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第一章 【森林の妖精達】
8話 新事業
しおりを挟む奴隷面談を終えてアーシェ、ベル、ウルスラの身請け金を支払ったルシアンは、三人を受け入れる態勢を整えるべく、ラクシャクへと帰還していた。
「ルシアン少し働きすぎではないか?」
「え?なんでですか?」
王都でのお土産を受け取ったエドワードは少し引いていた。
ルシアンからすれば、ただひたすらに知識を蓄えて、殺されぬようにと敵を殺し、様々な国へと飛び回っていた、騎士としての十年間に比べれば、ミーリス領での日々は幸福と言えるのだ。
ラクシャクにはエドワードとマリーダがいて、のどかな故郷がある。そしてその故郷のために力を振るえる。そこに三人のかわいい生徒たちまで追加されるのだ。彼女たちがどのような人間となっていくのかを、一番近くで支えて見届けることができる。
それはあまりにも幸福である。
「ル、ルシアンが大丈夫だと言うのであればいいんだ。」
「はい。それで父上、三人の生徒を身請けしたので、今後の展望を伝えておこうとおもいます。」
ルシアンは引き尽くしているエドワードに、生徒たちの概要を説明していく。
「菜草士に体術士に飼育士か……薬師となる菜草士は嬉しいが、体術士と飼育士は仕事がそこまであるとは思えないな。」
エドワードは遠慮なく三人の評価を述べた。ルシアンもエドワードの評価は正しいと感じた。しかしルシアンにはある奇策があった。
「魔物と触れ合う事で癒されることを目的とした、新事業を始めます。」
「ッ!?なんだとッ!?」
エドワードは心底驚いた表情を見せた。
今までエドワードにやり込められてばかりだったルシアンは、その表情を見てだらしなく破顔した。
「父上はこう思ったことがないですか?うわーあの魔物ちょーかわいい!もふもふだし顔もアホっぽいし愛玩動物にしたいー!と。」
「…………ないな。」
エドワードは所詮、四十の男である。あまりにも冷たいエドワードの否定は、オヤジのソレだった。
若い女性の真似を身振り手振りでしていた二十五歳のルシアンは、一つ咳払いをしてキリッとしてから、一枚の企画者を机の上に置いた。
「……ま、まぁそれは副産物的なもので、要はラクシャク東部の森林地帯を、有効活用したいんですよ。魔物の素材や肉は、非常に高価な物もありますし、ついでに薬草や野菜も取れるわけですから。」
三人の生徒に名付けるなら『森林の妖精達』だ。
菜草士のアーシェは薬師の勉強をしつつ、森林地帯での採取で、新種や珍しい菜草を探せれば、ミーリスの特産品とすることもできる。そもそも採取ができる薬師という時点で破格の存在だ。
そうなると森の安全確保は、体術士のベルとルシアンで行えば良い。凶暴な魔物は殺して素材を有効活用する。肉は料理に。毛皮は絨毯や服飾に。特殊素材は薬や道具へと変えられる。
そして飼育士のウルスラには、愛らしい魔物たちの飼育や繁殖などを学んでもらう。魔物牧場と言ったところである。ウルスラに関してはアーシェが探してきた、菜草の栽培も勉強してもらう可能性まである。
「……まるで初めから練っていたような企画書だな。」
「騎士時代からミーリス領は、かなり可能性に溢れた土地だとは思っていましたが、構想自体は三人の適性を見て、昨日考えました。」
それもそのはずである。ルシアンが適性を見て選んだのではなく、バルドルが厳選した三人なのだから。それに今回の三人の生徒は、適性抜きで見ても輝くものがある。それは心理的抵抗や逆境に強いといった心の部分である。
理不尽な状況にも枯れずにいたアーシェ、騎士を諦めきれず鍛え続けたベル、甘えからの脱出に踏み切ったウルスラ。素晴らしい三人である。
「初めての試みであるこの企画書に、私は正当な評価を下すことはできないが、ルシアンならやれると信じているよ。そして何度も言うが好きにやりなさい。」
「父上……ありがとうございます。」
ルシアンは感動しつつも、人を見る目があって男前で懐の深い男は、その代償に不能になるのだと知った。
「……お前のことだ。次は教育施設の仕上がりを見に行きたいのだろう?」
「……いやいや、さすがに僕もそんなに生き急いでませんが、せっかく父上にそう伝えられたので行かさせていただきます。」
謎の強がりを見せたルシアンは、エドワードから教育施設の鍵をもらって屋敷を飛び出した。
◇
領都ラクシャクは、中央広場から十字に本道が表通りとして伸びており、四つの区画に分けられた、円形に広がる都市である。
それぞれ行政区、商業区、工業区、居住区と分けられており、ルシアンの教育施設は、南西の居住区に建設していた。
(うわぁ……最高だ……)
石煉瓦と樫の木を中心素材として建てられた教育施設は、落ち着いた雰囲気を持ちながらも、高級感を感じさせる風貌だった。
施設内は、三つの個人部屋と大部屋があり、キッチンやトイレに浴室も完備されている。
ラクシャク市民の水準からすると、少し低いほどの環境ではあるが、個人部屋があるというのは、三人の生徒にとってはありがたいことだろう。
そして建物の外には、広めの敷地があり、三人掛けのベンチだけがポツンと置かれている。
いずれは花壇に植物を植えても良いし、ベルの訓練場としての活用も考えている。小型の魔物であれば飼うことも、十分できる敷地である。
金貨百枚を注ぎ込んだ教育施設に満足したルシアンは、服飾店へと依頼していたものを受け取って、屋敷へと帰宅した。
ルシアンは三人の生徒がミーリス領から、離れられなくなるといいという下心がありつつも、最高の経験になってほしいと思う気持ちもまた本心だった。
あとは快く三人を出迎えるだけである。
(これ……僕もう父親になっとる……)
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