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ヲホド王来襲

回顧Ⅴ許されたのは(杖刀人磐井)

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「うう、姉様・・・」
「どうしたの?若雀・・・泣いてるの?」
開けた扉から入る明るい陽射しで中の様子を見て取った手白香皇女は、慌てて簾内までやって来た。
抱えていた包みを脇に下ろすと、しゃくりあげる若雀命おとうとの背をさする。
「どうしたと言うの?泣かないで。せっかく良くなってきたのに、そんなに泣いたら、また喉を痛めてしまうわ。」
優しく世話を焼く姿は確かに年よりしっかりして見えるが、とは言えやはり、子供にしか見えない。
この方に欲情すると思われるなんて、、、子供の考えとは言え主にも困ったものだ。
磐井が内心溜め息を吐いていると、若雀命が姉にしゃくりあげながら訴えた。
「姉様、磐井との内緒事とは何なのです。姉様が教えてくれないので、磐井を問い詰めたのですが・・・」
「そんなことしては駄目よ。磐井が困るじゃない。」
皇女はチラ、と磐井を見てから若雀命おとうとの言葉を慌てて遮った。それを見て、若雀命の眦が吊り上がる。
「僕のお願いより磐井を取るんですね・・・やっぱり姉様は磐井ともう・・・」
そのままぽろぽろと涙をこぼす。
磐井はもう一度溜め息を吐くと、手白香皇女に向き直った。
「皇女様、もうお話ししてもよろしいのでは?幸いにも人払いされておりますし。」
あっけに取られていた手白香皇女は、磐井の声で我に返ったようだった。ちら、と持って来た包みを見て、そうね、と頷く。
「泣かないで、若雀。」
若雀命おとうとの涙で汚れた青白い頬を領巾で拭いながら、手白香皇女は優しく言った。
「姉様はね、磐井に手伝ってもらって、貴方のお薬を飲みやすくする工夫をしていたの。」
「え?」
予想もしていなかった答えなのだろう。驚いて目を見開いた若雀命おとうとに、手白香皇女は包みを開いてみせた。蓋つきの木の器が入っている。
「今までの薬湯より全然飲み易いと思うの。試してみて。」

若雀命の疑った、磐井と手白香皇女の逢引きの真相は以下のとおりである。
磐井は以前、関係のあった女が風邪をひいた時に蜜(蜂蜜)を与えたことがあった。
薬湯に入れてもいいし、喉が痛いときは湯に薄く溶いて飲んでもいい。
ただ、蜜は、この国ではまだ貴重な甘味料で、磐井が持っているのも、筑紫の家が伽耶との貿易で手に入れたからだ。
当時その女にはたいそう感謝されたが、磐井にとっては、女と別れるとともにすっかり忘れていた出来事だった。
その女が、今、手白香皇女の宮の采女に仕えているらしい。
皇女が自分の宮で、若雀命おとうとが薬湯を苦いと嫌がると溜め息を吐いたところ、たまたまその場に居た采女が、女から聞いた話として、磐井が蜜を持っていると教えたのだった。
「それで、こっそり、今も持ってるか、持ってるなら少し分けてくれないか聞いてみたのよ。」
「主、皇女様の仰る通りです。お話を伺い、蜜をお渡ししました。ただ、薬湯によっては蜜より甘葛あまづら※の方がよい場合もあるので、甘葛を作らせてお渡しも致しました。」
皇女と代わる代わる説明すると、主は磐井と手白香皇女の顔を見た後、手渡された木の器を見つめた。
恐る恐ると言ったように蓋を取り、薬を口に含む。
「本当だ、甘くて美味しい!」
一口飲んで歓声を上げると、主はそのまま残りを一気に飲み干した。それから、でも、、、と言葉を紡ぐ。
「それなら何で内緒なんて言ったの?姉様。」
「だって、お医者様のお薬に勝手に足しているのが見つかるとよくないでしょう?それに、初めは薬湯と蜜や甘葛の分量がよく分からなくて、かえって変な味になったりしてたから、若雀に期待させてがっかりされたくなかったのよ。」
皇女が空の器を満足げに見やりながら言うと、主は嬉しそうに、本当に嬉しそうに手白香皇女に抱き付いた。
「姉様!疑って怒ってごめんなさい!大好き!」
「相変わらず若雀は甘えん坊ね。さあ、薬湯も飲んだし少し寝なさいな。」
「うん」
年相応の幼い声でそう言いながら、主は抱き付いた皇女の肩越しに磐井を見て、、、優越感に浸った顔でにんまりと笑った。

その後、皇女が帰った後、自分も警備に戻ろうとすると、主に呼び止められた。
「さっきはごめんね。随分な誤解をしてしまったよ。」
先ほどの激しさが嘘のような穏やかな声。
「お前が姉様の事を、何とも思ってない事が分かった。姉様も、僕の為に頼ったんだしね。今でも姉様の一番は僕なんだと分かってホッとしたよ。」
年に似合わぬ思慮深い声。
「だからね、これからも、姉様と会う事、話す事は許してあげる。それまで禁じてしまったら、姉様に怒られてしまうし、却って興味を持たれても困るしね。でも。」
権力者の声。
「それ以上は絶対にダメだ。特に触れることは許さない。今だけじゃない、これからずーっと。いいね、姉様に触れていいのは僕だけだ。これはお前の今の主で、未来の大王となる僕の命令だよ。」

驚いて主を見る。床に就いて青白い顔だけ覗かせている小さい子供の、磐井を見る目は、嫉妬と執着にまみれていたのを、今でも鮮明に覚えている。
そして、その執着は、若雀命が大王になり、つい先ごろ崩御する直前まで続いたのだった。
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