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オレは同居人と先へ進みたい

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 ここまでの旅程は概ね計画通りだった。寧ろ、計画よりもスムーズに進んだと言っても過言ではない。しかし、二人は休日の高速道路の混み具合を舐めていた。目的地に近づくにつれて車が詰まっていき、最終的には渋滞に巻き込まれた。

「これは予想外だったな」
「俺達、普段は地下鉄しか使わないしな」

 焦っても仕様が無いのは分かるが、ここで足止めを食らうとアウトレットモールに到着する時間が遅くなる。つまり、ホテルに着く時間もその分遅くなり、健と気兼ねなく触れあう時間も少なくなる。急く気持ちを抑えながら、賢太郎は安全運転を心がける。視線の端にちらりと盗み見た健は携帯をいじっていた。

「何見てんの」
「アウトレットモールの地図。結構広そう」
「へえ……」

 賢太郎は随分気の抜けた反応をしてしまったが、健は気にしていないようだった。全部回るのは骨が折れそうだと考えていると、太腿に健の手が触れた。健からちょっかいをかけられるとは思わず、賢太郎は飛び上がりそうになった。

「賢太郎、疲れてる?」
「それは大丈夫」
「そうか? 元気なさそうだったからさ。考え事?」
「……予定が全部後ろ倒しになるなって思っただけ」

 賢太郎は連なる車の群れを見ながら答えた。ホテルで健とイチャイチャする時間が無くなるのが嫌だ、と正直に答えても微妙な空気になるのは分かっていた。健は観光したがっていたし、アウトレットモールに回る時間を短縮するか完全に無視するという選択肢は存在しない。そもそも、そんなことをするならわざわざ車で出向いていない。賢太郎はそれ以降黙っていた。
 健は控えめな笑い声をさせたあと、太腿に置いた手を賢太郎の頭に乗せて撫でつける。さっきから賢太郎の心臓は驚き通しだった。

「なんとなく、考えてることは分かる。もし、早く俺に触りたいって思ってくれてるなら、すごく嬉しい」

 健の声は、とても優しくて穏やかだった。その言葉を聞けて良かった。そうだよ、と賢太郎は言いたかった。けれど、だったらどうして、とも言いたかった。

「……ずっと我慢してたからな」

 それだけ絞り出して、賢太郎は健の手に心を委ねた。健の顔は見れない。
 渋滞の列は少しずつ動き出して、目的地に着いたのは予定より一時間も後だった。

 アウトレットモールにほど近いところに無事駐車すると、健が飲み物を差し出してきた。礼を言って一口飲む。緊張が解けて、息をゆっくり吐き出した。

「賢太郎、運転してくれてありがとう。疲れただろ」
「大したことないよ、三十分だし。高速道路を走るのは流石に久しぶりだけど、新鮮だった。お前も隣に居るし」

 賢太郎は健の手を握る。乾燥して温かな手のひらが、次第に湿気を帯びていった。隙間なく手のひらを密着させていると、健も手を握り返してくれる。

「最近こうやって、触ってない気がする」

 健は、賢太郎の口からぽろりと零れた言葉にどう返して良いのか分からないようで、困ったような、申し訳ないような顔をしていた。こんな恨みがましい言い方をしても、健を困らせるだけだ。本当に伝えたかったのはそんなことではない。賢太郎は真っ直ぐな言葉を探す。

「健に触りたい。抱きしめたい。……キスしたい」

 言葉にすると、ますます欲求が高まっていく。外には車もたくさん停まっているし、人も歩いている。今、出来るわけがない。分かっている。握る手が汗で濡れていった。

「確かに嬉しいとは言ったけどさ。今すぐは無理だよ」

 健はその発言とは裏腹に、固く手を握り締めてきた。表情も少し明るくなっている。相変わらず困ったような顔をしているが、口の端には微笑みが浮かんでいた。

「頭撫でるぐらいなら良いけど、他はホテルまで我慢してくれよ」

 健がそう言って頭を差し出してきたので、賢太郎は握っていた手を離して頭を撫でる。癖毛で柔らかい髪の毛が手に纏わり付いてきて、心が安らいだ。健の表情も柔らかい。
 撫でる手が耳に触れたとき、健の肩がピクリと動いた。健の顔は平静そのものだったが、心なしか表情が固い気がする。……もしかして、耳が弱いのだろうか。
 好奇心と悪戯心に従って、繰り返し健の耳に触れた。しっかり形を確かめた後、凹凸をなぞるように優しく全体を撫でていく。健は顔を俯かせて、あからさまに肩を跳ねさせた。その度に、賢太郎を制止する声が薄く漏れる。その姿に、いかがわしいことを妄想してしまいそうだった。
 そんな健の様を目の保養にしていた賢太郎は、遂に逆襲に遭うことになる。健は賢太郎の手を両手で掴むと、賢太郎の手の親指と人差し指の付け根の交点を思いっきり押した。確か、なにかのツボだった気がする。それを認識する間もないまま、賢太郎は独特の痛みに襲われた。

「そこまで強く押すことないだろ!」
「仕返しだよ。やめろって言ったのに」

 健はそっぽを向いたままだ。そんな態度も可愛かったけれど、このままでは触ることすら禁止されそうだったので、賢太郎は許しを求める。健は賢太郎の方に向き直ると、次はないからな、と念を押した。
 そんなやりとりの中で、賢太郎の中で大きな錘となっていた心配事が一つ消えていくのを感じる。健が、自分と別れて友人に戻ろうとしているという懸念だ。本当に健がそうしようとしているなら、今みたいなやり取りは出来なかったはずだ。渋滞に巻き込まれた時の優しい声も忘れられない。本当のところは分からないけれど。
 何にせよ、腹を割って話すのは今ではない。二人は車を出て、アウトレットモールへと向かった。
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