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思惑

手白香の思惑Ⅱ

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固まる手白香を押さえたまま、磐井が山門に目配せをした。心得たように頷いて、彼女は扉へ向かう。
「皇女様はお帰りの時間が遅く、まだお休み中です。身支度が整うには今少しお時間が必要かと。その旨大連様にお伝えいただけますか?」
「……承知しました。主より、お休みの時は無理をしないよう言付かっております。昼餉の後にまた伺いましょう。」
「ご配慮有難うございます。」
廊下を去る足音が聞こえてホッとする。取り敢えず時間稼ぎは出来たようだ。
「皇女様、ご無礼の段、平にご容赦を。」
気付くと目の前に磐井が平伏していた。
「仕方ないわ。今は金村に会う前に時間が欲しいもの。」
私も一度頭が思考が停止したおかげて冷静になった。
「磐井、有難う。頭を上げて、席に戻って。」
そう言いながら、自身も居住まいをただす。
「先ほどは取り乱したけれど、落ち着きました。ヲホドの勢力範囲・姻戚関係・年齢と後継候補が複数いることは分かりました。それで、なぜこんなに早く越を出立、若しくは近江で兵の準備が出来たかは、分かったのですか?」
訊ねると、下座に戻っていた磐井は、それですが、、、と眉をひそめた。
「越への道は昨年末から雪に埋まっていると確認が取れました。仮に先の大王が崩御されたと同時に使者が立っても、越にたどり着けはしても、兵の移動は無理だと。ヲホドが近江にて兵の準備をしていたのは確実でしょう。」
「つまり、宮に、若しくは宮に近いところに、情報を渡す者がいたと言う事もね。」
大王は寝付くまで隠していたから、不調が公にされたのは昨年の晩秋。政を行う者だけでなく、宮にいる采女や下人達もそれと知っただろうから、誰かと調べるのは難しい。
手白香がそう言うと、磐井はですが、と反論した。
「兵は直ぐに用意できるものではありません。おそらく長年にわたる連絡役で、今も宮にいる筈です。しかも、大王のご様子をそれとなく知ったり、宮の上の方に目通りが叶う程度の地位で。」
「今もいるの?」
「はい。こちらの出方を探るため、味方を増やすために。」
「それなら候補は絞れるかしら。近江からの采女って残ってるの?山門?」
手白香の問いに、采女の山門は、いいえ、と答えた。
「あちらの方は、年の変わらぬうちに帰りました。」
「そう・・・早かったのね。」
大王が崩御したのは昨年12月の初め。随分用意の良いことだ。
「そうすると、采女はちがうのね。では、杖刀人か、屯倉の連絡役か・・・」
手白香が顎に手をやってうーんと唸ると、磐井が、実は、、、と口を開いた。
「……一人、近江と関わりのある杖刀人がおります。以前より大伴大連に仕え、昨日は皇女様の元へ参りました。」
毛野けなのこと?磐井は仲が良かったじゃない?あ、でも、確かに、、、」
寡黙な杖刀人、毛野は、手白香の宮に詰めていたこともあるので多少話した記憶がある。彼は正式には、確かに近江毛野と呼ばれていた。
「今朝から家人を付けております。もし毛野がヲホドの手の者ならば、大伴大連様は、かなり以前よりヲホドと関係があった可能性もあります。」
磐井の表情は険しい。手白香も表情が引き締まるのを感じた。
「確かに金村はヲホドを押しているわ。合議の進め方も、それとなくヲホドを大王候補として認めるよう上手く持って行ったし、その後の話も・・・。」
「裏切り者・・・!」
手白香が昨晩の事を思い出して忌々し気に言えば、磐井も何事か吐き捨てる様に呟いた。
「何?聞こえなかったわ。」
「いいえ。何事でもございません。それより・・・」
磐井は一層居住まいを正した。
礼儀正しく伏し目がちだった視線を上げ、ひた、と手白香に当てる。
「ここまでで、昨晩の合議の裏が取れました。今後、大伴大連様の下、政に携わる方々が、皇女様にヲホドの妻問いを受けるよう求めるでしょう。」
確かに、そう動くだろう。早ければ、昼餉の後の金村との話し合いの時に、正式に言われる可能性もある。ヲホドの兵力を大和へ入れないために、また、政権側こちらの受け入れ条件として。
手白香が頷くと、磐井は言葉を重ねた。
「皇女様のご存念を伺いたい。先ほどは確かに嫌と仰いましたが、やや感情的であったとお見受けします。よくお考えの上、お答えください。今後どうなされたいと、お考えですか?」
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