都合の良い言葉

篠崎汐音

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 数日後、晴也と都合がついたので、名古屋駅付近の和風パスタのお店で一緒に昼ご飯を食べることにした。私は明太鮭パスタ、晴也は半熟卵と柚子胡椒のパスタを選ぶ。和風出汁で茹でられたパスタは優しい味がして、体に染みわたるようだった。

「先輩、突然連絡してくるから驚きましたよ。わざわざお食事に誘ってくれたってことは、仕事の話じゃないんですよね?」

 晴也は大学の頃から変わらない、人懐こい笑顔で話を切り出した。
 色素の薄くて細い茶髪と白い肌、鈍色に光るピアスのせいで軽薄に見えるが、性格は真面目で商品の説明も上手い。人当たりも良くて気さくな性格で、そんな彼に憎しみに満ち溢れた計画を話すのは気が引けた。

「実はそうでもないの。花のことで相談があるんだ。でも、気分の良くない話だから」
「何かあったんですか?」
「探してほしい花があるの。相手を傷つけるような、不吉な花を」

 晴也は目を見開いて固まった。それも一瞬のことで、彼はすぐさま真っ直ぐな目で私を見つめた。

「念のために聞きますけど、用途は?」
「贈答用。憎い相手に贈るの」
「……まさか、先輩の口からそんな言葉を聞くことになるとは」

 晴也は深い溜息を吐いた。憎しみに塗れる私の姿を見て、失望したのかもしれない。
 彼は大学の時から私を慕ってくれていた。「もっと早く先輩に会えていれば、人生がもっと良い方に変わってたのかもなあ」と事あるごとに言ってくれるものだから、ついつい構い倒してしまったものだ。そんな可愛い後輩に私の汚い内面を見せてしまうのは、本当なら避けたかった。
 彼に復讐の片棒を担がせることに対して、葛藤がなかったわけではない。それでも、花のことなら晴也に頼んだ方が確実だ。私と江島君が過ごした八年間が無に還らないよう、あの憎い新郎新婦に刻み付けてやりたかった。
 私は事の顛末を簡単に伝えた。大学時代の友人に彼氏を奪われたこと。二人が結婚すること。よりにもよって私の元に結婚式の招待状が届いたこと。二人に裏切られたことが許せなくて、大きな憎しみを抱いていること。二人に贈る花は、『憎しみ』の意味を持つ花にしたいと思っていること。
 晴也は頷きながら親身になって聞いてくれた。私が話し終えてからも、腕を組みながら真剣な顔で熟考している。彼は職業上、花を使って人を傷つけようとする行為を咎めてくるかもしれないし、茉莉花のように計画の実行を止めてきてもおかしくない。それも仕方ないと諦めかけた時、晴也は神妙な面持ちで口を開いた。

「そういう花は探せば幾らでもありますよ。有名どころだと黒薔薇とかは、憎しみって意味を確かに持ってる。でも先輩。その花を贈ることが、本当に復讐になるのかな? 先輩は、憎しみの花を贈ることで、お二人にどんな変化を期待してるんですか?」
「私の憎しみを思い知ること。自分たちの行いを恥じて、後悔すること」
「望み薄だと思います。どんな行動を取ったとしても」
「どうしてそう思うの?」
「貴女が花を贈ろうとしている相手が、友人から男を掠め取る残酷な女と、誠実さの欠片もない軽薄な男だからです。少なくとも、貴女みたいな善人ではないんだよ。改心する見込みがありません」

 晴也の冷えた鋭い言葉が胸を刺した。自分の考えが甘かったのだと思い知らされる。
 思考が停止してしまった私を気遣いながら、晴也は言葉を続けた。
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