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3章 怪しすぎる言い伝えと疑惑のD級冒険者
42話 私、何も見ていない気がします!
しおりを挟む「師匠!」
レオンハルトがセオドアを仰ぎ見る。体を伝う生暖かい液体はセオドアの血だ。レオンハルトを庇い、できたものだ。
「くそっ、ようやく姿を表したと思ったら!」
ナスウードが悪態をつき、小屋の前に立てかけてあった槍を構えた。
セオドアに爪を立てた魔物は、不気味な声を上げ、セオドアを見る。
「マンティコア! おい、セオドア! 大丈夫か⁉」
獅子の身体にコウモリの羽根、悪魔のような角を持ったこの魔物は、マンティコアと呼ばれる魔物だ。
レベルはかなり高く、ひとりでの討伐は難しいだろう。
「血は出ているが問題ない。なんとかしてくれ」
セオドアの眉間の皺が深くなる。問題ないとは言っているが、無理をしている。
「師匠っ」
体がふるえる。死んだ母とセオドアの姿が重なった。
「やめて、やめてよ。僕から師匠をとらないでよ……」
抑揚の無い声をもらし、魔物を見上げる。
「いなくなって、どこか行ってよ」
マンティコアが動きを止める。それまで、嘲るように周りを見ていたのに、その体は小刻みに震えていた。
馬鹿にするような表情は無くなり、一歩後ろに下がる。
グスカン達は、わけが分からず呆然とするばかりだった。
「動かないんだったら、僕がころす」
セオドアの傷を神聖魔法で癒やしながら、マンティコアの瞳をレオンハルトが見つめる。
「“二十番目の勇者”が、断罪する」
レオンハルトが剣を抜いた。
「……キャイン」
次の瞬間、目にも止まらぬ速さでマンティコアが姿を消した。──逃げたのだ。
「今のは、どういう事だ……」
目の前の出来事が信じられない。
人に仇なす魔物が、絶対に殺そうとする魔物が逃げた。
レオンハルトを見つめる。
「あれ、僕……」
ふらり、とレオンハルトが崩れ落ちた。
「おい! レオンハルト⁉」
「どうしたか⁉」
「ひとまず入れ」
ナスウードの導きにより、一行はとりあえず中に入った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「つまり……レオンハルトは勇者なのか?」
ナスウードが信じられないと言うように言った。
「間違いねぇ。調べてもらえばわかると思うが、教会は勇者の名前と特徴を公開している。
弱いがな、才能も十分ある」
「それでお前たちは、冒険者なのか」
「そうだぜ。教会とはなんの因果もねぇ。成り行きでこうなっちまってるが」
「……こちらの事情はいいだろう。それより、この村と英雄について教えてくれ」
セオドアが口を挟む。これ以上詮索されてはたまらない。
先程のレオンハルトの行動についても説明できないし、リリアンヌの話など面倒くさいことこの上ない。
「そうだな。このメジー村にはある言い伝えがある。『災厄の年、それを救う金色の不死身の英雄が現れるべし』
村人達は信じている」
「それだけ⁉」
グスカンが素っ頓狂な声を上げた。内容が抽象的すぎる。
「ああ、余所者の自分が口を挟む事ではないと思っていたが、まさか本当に現れるとは」
「あいつが村を都合よく救う英雄な訳あるか。ただの勇者だ」
レオンハルトが不死身に見えるのは、“守護者の愛”により体が丈夫に作られているせいだ。死ぬときは死ぬ。
「そうか……一応忠告しておく。この村の人間は黒エルフの余所者を受け入れる程関大で優しいが、英雄にはうるさい
下手なことは言わない方がいい」
ナスウードの忠告通り、レオンハルトを見つけた瞬間祭りを始めたりと、英雄に思い入れが深すぎるきらいは見られる。
「肝にめいじておこう。
差し支えなければ、あなたがここに来た理由を聞いてもいいか?」
黒エルフという種族は、排他的で規律的だ。
まず自分たちの集落から出る事はなく、鉄の掟に従い生活いている。
『メシの食い方まで定められる』と揶揄される事もあるが、その通りだ。
他の種族には理解のできない決まりのもと、厳かに生きているのだ。
彼らは誇りを大切にしナスウードの名前、スペッホルドのように、名前に称号のある者は一族の中でも位が高い。
彼も、その槍で一族を守る誇り高き戦士だったのだろう。
だからこそ、このような人間の村にいることにセオドアは疑問を持ったのだり。
「構わない……。長くなるが良いか? 我が一族は、戦士としての誇りは忘れなかったが黒エルフの中でも規模の小さい集落だった。
皆で助け合い、生活していた……。
妻も子もいた。スペッホルドの名に恥じぬ働きもしてきたつもりだ。
しかし、ある日壊滅に追いやられた。
人間同士の争いに巻き込まれてな……。
そう、あれは我らの山に豊かな魔石の鉱脈を見つけたとかだった。
山を取り合い、それを止める我らが邪魔だったあいつらは……男を殺し女子供を奴隷に持っていった。
皆、勇猛な戦士だったのだが多勢に無勢で敵わなかったのだ。
そして我は、生きてしまった…………。最後まで、血の一滴が無くなるまで戦うつもりだったのに……。
気がついたら、死臭の漂う村でたった一人目を覚した。
皆について行こうかとも思ったが、自殺は禁じられている。
歯を食いしばって生きるしか無かった。
──彷徨っていた時に、偶々この村にたどり着いたのだ。
悪い人間もいればいい人間もいる。
我は、この村に身を寄せることにした」
ナスウードの話が終わった。
「ぐっ、ずぴっ! つらかったなぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして例の如くグスカンが涙を流す。彼はこの手の話に弱いのだ。
「……もう昔のことだ。我も立ち直った」
ナスウードも戸惑っている。
「辛い話をさせて済まなかった。あなたがここにいる理由、理解した」
「いや、いい。今は村の用心棒として受け入れてもらい幸せだ。
いつか生き残った女子供を取り戻し体が我には無理だ」
「……そうか」
ふと、ンギャギャがセオドアの、服の裾を引っ張った。
「どうした?」
ンギャギャがレオンハルトを指差し、身振り手振りで何かを表そうとする。
「そうか……これから俺達はどうなるのだろう」
「そうだな……英雄が現れたからには今年は災厄の年なのだろう。
村人は何か準備を始めるだろうな。
お前たちは変な事でもしなければ目をつけられないはずだ。
……まぁ、明日になればわかる。もう遅い。布団を貸そう」
「ありがとなぁぁぁぁ」
「済まない。手伝おう」
そういうことで、眠ることになったが、セオドアは妙な悪寒を抑えることができなかった。
この村で何かに巻き込まれるかもしれない。
(面倒な……)
その思考を最後に、セオドアの意識は沈んでいった。
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