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第一章 森林の妖精達
5話 アーシェの面談
しおりを挟むセグナクト王国の王都、ナクファムにあるバルドルの奴隷商店は、店主の性格を表しているように清潔感のあるきっちりとした風貌だった。
その応接室にはルシアンとバルドル、奴隷の細身の青髪少女が腰掛けていた。
「初めまして。ミーリス男爵家のルシアンです。本音で話してほしいから、言葉遣いは乱れても大丈夫だからね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
今日面談する三人の奴隷にはあらかじめバルドルが厳選をした上で、話を通しているとのことだったが、やはり緊張はしているようだった。
「よろしくね。早速自己紹介をお願いしていい?」
「はい! アーシェと言います! 歳は十六歳で、適性は菜草士です!」
青髪の少女——アーシェは快活に答えていく。
菜草士というのは、野菜や野草などの識別に重宝するとされている。
識別といっても、名前や使い道がわかるわけではなく、可食部の選定や毒の有無などがわかるといったものだ。
一般的には農家や薬師などの適性よりも劣るとされており、農民にはありふれている適性と言える。
しかし、ルシアンにはそのようなことは些細なことだった。
(ラクシャクは薬師の後継が少ないんだ。菜草士の若い少女なんて何がなんでも欲しい)
穏やかな笑みを浮かべたルシアンは、あらかじめバルドルから渡されていたアーシェについての資料に目を通し、偽りがないかの確認を行なった。
「……ありがとう。アーシェは適性も素晴らしいけど、その快活さは周りを明るくしてくれるね」
「え……えと……嬉しいです」
予想外の角度からの言葉だったのか、アーシェは少しモジモジしたように俯いた。
ルシアンのこの言葉は、お世辞からくるものではなかった。間違いなくアーシェの内面の美しさを感じ取っていた。
資料によればリルベス子爵領の小さな村の貧しい家庭で生まれた彼女は、十四歳の時に身売りされたと記してある。
そのような扱いを受けてきては卑屈になっても、恨みに囚われてもおかしくはないだろう。しかし彼女は、いまもこうして太陽のように明るく輝いているのだ。素晴らしい精神力と気質と言える。
「アーシェは、自分がどうなりたいという理想はある?どんなに大きなものでも小さなものでも教えてほしい」
「……幸せになりたいです! えーっと幸せっていうのは当たり前に生活ができて、お嫁さんになって、子供達と暮らしていくこと……です!」
それは少女らしい純朴な理想と言えた。今のアーシェの幸せの上限はそこなのだ。幸せの形とは当然ながら人によって程度が違う。富豪に聞けば、もっと大それた理想が聞けるだろうし、貴族からはさらに大それた理想が聞けるだろう。
奴隷であるアーシェの幸せは、強欲な者からすれば、まだまだ不幸だと言う可能性すらあるのだ。
「……ではアーシェ。君はその幸せのために頑張る覚悟がある?」
「はい! なんでもします!」
叫ぶように即答するアーシェの姿にバルドルは頭を抱えていた。
「なんでもはしなくていいよ……できることからコツコツとやってほしい。アーシェにはね。薬師になってもらいたいんだ。どう? 薬師」
「えぇっ!? 私が薬師に……ですか? なれるんですか?」
アーシェは奴隷となってからの二年間は農家の手伝いをしていたと資料にあるが、そのような雑用をこの少女にさせるのはもったいない。
「そのために勉強を頑張るんだよ……そしてアーシェのその頑張りに、僕が応えてあげるから」
「頑張ればルシアン様が応えてくれて……それで……薬師になる……」
じっくり噛み砕いて、自身に浸透させていくかのように呟くアーシェ。
薬師の適性などなくても薬師にはなれる。
適性とはあくまで適性であり、薬師の適性を持っているからといって、すぐに素晴らしい薬師になるわけではない。
薬師としての心構え、知識を活かす知恵、そして目標への向上心からくる愚直さといった本人の資質の部分の方が、むしろ大事と言える。
剣術士の適性を持った貴族が、訓練や座学を怠った結果、騎士にすら成れなかったというのはよく聞く話だ。
現にこの場には、数多の適性持ちを押しのけて騎士となった、ルシアンという生き証人がいるのである。
要は組み合わせ次第では、どこまでも追求することできるとルシアンは考えている。
アーシェの菜草士としての適性と向上心。ルシアンの持つ教育者の適性と知識と知恵。それらが合わされば薬師など通過点とすら言える。
「私なります……薬師になれるよう頑張ります! そしてその姿をルシアン様に見ていてほしいです!」
「もちろんだよアーシェ。君の幸せを二人で叶えてみせよう。ミーリスには君が必要なんだ」
「っぇ? 私の幸せを……ルシアン様と二人で……そ、それは……私が必要って……それってもう……そういうこと……」
アーシェは命こそ奪われてはいないが、戦争によって自由を奪われたのは事実だ。
そのような環境で農家の雑用をさせられても、太陽のような輝きを失っていない彼女は大きくなる。
たった金貨三枚の少女を、金如きでは代わりのきかない人間へと育て上げてみせる。
穏やかな笑みを浮かべたルシアンの胸の中では、静かに灼熱の炎が燃え上がっていた。
「ミーリスに来てくれるね? アーシェ」
「ひゃ……はい!」
少しぼんやりとしていたアーシェに、最後の一押しをしたところでアーシェの面談は良い形で終わった。
「アーシェお疲れ様! これからよろしくね」
「は、はい! よろしくお願いします! ルシアン様!」
アーシェは弾けた笑顔を見せた後、嬉しそうに応接室をでていった。
(アーシェの笑顔癒されるわ。天然の薬師だ)
アーシェの後ろ姿を見送った後、早速バカ教師っぷりを発揮していたルシアンに、バルドルから声がかかった。
「おい、ルシアン……相変わらずの人誑しっぷりだな」
「えっ!? いきなりひどいことを言うな……完璧だったでしょ?」
呆れたように失礼なことを言う悪人ヅラに、ルシアンは抗議をした。
「契約内容はな。でもなあんなやりとり一年も続けてみろ。いつかアーシェに食われちまうぞ」
「あんないい子が、そんなことするとは思わないけど……僕は強くて賢い女が好きだ。アーシェはまだまだ弱者だよ。それに彼女が強者になった時は、僕なんて相手にならないよ」
バルドルの言っていることは理解できた。
世間知らずの彼女からすれば、ルシアンは救世主にでも見えたかもしれない。
それが彼女の未来を歪めてしまうことを心配しているのだ。バルドルは悪人ヅラのくせに、とんでもなくかっこよくて、人情に熱い男なのだ。
「そうか……自分が育てた女にぐちゃぐちゃにされても知らねぇからな」
「仮にもアーシェは、バルドルの娘や妹みたいなもんでしょ? それなのに怖いこといわないでよ!」
そんな事を話しながら二人は次の面談までの時間を潰した。
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