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2章    海の街からの波瀾万丈

21話 心配してくれているところ悪いがあっさり終わったぞ

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(師匠が来ない……)

 レオンハルトは迷宮へ繋がる洞窟をじっと見つめた。
 半刻近く経つが、セオドアとリリアンヌとケアレが帰ってこない。
 セオドアが理由無く戻らない、これはレオンハルトにとって非常事態以外の何物でもなかった。
 彼の母親は、急にいなくなりそして何日も戻ってこず、最後に目にしたときには死にかけていた。またそんな目に遭いたくない。
 他の人々にとってもそうだ。さっきまで一緒にいた人間が理由もわからずいなくなるというのは不安になる。それに、友達であるリリアンヌの事が心配だろう。レオンハルトがセオドアを心配するように。

(やっぱりケアレさんが邪魔をしたのかな?)

 レオンハルトの勘はよく当たる。特に、人を見る目に関しては一度も外した事が無い。しかし、あの状況で自分がいくら主張しても意見が通らない事は流石のレオンハルトも分かっていた。
 だからセオドアに伝えたのだ。何か嫌な感じがする、と。

(そのせいで師匠が大変な事になっていたらどうしよう⁉)

 師匠に限ってそんな事はないと思うが、意識に拳を握ってしまう。

(師匠、どうか無事でいてください)

 太陽の方に跪き、頭を垂れる。創神教そうしんきょうの祈りのポースの一つだ。
 美しい金髪が風に揺れる。
 
 待ち人はまだ来ない。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ったくよう、何があったんだ?」

 グスカンはざわめく子供たちを纏めながら呟いた。迷宮の方から異常な魔力と威圧感を感じる。
 これは魔力に敏感な魔法使いであるグスカンだからこそ気づけたものだ。
 昔、強力なドラゴンが潜むという森に入ったとき感じたような何かだ。肌がぴりぴりする。

「セオドア、変な事に巻き込まれてなければいいがなぁ……」

 十中八九巻き込まれている気がする。それと、先程からレオンハルトの祈りがハンパない。
 背中に大きな虫が留まっても気づかないのだ。

「おいレオン、そんなに心配しなくてもいいんじゃねーか? あのセオドアがくたばるもんかよ」

 レオンハルトの背中の虫を払いながら声をかける。

「そう、でしょうか……」

 いつもより元気が無い。青い瞳は恐怖に見開かれている。何がそんなに彼を恐れさせているのだろうか?

「そ~だよ! 心配したってどうせ
 『すまんな、野暮用で少々遅れてしまった。全員無事だから勘弁してくれ』とか言いながらふつーに戻ってくんだよ、あいつは。
 お前の師匠だろ? 信じとけよ」

 わざとセオドアのモノマネをしながらレオンハルトを元気づける。効果はあったようだ。

「そうですよね! 弟子の僕が信じなくちゃいけませんね! 師匠は大丈夫です!」

 立上り頷くレオンハルト。どうやら立ち直ったようだ。

「そうそう、子供たち見るの手伝ってくれや」

「はい! わかりました!……それと、真似が全然似てませんてましたよ? もっと師匠はカッコいいです」

 真顔で否定された。哀しい。

「今それ言っちゃう!? 唐突の否定びっくりしたわ! 
 できるし! セオドアのモノマネとか余裕だし! 練習したし! 宴会の一発芸でもやったもんね!
 んんっと『スライムはうまい』」

「ちょっと似てるかもしれません!」

「よっしゃ! こんなのもあるぜ!
 『礼を言うぞグスカン・べべス。随分世話になった……ふむ、まだ名乗っていなかったな、俺はセオドア・ゲージという。よろしく頼むぞ』」

 すっと手を伸ばしながら真顔で言う。
 この頃に比べるとセオドアの言葉遣いも態度も普通になったものだと感慨深くなる。

「なに? それ」

「初めてあった頃のセオドアだぜ!」

「なんとなく、わかる気がする」

 それまでグスカンを見つめていたアヒムが頷く。何かが彼の心に触れたのだろう。

「ほかに、ない?」

「そうだなぁ、気に入ってんのは
 『くっ、くははっ……失礼、余りにも冗談がお上手なようで思わず笑ってしまいました。
 え? 冗談では無い? お戯れを、どうやら先輩方は愚かな道化者の真似が上手いようですね』だな。
 ちなみにこの時の顔は笑っているってよりかはゲス顔って感じだったな」

