超えたらしい。思考が追い付かず、黙って様子を伺うだけだ。

そんな微妙な空気の中。
母上は何事もないかのように入ってきて。
「ここ、思ってた通り暗くて寒いな。アル、追加で魔導灯持ってきたから付けて。あ、あと、少し温かくして。」

言いながら真っすぐ俺のところに来て。
いきなりギュッと抱きしめてきた。
「っぷ。や、やめて下さい!」
驚きと羞恥で押しのけようとすると、あっさり身を引いて、笑う。
「うん、元気そうだ。いつものルーだね。」
これなら大丈夫。
そう言うと、今度は魔導師の二人に向き直る。
魔導灯が増えて明るくなった中で見る二人の瞳はもういつもの色だ。
良かった、、、。

ホッとする俺とは違い、母上は一転して厳しい口調になった。
「さて、魔導師のお二人さん。私のいない間に、何を企んでいたのか洗いざらい吐いてもらおうか?」
誤魔化そうったって無駄だよ。私は今、兄にいきなり掴みかかられて衝撃を受けたを慰めると称して彼女の天幕に行って、来たんだから。
「「「なっ!」」」
男三人で衝撃を受けるが、母上の表情は変わらない。
「息子が三人いて、むさい野郎どもを統括している現役の騎士団長をなめるなよ。ちょっとやそっとの下ネタで私がたじろぐとでも?」
殿下あっち殿下あっちの視点で吐いたぞ。
だが私は為政者だ。片方の意見だけでは判断しない。
さあ、早く言いなさい。




結局、父上が折れて。
多少ぼかしたものの一通りの話を聞いた母上は、ふうっと一つ、溜め息を付いて、、、それで終わりだった。
憤りも、嘆きもしない。ただ、その案は却下だ、と眉をひそめただけだ。

「母上」
俺は流石にひどいと声を上げた。
「ん?」
「母上は、あいつがやったことを、ため息の一つで片づけられるのですか!?女親なら、もっと蔑み、憤るものでは!!」
これではディーが可哀そうだ!
俺の中で怒りが再び湧き上がってくる。
でも、挑発ともいえる俺の言葉にも、母上は苦笑いをしただけだった。
「ルーは、いいお兄ちゃんだね。」
頭を撫でられイラッとして振り払う。
「見損ないましたよ!ははう・・・」
「夜中だ。静かに。」
振り払われた指先を、俺の唇に当て。
「怒ってるとも。」
母上は言った。
「もの凄く、怒ってるよ。よく知らない殿下を預かって、安易に可愛い娘の姿をさせてしまった自分と、、、まあ、これは半分八つ当たりだけど、アルにね。」

ビクッ。
動揺した父上には目もくれず、母上は続ける。
「大人なんだから、思春期の悪ガキがどんな悪戯をするか、予測して然るべきだった。これは、ライならいいか、と判断した事を安易に殿下に流用した私のミスだ。
しかも、私はこの手の悪質な悪戯の被害にあったことがあるというのに・・・なぁ、アル?」
最後、冷たい目を向けられた父上は、ハッキリと顔色を変えた。
「ま、まさか、あの時の事を・・・」
こぼれた言葉を母上は逃さない。
「語るに落ちたな、アル。ああ、引っ掛けたんじゃない。知ってたよ。君の所業のあれこれに比べれば、殿下なんて可愛いもんだ。」

殿下が可愛く見える父上の所業、、、一体何をしたんだ、、、。

「あの頃はショックでも、まだ若くて恥ずかしくて問い詰められなかったし、その後はあまりに知らんぷりしてるから、いつかギャフンと言わせてやろうと思って黙っていただけさ。」
ふん、と鼻息荒く言うと、、、母上はガラッと口調を変えた。
「今は、私の事はいい。それよりアル。異性に変化するのはそっちの誘惑があると、自身の経験で分かっていたのに、私を止めなかったな?」
だからお前も悪い。一方的に未成年を責めるんじゃない。
父上は項垂れたまま、微かに頷いた。
ああ、勝敗は決まったな。

それから。
母上は今度はフィン兄様を見据えた。
一瞬目を泳がせた兄さまにひたりと視線を当て、母上は静かに言う。
「その様子だと、君も身に覚えがあるね、フィン。全く、異性に目覚めた思春期の魔導師ときたらとんでもないな。相手に気付かれなければ何をやっても良い訳ではないんだよ?一体その気の毒な犠牲者は誰なんだろうねぇ?」
「あ、いや僕は・・・」
「性的な興味を持って変化を試したことはない、と母親に誓えるか?」
「う・・・」
「ほら見ろ。下手な言い訳は聞かないよ。」
母上はすげなく言うと、最後に俺を見た。

「こうなると、この中で怒る権利のあるのはルーだけだ。でも、君も、もう少し情況判断をすべきだったね。後始末が大変だったよ。」
「・・・はい。」
俺も首肯する。その通りだ。返す言葉が無い。

母上は男三人を見渡し、打ちのめされている事を確認すると。
「よし、そこでだ。私の考えを伝える。」
今度は穏やかな口調で話し始めた。

「今回は、状況判断の甘さと管理不足により、未成年の暴走を許したことが問題だ。でも、幸いな事に、真の被害者であるディアナには知られてない。だから、まずは絶対にディアナにはバレないようにする事。」
「次に、帝都についたら速やかに殿下の変化を解く事。それまでは、もう二度とこんな事しないよう、使い魔をつけよう。アル、用意してくれ。」
「最後に。母として私情が混じるが・・・おしおきが必要だ。」
ここで少し母上は思案の表情を見せた。
「タネのうちに消してしまうなんて、ほんと、魔導師ってのはぶっ飛んでるな・・・君達の案は論外だが、単に記憶を消してお終いにするのも腹が立つんだよな。」
うーん、と言って悩んでる。
そうだよ、記憶を消せば、やった罪が許される訳じゃないんだ。あいつを打ちのめしてやりたい。
改めてそう思っていると。

「そこで、だ。君達男の意見が必要だ。」
母上がニヤリと笑った。
「三人で考えて、二度とディーや他の女の子達をイヤらしい目で見られない様なとびっきりの罰を、考えてくれ。」

え?

思わず男三人で顔を見合わせる。
母上はさっきの黒い笑みが嘘のように、にこにこ続けた。
「ほら、自分がされたら嫌な事って考えると、思いつくんじゃないかな?」

女性では思いつかない創造的な案を期待するよ。期限は明日の、、、ああ、もう今日か、、、夜明けまで。
「では、私は先に休ませてもらうから、よろしくな。」

最後はいつもの穏やかな口調と笑みで颯爽と母上は天幕から出て行き、、、。

俺たち男三人は、、、不世出の魔導師と若き天才魔導師と、辺境伯家の神童は、、、もう一度顔を見合わせた。
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