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皇宮での邂逅

エピソードⅣ オリヴィエ兄さまは葛藤中Ⅱ

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叔父の指導は本当にえげつなかった。


「まずはここを片付けてみろ。」
帝国学園の入学まで二年を残すのに初級の課題のほぼ全てを終えている僕は、当然ながら初級魔術も習得している。
自信満々で迎えた叔父との初めての魔術講義は、なんと魔術師団の倉庫の掃除だった。
挨拶に来た魔術師団長執務室で腕をつかまれ、転移したのには驚いたが、転移先の倉庫の汚さときたら、、、何に使うものか、使ったものか、若しくは使えなかったものか、、、怪しげなものが積み上げられ、埃をかぶっている。
「僕は使用人のようなことは致しません。」
怒りをこらえながら、にこやかに、でも断固として言う。僕を誰だと思っているんだ。
でも、叔父はチラリとこちらを見て、一言、
「しない、ではなく、出来ないの間違いだろう。」と言うと、「見ろ」と天井に近い明り取りの窓を指さした。
途端に窓の曇りが取れ、午後の日差しが入って来る。
「本当は部屋全体の時間を逆行させるのが早いんだが、、、それはお前には無理だろう。物理的な掃除の要領で、汚れを細かく分解し風で払ってもいい。それなら初級魔術の応用で出来るはずだ。使い魔を一羽置いておくから終わったら私を呼べ。」
「な・・・え?叔父、師匠!?」
言い終わると同時に、さっさと転移していなくなってしまう。
ぽつんと一人、汚い倉庫に取り残される僕。
「・・・ありえない。」
帰ろう。帰って父上に言いつけよう。いくら何でも初回からこの仕打ち。父上はすぐに叔父を辞めさせてくれるはず。
そう思って倉庫の出入り口まで行き、開けようとすると、、、。扉は開かなかった。
「なんだ、これ?まさか、閉じ込められたのか?」焦ってがたがたやっていると、窓枠に停まっていた小鳥が叔父の声で言った。
「ああ、結界が張ってあるから、終わって私を呼ばない限り、お前はそこから出られない。その程度の事で、まさか泣きつきはしないだろう?」
「っ!」
閉じ込められた衝撃と、使用人と同じことをさせられる屈辱に、息も出来ないほど怒りがこみ上げる。
でも、どうしようもなかった。
暗くなっても、お腹が空いても、本当に誰も僕を助けに来ない。
プライドを捨て、ようやく掃除が終わったのは、翌日の明け方だった。

「おい、お前。」埃にまみれ、お腹を空かせ、寝不足でフラフラの僕が、やっと使い魔に呼びかけた次の瞬間。
「・・・遅かったな。エレオノーレが起きてしまうではないか。」
何も無い空間に、叔父がフッと現れた。
明け方の薄明るい倉庫内を見回し、「まあまあだな。」と言うと、無表情のまま僕を一瞥する。
「汚いな、お前。」
言うなり、また腕をつかまれ、、、気付くと魔導師団長の執務室に戻っていた。
そのまま風呂に放り込まれ、食事をし、ソファで欠伸をかみ殺したところまでは覚えていたんだけど。
「あれ?ここは・・・?」
気づくと僕は自分の寝室のベットの中に居て、侍従に起こされていた。
そのまま取り敢えず着替えて朝食の席に行くと、父上が何だかにやにやしながら待ち構えていて。
「刺激的な講義だっただろう?オリヴィエ?」
ウインクされてしまった。

ああ、父上は了承済みなんだ、、、。
僕はこの講義から逃れられないことを悟り、席に倒れ込むと、がっくりとうなだれたんだ。

ある時は氷で防御壁を作ってみろと言われ雪山で雪崩を起こされ。
またある時は、大気を操って雨を降らせろと雲一つない砂漠に一人取り残され。
そう言えば、水中で呼吸をしてみろと言われ、いきなり海に落とされたこともあったっけ、、、。

