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第一章 【森林の妖精達】

18話 休息日

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「ルシアン、教育の調子はどうだ?」
「かなり順調だと思いますよ……順調すぎると言ってもいいですね。」
「三人とも本当に賢いわぁ。元はどこか良家のお嬢さんだったと言われても申し分ないほどよ!」

 六日間の奴隷教育が終わり、休息日となっているその日、ミーリス男爵家の面々は朝食をとりながら三人の生徒について話をしていた。

「ふむ。マリーダは随分と三人を気に入っているようだな。」
「ええ!三人とも可愛らしいもの!最近はアーシェちゃんがすごく綺麗になってるわ!ルシアンのおかげかしら?」

 マリーダは定期的に生徒の三人とお茶会をしているらしく、ルシアンを見て含んだ笑いをしていた。

「僕は何もしてないですけど……確かに垢抜けた感じはしますね。」

 ベルは元より肉付きの良さと所作から大人の女性らしさを感じさせていたが、アーシェとウルスラは大きく印象が変わったといえる。
 無表情を取り繕っていたウルスラは素を出したことで、よく甘えてくるようになり、どちらかといえば幼くなった印象があった。
 アーシェは農民の素朴な少女という印象は完全になくなり、太陽のような快活さは保ったまま、大人の女性に近づいたと言ってよかった。それどころか妖艶ようえんさすら感じる時がある。
 その変化が何によって引き起こされたのか、ルシアンは心当たりがありすぎて、何も言うことができなかった。

「ルシアンもここのところ忙しく動き回っていたようだが、さらに若々しくなったのではないか?」
「ほんとですわ!ただでさえ可愛らしい顔が、これ以上可愛くなってしまうと、女の子になってしまうわよ……いい歳のくせに。」
「…………母上、それは言い過ぎです。」

 マリーダのあまりにも失礼な物言いにルシアンは苦笑していたが、すぐに脳内がミーリス領を愛する狂人のものに切り替わった。

 (これはアーシェと考察を擦り合わせてからになるけど……僕の推測が当たっていれば、ミーリス領もアーシェもすごいことになるぞ!)

 ルシアンはこれがアーシェの見つけた新種の根菜の効能ではないかと考えていた。
 ここ六日間のルシアンの働きはかなりイカれていた。朝から夕方までは生徒の教育をして、夜は森林地帯の整備や、木剣や木槍などの訓練用武器の製作によって忙殺されていた。それにもかかわらず、肌の調子や髪のつやなどは失われずにむしろ良好だったのだ。

「……また仕事のことを考えているのか?仕方のない息子だな!」
「……ミーリスのことを考えるのが、楽しくて仕方ないんですよ。許してください父上。」

 止まることを知らないルシアンに、エドワードはもはや諦めているのか呆れたように笑っていた。

「そういえば、ナイラがまた新しい研究結果を発表したようだ……これがまたとんでもないものだ。」
「ッ!?またナイラが!?どんなものですか?」
「……高度文明時代の解明がさらに進んだと。今回は適性検査に使われる水晶についてだ。」
「……再来週、王都に行ってナイラに会ってきます。」

 エドワードから聞かされた内容にルシアンは居ても立ってもいられない状態だった。
 ナイラはルシアンやバルドルと同じく、エドワードの元で教育を受けた同志である。
 彼女の適性は『考古学者』というもので、古の時代の謎を解明することに長けている。そして彼女が王都ナクファムで研究している時代は、一万年前の高度文明時代であり、その研究結果は多くの人々の暮らしを豊かにしてきた。
 現在のセグナクト王国の生活様式は、彼女の研究によってもたらされたと言っても過言ではない。
 王都ナクファムの最大の特徴である蒸気機関車をはじめに、上下水道、トイレ、キッチン、ベッドにソファといった日常生活の利便性を大幅にあげるものや、生徒達の制服にも採用されているスカートやドレス、男性の正装であるスーツ、下着などの衣類も彼女の研究結果を元に発明されたものだ。
 彼女の見識や考察はルシアンにとって最も価値のあるものなのだ。
 そして次は適性検査の水晶ときたら、話を聞きに行きたくなるのは当然の話だ。

