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同居人は料理が美味いけど、俺は料理を食べるのが上手い

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 意識が浮上するのを感じた。辺りが明るく暖かい。湿り気のある空気が流れ込んできている。
 細川が帰ってきて、先程まで風呂に入っていたのだろう。微かに聞こえていたドライヤーの音が止む。

 細川の足音が聞こえて、盛山は思わず寝返りを打った。
 まさか彼が朝帰ってくるとは思わなかった。身なりを整える暇もない。何食わぬ顔で起き上がって世間話をし、装いを整えてから告白するような図太さなど持ち合わせていなかった。

 ベッドの端が沈む。細川が着々と盛山との距離を詰めてくる。
 寝癖のついた髪に、細川の骨ばった大きな手が触れた。細川の手つきは柔らかく、起こさないように配慮してくれているのが分かった。盛山は既に目覚めているけれど。

 細川は、どんな表情をして頭に触れているのだろうか。もしかして、今日だけじゃなくて、今までもこうしてくれていたのだろうか。
 盛山はもう一度寝返りを打ち、目を開けて細川の顔を覗き込んだ。しまったとでも言いたげに驚く顔が視界に広がる。

「……おはよう、盛山。起こしたか? それとも起きてたのか?」
「起きてた。おかえり。なあ、そのまま続けてくれよ」

 細川の感触を手放したくない盛山は、頭を撫でられたまま、カレーの隠し味について尋ねることにした。

 細川によると、カレーの中に入っていたのはインスタントコーヒーだったらしい。少し苦かったわけだ、と納得した。

「変わった匂いがしたけどさ、美味しかったよ。あれも好きだな」
「そりゃ良かった。綺麗に食べてくれたみたいだしな」

 盛山には細川の笑みがいつもより優しく見えた。惚れた弱味かもしれない。好きだな、という気持ちが波紋のように広がる。

「そういえば細川さ、メッセージの返信くれなかっただろ」
「悪い、携帯見てなかった。どんな内容?」
「隠し味のことだよ」
「そんなの帰ってきてから聞けば良かっただろ」
「……寂しかったから。俺、お前のこと好きだよ」

 頭を撫でる手が止まる。細川は少し悲しそうな顔をしていたので、快い返事はもらえないだろうと盛山は諦めていた。いつも料理を褒める時と同じような顔をしていてほしかったのに。
 でも、昨日決めたはずだ。どんな答えが返ってきたとしても、しっかり受け止めるって。胸の痛みに歪みそうな表情筋を必死に押しとどめて、細川の言葉を待った。

「お前から言わせてごめんな」

 やっとのことで細川が絞り出した謝罪が、断りではなく承諾の意味だと気付くのに時間がかかった。盛山の胸には喜びではなく、疑問と少しの怒りが広がっていく。

「何それ。どういうことだよ」
「集中講義の話を前日の夜ギリギリにしたのも、カレーにいつもと違う物入れたのもさ、全部わざとだったって話だ。少しでもオレのこと考えてほしかった」

 連休に他の奴との予定を詰め込んでほしくなかったし、と細川はぽつりと零す。携帯を見る時間がなかったのは本当らしかった。

「どんな料理でも美味しそうに食べてるお前が好きだから、そのおかげで料理も悪くねえなって思えたから、今の環境を壊したくなかった。せめて、盛山の気持ちを確認したいってずっと思ってたんだ。意気地なしで幻滅したか?」
「似たようなこと考えてたから幻滅なんてしてない。でもまだ納得いかないよ」
「どうしたら許してくれる?」
「埋め合わせをしてくれ」

 盛山は起き上がって、細川に向けて両腕を広げる。はにかみ顔で盛山を抱きしめた細川の、好きだ、という声が耳に吹き込まれる。

 細川の体は細いけれど、大きくて温かくて、安心できる香りがした。
 これがシャンプーの香りなのか、細川自身の香りなのか、今は判断できない。それも含めて、これから細川の全てを知っていきたいと盛山は思った。
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