叔父はいつも僕のレベルギリギリのところを付いてくるから、死なないために僕は必死で魔術指導を受け続けた。
合間に帝国一と謳われる教師陣から、通常の貴族の子弟としての教養講義も受ける。僕の場合は未来の宰相候補だから、その他に帝王学も学ばなければならない。
国の財政・軍事・治安・法律・行政など、、、。どの学問も、相変わらず優秀と褒めたたえられる。
「まあまあだな。」なんて言葉で済まされるのは、叔父の魔術だけだ。

悔しさを持て余した僕は、ある時良いことを思いついた。
叔父に帝王学で学んだ事を、分からないふりをして尋ねてみればいいのだ。
どうせ叔父は魔術しか知らないだろう。いつも大して評価しない甥にやり込められて、恥ずかしい思いをすればいいんだ。
そう思って、勇んで魔導師団長執務室に向かったのに、、、。

「食料政策?」
叔父は眺めていた書類から目を上げると、相変わらずの無表情で僕に視線を向けた。
父上で見慣れてるはずの黄金の瞳、、、でも、感情が載らないからか、いつも視線を向けられる一瞬は緊張する。
「ええ、次の行政学の課題で・・・」
準備させないために突然押し掛けた僕は、近年人口が増加しているため食料が不足気味であること、その対応策のレポートを提出しなければならない事を伝えた。
「本当は余裕があったんですけど、前回の師匠の課題で僕、暫く山の中だったでしょう?明日の講義に提出するために、師匠に何かヒントを頂けないかと思って・・・」
殊勝気に目を伏せ頼んでみる。まあ、あまり期待はしてないけどね。

「・・・」
叔父は答えず沈黙した。口数は少ないけど、会話は成立する人だから、やっぱり分からないんだろう?
僕は内心のにやにやを押さえ、神妙な顔で言葉を続けた。
「ああ済みません、師匠。僕と違って宰相候補では無かった三男の貴方は、行政についての知識はお持ちで無いですよね。無理に押し掛けて申し訳ありませんでした。」

あー、すっきりした。さ、帰ろう。
僕が一礼して去ろうとすると。

「待て。」
叔父がいきなり立ち上がった。
そのまま「ちょっと出てくる。」と隣の副官に告げると、僕の腕をグッとつかむ。

やばい、怒って何処かに連れてかれるのか?
蒼ざめた僕は、次の瞬間一面の荒野に立っていた。
冷たい風が吹き抜けていく此処は、、、どこだ?

「例えばだ。」
声がしたほうを見上げると、叔父が立っていた。荒野を見渡している。
「遥か昔、ここは寒冷地でも育つ麦の生産地だった。一度土壌は汚染されたが、大分時が経っているし今は問題ないだろう。こういう場所が帝国内にまだいくつかある。国境付近で危険だったり、治水工事が蔑ろにされているため放置されている土地もだ。土地を整備し、交通網を敷き、都市の貧困住民や地方の農村の次男三男を集める。国から補助金を与えて村を作り、生育可能な作物を育てれば、いずれ税収も上がり、食料自給率も上がるだろう。中産階級の増加は国の安定にもつながる。」
品種改良と土壌調査くらいなら魔導師団でやってもいい。道路は騎士団と魔導師団か。交通網、収穫作物の買上げ条件・初期補助金・免税期間なんかの設定は兄上のところだな。自警団は、騎士団か、、、。

なんだ、コウツウモウ?ショクリョウジキュウリツ?チュウサンカイキュウ?
農村周辺の開墾や輪作の徹底、新しい農具の開発、隣国からの食糧輸入くらいを考えていた僕は、叔父の淡々と紡ぐ言葉が、ほとんど理解できなかった。

ただ、叔父が、僕や僕を称賛する教師たちが見ていない世界をあの黄金の瞳に映している事だけは、分かったんだ。
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