「はぁ……そう言うだろうと思ったが、その期間の生徒達の教育はいいのか?」
「そのことなんですが……彼女達が優秀すぎて、そう遠くないうちに僕の力は要らなくなりそうなんですよね。」
「「……えっ!?」」

 エドワードとマリーダはルシアンの言葉が信じられないようだった。
 それもそのはずである。ルシアンの知識量や思考能力は、『賢人』と呼べる域にまで達している。そのルシアンの補助がいらなくなるほどまでに、奴隷の少女達が成長したなどと、信じれるはずがないのだ。彼女達がラクシャクに住み、ルシアンと関わってまだ十日である。たったの十日だ。

「……親の贔屓目ひいきめを抜きにしても、ルシアンは賢い。そのルシアンの力が要らなくなるとは、それほどまでに、彼女達は聡明そうめいなのか?それとも……」
「……これは他言無用でお願いします。僕は思考能力まで、彼女達に与えてしまっているようなんです。」
「まさかっ!?それが『教育者』によるものだと言うのか!?」
「……これに関しては、確かめるのが難しい話ですが、特にアーシェは色濃く受け継いでますね。」

 エドワードは額に手を当てて、マリーダは口に手を当てて、なんとかルシアンの言葉を噛み砕こうとしているようだった。
 ルシアンもこの異常性……いや、危険性を正しく理解していた。ルシアンの思考能力や思想、知識や考え方は、二十五年間の経験やたゆまぬ努力の上で到達した領域なのだ。
 それを他者へ分け与えれるとしたら——例えば、大量の子供達に分け与えて『賢人の軍団』と呼べるものを生み出したとするなら。それは人類にとって【過ぎたる力】と言える。
 そして人間というのは組織や人物が極端に力を持ちすぎると、その全能感に溺れ、滅びの道を辿るのだ。これは数多の歴史が証明している。
 現代より遥かに優秀な人間が暮らしていたとされる一万年前の高度文明時代ですら、力に溺れた愚か者によって滅びたとされているのだ。
 ゆえにルシアンは【力持つ者】として、その力を慎重に制御しなければならない。アーシェ、ベル、ウルスラが世界にとっての悪へと染まらないように制御しなければならない。

「ナイラに続いてお前もか、ルシアン……だがな、お前は私の息子だ。力の使い方を誤った時は、私がボコボコにしてやるから安心しろ!」
「お転婆だったナイラちゃんも、今では立派に人のため、民のため、世界のために頑張ってるわぁ!ルシアンは愛の深い子だもの。大丈夫よ!」
「……父上、母上愛してます。」

 思ったよりも泣きそうな声が出てしまったルシアンに、エドワードとマリーダは吹き出すように笑った。

「お前はかわいいな……いい歳のくせに。」
「ルシアンは甘え上手だわぁ……いい歳のくせに。」
「…………年齢はただの数字ですよ。」

(あっぶな……愛情でぐちゃぐちゃにされるかと思った。危険性は自覚してたけど、そんなに心配してなかったのに……泣かされるとこだった……あっぶなぁ。)

 ルシアンは自身の力の危険性を深く認識しているからこそ、心配をしていなかった。
 エドワードとマリーダの意志を継いでいるルシアンは『幸福製造機』になりたいのだ。そして、その意志を継いだ生徒達は『幸福の女神』にでもなるだろうと気楽に考えていた。

「ちなみに聞いておくが……ルシアンの生徒達は、どれほど成長しているのだ?」
菜草士なぐさしのアーシェはすでに、調合ができます。体術士のベルはすでに、僕の次にすぐれた槍術士です。飼育士のウルスラはすでに、桃羊ももひつじの飼育に成功しています。自慢の生徒です。」
「自慢の生徒です……ではないわッ!イカれ狂い散らかした成長速度ではないかッ!すでに。すでに。すでに。と!簡単に言い過ぎだッ!」
「あらあら、これが愛の力かしらぁ。」

 マリーダはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていたが、エドワードの興奮はしばらく続いていた。

(しかもあなたの息子は、その優秀な生徒にめちゃくちゃ狙われてて、ぐちゃぐちゃにされそうです。とかさすがに言えないよねぇ……。)

 ルシアンはエドワードを宥めながら、三人の生徒に好き勝手される自身の姿を想像してブルっていた。
 

 
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