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バーベンベルク城にて

母さまと父さまではなくてエレオノーレとアルフレートの時を少し(後)

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「そうか。君も思うんだ。」
母さまはふうッと吐息をつくと、バルコニーの端っこ・・・部屋が突き当りだから、手すりの向こうはもう城の裏手の森だ・・・を見つめた。空はだんだん暗くなっていて、森の方はもう夜のとばりが下りている。

そして、私に向き直った母さまは。
「少しだけ、昔の話をしようか。」と恥ずかしそうにつぶやいた。

体の弱い母親から生まれて、もう次は望めないと言われていたから、小さいときから跡取りとして厳しく育てられたこと。
小さい頃は母と違って丈夫なことだけで喜ばれたのに、領主教育や武芸を頑張り、才能を発揮すればするほど、今度は男ではないことを嘆く声があったこと。
二代続いた女一人の家系であり、周りに愚痴を言えるような兄弟姉妹・いとこもいなかったこと。

「辛くてね、よく逃げ出しては捕まえられて怒られて。まあ、それでも割と責任感の強い方でね、何とかこなしていたんだけど。」
母さまは苦笑いして、でも、スッと真顔になった。
「ディーくらいの時だったかな。別の苦労が始まったんだ。」

十歳になる年から、年に一度は帝都に行かされ、社交と言う名のお見合いをさせられたこと。
知り合う少年は伯爵以上の次男三男で、どの子もおしゃれな貴族然とした子で、表面は慇懃に接して来ても、裏では田舎者だの怪力だの頭でっかちだの、散々言われたこと。

「君も知っての通り、実際私は有能でね。領地の治め方から用兵、実際の武術まで、学んで出来ない事はなかったんだ。」
「でも、一方で女らしいことには本当に疎くてね。」
ダンスもマナーも一通りは出来るけれど、女の子らしい仕草だとか、おしゃれな髪型だとか、流行りのドレスだとか、男の子のグッとくる仕草だとか。
「全く分からなかったよ。幸い女の子には結構受け入れられてね。子ども同士のお茶会にもよく招かれたけど、キャーキャー騒がれるだけで。彼女たちは本当に帝国語を話してるのか、と思ったこともある。」

今から考えると、男の子みたいな人気だったんだろうね。それがまた、男の子には気に入らなかったらしくて、散々な言われようをされたよ。
母さまは言いながらアハハと笑うけど。
そんなことがあったのね、、、。

「それから、まあ、色々あって、アルと知り合ってね。初めてあった頃のアルはひょろっとして猫背気味の静かな男の子だった・・・懐かしいな。今でも、初めて会った時のあの子の顔をはっきりと思い出せる。」
「・・・アルと仲良くなることで、またいろいろ言われたよ。あの子の表面的な価値・・・外見、血筋、黄金の瞳、そして他に例を見ない魔力なんかにつられたんだろう、とかね。」

「母さまが言われる方だったの?」びっくりすると。母さまは可笑しそうに笑った。
「コンラート公爵家の三男と言えば、公爵とその継嗣の溺愛を受ける、有能で美しくて気難しい秘蔵っ子って有名だったよ。それに比べればバーベンベルクなんて田舎の辺境伯令嬢は格下もいいところさ。」
そうだったんだ、、、。

「そのうち、アルの能力の大きさに不安を持つ者や、あのはっきりした態度に不満を持つ者が現れて。今度は・・・まあ、言いたくはないけれど、化け物使い、とか、物好き同士なんて言われたりしたんだ。」
母さま、少し怒ってる?辺りはいつの間にか薄闇が漂っていて、その表情ははっきりと見えない。

「親切そうに、あいつはやめた方が良い、なんて言われたこともあった。ある程度大きくなると、お互いに利害関係が見えてくる。私の跡取りとしての価値を理解したり、他の縁談が上手くいかなかったり。まあ、私も女性として成熟もしてきたし。」皮肉げな言い方。母さまらしくない。
「そうすると、今度はアルの悪口を言い出すんだ。あいつは病んでる、あれは妄執だ、あんなもの本当の愛情じゃない、君はあれを受け入れるなんておかしいってね、アルの私に対する態度は、昔からずっと変わらないから貴族界じゃ結構有名だったからね。」
父さま、散々な言われようね。自業自得ってことなんだろうけど。

「でもね。ディー。私は思ったんだ。」
母さまは断固とした口調で言った。

「アルの愛情は確かに周りが見えてなくて、一方的なことも多くて、とにかく重くて。病んでいるって言ったら、そうかもしれない。」
「でも、それを言うなら私だって病んでいるところは一杯ある。反発・恨み・悲しさ・憤り・・・。ドロドロしたものは私の中にもたくさんあるんだ。でも、出さなくて済んでいる。それは、アルがいるからで。揺るぎないアルの愛情があるから、私はより良い私で居られるんだ。そして私も、アルにとってそういう存在でありたいと思ってる。」

だからね。母さまは私の肩をギュッと抱いた。
「私はアルの求婚をただ受け入れたんじゃない。アルが私を好きなように、私もアルを好きになったんだ。困ることはたくさんあるけれど、ここの感情が揺らぐことは、私もないんだよ。そう、たとえアルが正気を失って、魔王になってしまってもね。」
ビクッとする。まさに私の心配していることだから。
「君が何を心配してるのか、分かるよ、ディー。突出した能力は敬遠されがちだ。万人に受けることは無い。君が半身を得るのは大変だろう。」
でもね。
「こんなに素敵な君なんだから、きっと君自身を好きでたまらない、って言う男の子が現れる。そして、君もその子を好きになる。その子の心を鍵にして、何があってもこの世界に戻って来られるようになる。そしてその子は、君を守る権利を手に入れるためなら、こんなに怖い父親とでも戦うのさ。」

そう言うと、母さまは突然私を抱く手を離し、バルコニーの端につかつか歩みよると、空をグッと掴んだ。
「そろそろ出て来ないと、君の出番が無くなっちゃうぞ、アル。君の思ってることをきちんと伝えるって、さっき私と約束しただろう?」

その言葉とともに。
母さまのすぐそばに魔導師の姿が現れた。もうすっかり辺りは暗くなっているから、黒づくめの衣装では、そこにいる、としか分からないけれど。

「エレオノーレ。」
あ。ほんとに父さまの声だ、、、。震えてる。

「愛する君のこんなうれしい言葉を聞いて、動揺のあまり城を壊してしまいそうな私に、この上なにかうまい言葉が出てくるとは思えない。」
動揺しても、お城は壊さないで、父さま。

「じゃあ、ディーは私のように、このシーズンから帝都に行かせて早く見合いをさせようかな。私が君と出会ったのは十歳の時だった。ディーと同じ年だよ。君を受け継ぐ魔力を持つディーを守れる男の子を早く探さなくてはね?」
母さま。いじわるだ。父さまがグッとこぶしを握った。

「そんなことさせる訳無いだろう。ただでさえイヤなうわさが耳に入って来てるのに・・・。」
ブツブツ言う父さま。最後の方は良く聞こえなかったけど、、、。あ、何だか分からないけどやる気になったみたい。
「・・・ディー。父さまの話を、聞いてくれるか?怖いことは、絶対にしないから。傷つけたりしないから。お願いだ。」
うん。私も、怖いって言ったこと謝りたいし、あの時の事もお礼を言いたいし。
「分かりました。父さま。部屋の中でも、いいかな。」
もうすっかり夜だし、暗くて少し寒いから、中に入ろう。そう思って言ったら。

「顔を見ながら話すのか・・・分かった。」
父さまが、観念したようにうなずいた。
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