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バーベンベルク城にて

ディーの出発の真の思惑(ルー視点)

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行く前に一言、声を掛けようと思っていたのに。
騎士たちに指示を終えて振り返ったら、もうディーと父上は居なかった。

いや、見かけはディーそっくりな奴が居るか、、、。
さっき第一陣としてここに来た時に見かけて、本当に驚いた。
俺は急いで歩み寄ると、やや茫然としている母上に声を掛けた。
「早く準備を終えないと、すぐに出発の時間ですよ。」

「あ、ああ。」母上はなぜか上の空のままだ。仕方ない。私は代わりに彼に伝える。
「早く馬車にお戻りを。お召し物の着替えはご自分で出来ますか?」
気持ち悪いけど、出来ないなら手伝わなくてはならない。
私が目をそらしつつ伝えると、奴はディーの顔でニッコリ笑った。
「ありがとう。ルー兄さま。一人で大丈夫。」

芸細な父上は声も変えていったらしい。この子どもらしくやや高い、鈴が鳴るような涼しい声がこいつから出ていると思うと、なんだか無性に腹が立つ。

「それは宜しゅうございました。では時間もありませんので、疾くお着替えください・・・殿下。」

ニッコリ。こちらも涼しい笑顔で答えてやると。
奴、、、北の国境の向こう、北の海に臨む隣国の王子マクシミリアン殿下は、ディーの顔で苦笑いした。


「母上・・・母上!」
「あ、ああ、なんだルー。」
しばらくして。バーベンベルク辺境伯一行は、何事もなく行軍を開始した。
もう領民へのお披露目は済んだので、
馬車が可能な限りの速さで駆ける。疾走と並み足の中間くらいだろう。ほぼ予定通りだ。
中のあいつはだいぶキツイかもしれないが、、、イヤ、少しの間とは言えディーが乗ったのだ。父上が振動を抑える魔術を施しているだろう。

俺は母上の隣に馬を寄せる。本来なら話をする速さでは無いが、誰にも聞かれずに話せる機会はそうそう無い。
次の昼休憩は午後の予定を確認しながら取るから、話をするなら今しかない。

「あいつをディーの身代わりに、とはいつから考えていたんですか?」
「あいつ?・・・ああ、マクシミリアン殿下のことか。」
母上は物思いから覚めた様な顔をして俺を見た。少し速度を落とすよう指示を出すと、話し出す。
「あれな、実は直前で・・・しかも押しかけられてしまったんだ。」
全くのやられ案件だよ。あーあ、と珍しくボヤいている。
意外だ。驚きはしたけどメリットが無いわけではないので、てっきりこれも母上の隠し思惑に入ってたんだと思ったのに。
「初めは選択肢にあったさ。でも、あんまり欲張るのもなと思って、外したんだ。本当にライが身代わりの予定だったんだがな・・・。」

隣国の王妃と母上は仲が良い。と言うより、我がオストマルク帝国の皇族だった王妃は、若い頃から母上の熱狂的なファンだったらしい。息子としては理解出来ないが。
今でも一方的に近い形で手紙のやり取りがあるし、式典などにも度々家族ぐるみで呼ばれるから、我々は隣国の王族と顔馴染みなのだ。
「手紙も溜まっていてな。たまには返事を書かなければと思って、今度の騎士任命式と皇帝家主催のお茶会には家族で参加すると書き送ったんだ。」
その時、うっかりディーも年頃で、ちらほら縁談が来始めた。末っ子の成長は嬉しいがさびしい、と書いてしまったのが運の尽き。
「昨日、隣国の通商団の謁見があり、何時ものこととして受けたら、なんと、顔馴染みの団長の隣に殿下が居たんだ。」
どうやら王妃はディーが母上似であることから、マクシミリアン殿下の相手として狙っていたらしい。今回の帝都行きで婚約者が決まっては!と焦って寄越したのだそうだ。
「殿下の持参した親書を見て驚いたよ。水面下で長く交渉していた相互不可侵条約と互恵的通商条約交渉の全権として殿下を極秘に派遣する、保護を頼むと言う真摯な王陛下のものと、婿はうちの息子を宜しくと言う、なんともふざけた王妃陛下のものと、二つを同時に出されたんだからね。」
溜め息が一つ。母上の気持ちは分かる。ただでさえバタバタの出立前にこんな面倒ごとをもちこまれても、、、。
俺も思わず溜め息を吐いた。
「それで、身代わりですか?」
「仕方ないだろう。極秘とは言え、まさかこの強行軍に騎馬で殿下を付き合わせるわけには行かない。かと言って知ってしまったのにこのまま通商団の護衛で帝都まで行かせるわけにも行かない。」
「殿下は強かだからな。ディアナ嬢と半月も馬車でご一緒させて頂けるなら、誰よりも早くお近づきになれますね、と良い笑顔で言われてしまっては。ディーの代わりにお守りしますのでお一人でと言うしかないだろう。」
アルに下手に話してゴネられるくらいなら、もう当日その場で強行突破してしまおうと、ライとアンナにだけ身代わりがなくなったことを話して、後から来る通商団と一緒に来てもらうことにしたそうだ。
「そうだったんですね・・・」
まあ、この件は納得だ。だが、母上は苦い表情のままだ。
「代償は大きかったがな。」
「?」何かあったのだろうか?
「アルが私に怒った・・・貸しだと。許さないと言われてしまった。」
「はあ。」
「初めて言われた。私が怒って突き放すことはあっても、その逆は無かったら・・・」
本当に衝撃だったのか、この話になったら目が虚ろになった。
「それはそれは。」
「ルーは慰めてくれないのか、冷たいな。」
いや、親の痴話喧嘩を慰めろと言われても、、、。
「母上は、私やディーにも隠し事をしてましたからね。自業自得です。」
ここはあえて冷たく突き放そう。
「ディーの特訓。あれは皇帝家主催のお茶会が、実質的なお見合いの席だからでしょう?」
母上が目を見開いた。うん、気を取り直したみたいで良かったじゃないか。
「半月自由にさせるのは、話が複数来てるから。あの子を皇宮に野放しにすれば、その内皇子宮近辺にも遊びに行って、取り巻きとも自然に知り合う。そこまでしなくても、見かけたり、話しを聞いたり、自然な形で情報が入る。宰相閣下伯父上と相談でもされましたか?」
「・・・ああ、その通りだ。義兄上の息子、君たちの従兄弟殿が自然に連れ出してくれることになっている・・・アルはだいぶゴネたがな。ディーに無理強いはしないという条件で飲ませた。」
「なるほど。散々父上の嫌がることをしたんですね。」
ニッコリ微笑めば、母上は明らかにギクリとした。
「子供たちのために演習だ、ディーのために別行動だと綺麗ごとを言って誤魔化していたツケです。せいぜい反省して下さい。」
言い捨てて馬首を返す。
「速度を上げてください。後方にも連絡してきます。」
と言うと。
「それも本当なんだがな。」
言いながらまた一つ溜め息をついて、母上は速度上げの指示を出した。
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