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帝都のひと夏

男子部屋にてⅣ(ルー視点)

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どのくらいの間、動けなかったのか?

気付くと身支度を整えた殿下が姿見の向こうから俺を見ていた。
いつから気付いてたのか?
俺が入った時からなのか?
分からない。
分からないが、俺と目が合うと、悪びれもせずディアナの顔でニヤリと笑った。
イヤだ、やめろ!
叫びたいのに衝撃で声が出ない。
そんな俺を揶揄うように。
あいつは。
涼しくて子供らしいディアナの声で。
「いやね、ルー兄さま。こんな姿、見ないで。」
可愛く言いやがった。


瞬間、カッとして。
「――――――ッ!!」
自分が叫んでると自覚した瞬間、体が動くのを感じた。
そこから先はあまり覚えていない。
聞いた話によると、叫びながらあいつにつかみかかろうとする俺を、何事かと飛び込んできた兵士が抑えようとし。

俺の叫び声だと気付いた母上達が駆け込んできて引き離そうとし。

それでも止まらない俺を、最後は父上が気絶させて拘束したらしい。



気付くと俺は手足を見えないひもで拘束された状態で、暗い自分の天幕の、寝台の上に転がって居た。

「う・・・」
起き上がろうとして動けないことにいら立ち声を上げると、離れたところでしていた話し声が途絶え、人が近寄ってきた。
「気分はどうだ?」
「・・・父上」
そこに居たのは、父上とフィン兄様。
「お二人だけですか?」
叫びすぎて枯れた声で問うと、兄様が空中から水の入ったコップを出しながら頷いた。
「僕と父上だけだ。夜も遅いから母上にも席を外してもらったよ。」
「・・・拘束して悪かった。いま解く。」
枕元に来た父上が人差し指を軽く動かすと体が自由になる。
「さ、座って水でも飲んで。」
兄様に言われてベッドに座り、コップを受け取った。
二人も近くに椅子を出して座る。
魔導師ってホントに便利だな。

そう思いながら、冷たい水を一息に飲む。枯れた喉にしみる美味しさだ。
フッと気が逸れて、、、だんだん冷静になってきた。

カッとしてあいつにつかみかかったのは下策だった。
あいつは今、あくまでディーだ。見張りの兵は何と思っただろう。最近煩い尾行者に、騒ぎは知れただろうか?
考えれば考えるほど失態に気が滅入る。
だが。
あれは許しては置けない。何とかしなければ。
そう考えると。
不世出の魔導師である父上と、天才の名を欲しいままにする兄様、ディーを溺愛する二人に相談できるのは、むしろ二人だけに相談できるのはラッキーかもしれない。

ただ。
俺はこっそり溜め息を付く。
この二人は、ほんとにそっくりなのに、ほんとに仲が悪い。この二人を相手に上手く話をまとめられるのは、母上だけなんだけど。
でも。
今回は母上は関わってほしくない。女性にあの情景を説明するなんて無理だ。
どうしたらいいんだ。あ、また溜め息が出てしまう。
すると。
「どうしたルー。溜め息ばっかりついて。お兄ちゃんが付いてるぞ。」
兄様が俺の顔を覗き込み。
「そうだ、私もいる。心配はいらない。」
父上が頭にそっと手を置いた。

ん?
何か変だ。
いつもなら、この辺でもう、どちらが役に立つかなどと言って争い始めるのに。
チラッと二人を見ると。
二人とも、やけに穏やかな顔でこちらを見ている。
おかしい。
静かで穏やかなのに、ものすごく緊張してくる。

「え、と・・・」
そうは言っても相談はしないと。
俺が恐る恐る話し始めようとすると。

「言わなくていい。」
「分かってるから大丈夫だよ。」
二人は異口同音に遮ってきた。そのまま二人で視線を交わすと、父上が頷き、兄様が俺の方を向く。
何だこの無言の意思疎通。この二人にそんなことが出来るのか?

驚いて一瞬呆けた俺に、兄様はにこりとして言った。

「あいつがしたことは、言わなくていいよ。僕も父上も、君の頭の中をちょっと覗かせてもらったから。」
君の見たものをそのまま見てるからね、大丈夫、伝わってるよ。
にこにこしている兄様が怖い。

あの情景を見て。ディアナを溺愛する二人が、何でこんなに落ち着いているのか?

「生半可な仕置きでは済まないという意見で、フィンと一致した。」
父上が淡々と続ける。
「一致した・・・」
この二人の意見が合ったのか?本当に?
驚いていると。
「や~、驚くよね、ルー君。僕もびっくりしてる。けど、人生で初めて父上とは完全に意見が一致してね。」
にこにこ。笑顔の兄様が怖い。

「あいつ、タネの段階で消しちまおうってことになったよ。」

は?

「つまりさ、ちょっと時間をさかのぼって、胎に宿る前に消してしまおうってこと。そうすればあいつは存在ごとこの世からいなくなる。もちろん人々の記憶に残ることもない。痕跡も残らない。僕らも知らないから、不快な思いもしない。」

は?

「僕が提案したんだけど、実行は難しいかなって思ったんだ。そしたら、なんと!父上はやり方がイメージできると言うんだ。」
流石父上。僕も今回は大人しく学習させてもらおうと思ってる。

兄様が上機嫌で言えば、父上までが、「着眼点が素晴らしいな、フィンは。」などと兄様をほめる。

まずい。

何というか、とにかくまずい。
止めなくては、でもどうやって?

「父上、兄様、何もそこまで・・・」
一転して俺がやむを得ずあいつの擁護に回ると。

二人は不思議そうに俺を見た。
「あれ、ルー君が一番怒ってたのに。なんでそんな言い方するのさ。だって、あいつは・・・」「そう、あいつは」
「私の、「僕の、ディーを、汚したんだから・・・」」

天幕内の気温が一気に下がる。
手に持ったコップの中で、飲み残しの水がキーンと凍って。

俺は理解した。

二人は落ち着いているんでも、歩み寄ったんでも無い。
でかい魔術で解決しようと思ってるから無駄に魔力を放出していないだけで。
気持ち的にはとっくにキレ過ぎて、一見普通に見えるだけなんだ。

夜更けの天幕、薄暗い中話していたので気付かなかったが、よく見ると二人の瞳はそれぞれ濃淡の違いはあるものの、綺麗な紫色に染まっていて。

「もう、駄目だ。」
俺が思わずうなだれた時。


「なんだなんだ、ずいぶん物騒な話をしてるじゃないか。」
言葉に似合わぬ穏やかな声と共に。

母上が入り口から顔をのぞかせた。



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