 出るわ出るわ、セオドアの黒歴史。

「どんなときにそれを言ったのよ⁉」

 テレサが大袈裟に驚いた。確かにこれは想像がつかないだろう。

「あ~、先輩冒険者に嫌な奴がいてな? そいつを言葉の暴力で煽ってボコボコにした時だな」

「年上にも果敢に立ち向かい勝利する師匠っ! 凄いですっ!」

 レオンハルトがなんか言ってるが気にしてはいけない。

「えー! そんなことしたのか! いっつもめんどくさそうなのに!」

「たのしかったんだよ」

「ほかにもやって!」




 子供たちの顔から不安そうな表情が去っていった。良い傾向だ。

「お気使いありがとう御座います」

 グスカンの意図に気付いたサーシャが頭を下げた。

「いいってことよ! つーか、こちらこそウチのセオドアがすまねぇな」

「いえ……っ!」

 と、それまで体に押しつくように感じていた魔力が無くなった。サーシャがハッとして迷宮を見る。
 
「今のは……」

「急に魔力が……サーシャさん、気付いたのか?」

「サーシャ、どうした? 何か視えたのか? うおっ! セオドア殿!」

 二人の態度から異変を感じ取ったバエズが子供たちを制しながら向かってきた。と思ったら目の前にセオドアが転移をしてきた。

 片手にリリアンヌを抱き上げ、片手に身ぐるみ剥がされた上に土魔法で体を拘束されながら気絶しているケアレを持ちながら。
 ケアレが若干寒そうなのは気のせいだろうか……。

「すまない、野暮用で少々遅れてしまった。リリは無事だから勘弁してくれ」

「師匠っ! 良かった……。心配しました」

 レオンハルトが駆け寄る。その顔は安堵で緩んでいた。

「すまんな」

「ほら! セオドアなら必ずこう言うと思った! 『すまない、野暮用で少々遅れてしまった……』

 取り敢えずその状況について教えてくれない?」

 グスカンがケアレを指差す。

「単刀直入に言うとケアレがリリを誘拐しようとしていたから捕えた。
 リリはケアレを怖がってしがみついてきた
 リリ、もう大丈夫か?」

「はい!」

「わかりやすい説明ありがとう! 気絶している理由については後で教えてね!
 ……どうする? コイツ、兵士の所まで連れてく?」

「そうだな。直ぐに連れて行く。
 セオドア殿、リリアンヌを守ってくれて感謝する」

「守るのは当たり前だ。
 それより、危険な目に合わせてしまった事を謝罪する」

 似たような言葉遣いの二人の感謝と謝罪がひとしきり行き交った。

「リリ! 大丈夫⁉」

 子供たちがリリアンヌに群がる。そっと降ろしてやると、リリアンヌはそこに入っていった。

「テレサ、心配をしてくれてありがとう。だいじょうぶですよ。セオドア様がまもってくれました」

「ほんとうに、だいじょうぶなんだな⁉」

「なにがあったの?」

「ケアレ、なんで気絶、してるの?」

 リリアンヌは次々と砲弾のように浴びせられる心配と質問に答えていったが、とうとう捌ききれなくなったようだ。

「ほらほら、リリが困っているでしょう?」

 みかねたサーシャが止に入るが、子供たちの好奇心は留まるところを知らない。

「あ~、じゃあ俺が一気に説明しよう」

 セオドアが提案してみると、周りが一斉にセオドアを見た。

「お願いします」

「俺も話す義務があるしな。

 まずは、そのケアレは前々からリリの誘拐を考えたらしい。
 それで強化剤や薫物を用意して挑んだらしいが、コイツは本当にアホな事をした。
 魔召喚小箱を使ったんだ……」

「アホのバカだな。俺でも魔力の五分の一近く持ってかれんのによ。一般人が使いこなせる訳ねぇよ」

 それまでワクワクして聞いていたグスカンが呆れた顔をする。
 これは常識だというのに知らないなんておかしいという顔だ。

「そうだ。それで魔力が一気に失くなって気絶した。完全な自爆だったよ。それまでペラペラと自分の作戦を自慢気に話していたがな。
 魔力供給が失くなって魔物が消えてしまったと言うのが事の顛末だ。
 それから、少し疲れたから休んで戻った」

 少し嘘をつく。レッサーデビルを斃したという事実を知られてはいけない。面倒な事になる。

「ラッキーだったな」

「全くだ」

「たたかわなかったのかー」

「ケガなくてよかったなー」

 戦闘が無かったせいで、子供の興味は大分薄れたようだ。

「師匠、師匠、本当に良かったです! これからは出かける前に事前連絡をくださいねっ!」

 レオンハルトにとって大切な人が急にいなくなるのはトラウマである。

「あの状況でそれができる訳無いだろう。だが、善処しよう」

「はい!」

 そろそろ行くぞーと、バエズの声がする。これからケアレをしょっ引いて子供たちを送らねばならない。リリアンヌに関しては家まで送った方がいいだろうか?



 列の後ろに付きながら肩を回す。

「あ~」



 何はともあれ



「面倒な事にならなくて良かった」
 


 みな無事で良かった。








 
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