カレーで始まりカレーで…

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箱庭の中の街

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 パソコンに表示された箱庭の中に山と川と平地が有り、人が住んでいる。そこに鉄道他交通網を敷き、街を発展させるゲームが有る。俺のはまっている数少ないパソコンゲームの一つだ。
 
「あんたにそんな鉄オタ趣味有るなんて知らなかった」
 午前中に届いたファッション雑誌を読みながら、こちらを向く事も無く彼女が言う。
 引越しの荷物もようやく片付き、久しぶりにパソコンの中の新しい田舎風の画面に向かう俺。今朝からずっとやってるのだが、これやりだしたら止まらなくなるので、今日は一度も彼女の相手してやってないのも事実。
 雑誌を読み終えた白のトレーナー姿の彼女。今度は鼻歌交じりにまだ家具とかの少ない部屋の片隅に置いてある、昨日届いたらしい数通の郵便物の元に行くと、
「あ…」
 と声を上げる。
「何これ?何これ?」
 一通を取り上げるとゲームしている俺の目の前にそれをひらひらさせ、ビリッとそれを破いて中身見る彼女。お前なあ、それ法律違反だぞ。
「何これ!何これ!…また落ちたの!?」
「あ、それか…」
「ビーシッ!」
 そう言って薄っぺらいその紙で俺の頬をビンタする素振りをする彼女。あのなあ、それそう簡単に受かる試験じゃねーんだよ。
 ここ数日彼女は上機嫌。同棲初めて間もなく、美容師の彼女は俺の予想に反し、理容師の国家試験まで受かってしまう。賭けに負けた俺は先日バカ高いホテルディナーを奢らされたばかりだった。
「そんなオタクゲームばかりやってっから…」
 彼女の勝ち誇った態度にカチンと来た俺は乱暴に椅子から立ち上がり玄関に向かう。
「何?怒ったの?」
「うるせえ!」
「どこ行くの?」
「うっせーな!コンビニ!煙草買ってくらあ!」

 家を空けたのは15分位だろうか。戻ってくると意外にもほったらかしたゲーム画面をじっと見つめている彼女がいた。
「どけよ」
 そう言って乱暴にパソコン前の椅子に座る俺。と、
「ねえ、それってどんな街でも作れるの?」
「え?あ、ああ…」
 いきなり彼女にそう言われ、振り返って彼女の顔を見る俺。そんな俺に見向きもせず彼女の目はじっとパソコンのモニターを見つめていた。
「じゃさー、ここに駅作って」
 彼女が指差した場所は、大きな川沿いの俺が開発している街の対岸の、山と川に挟まれた、何も無い平地。
「どんな駅?」
「小さな駅、線路一本しかない」
(やっと黒字にしたばかりなのに)
 そう思いつつ、そこに平屋の田舎風の一番小さな駅を作る俺。
「あのね、ここにトンネル作って、川に橋作って、ここの大きな街と繋げて」
 何の興味が沸いたのか知らないけど、あのさー、トンネルと鉄橋ってすげー金かかるのに、と思いつつ言われるとおりする俺だった。
「ここに繋げるのに今開発してる街の駅作り直してさ支線用のプラットホーム作らないと…」
「一両だけの電車が走ってるの、発車するときすごい音がする」
 俺の言葉なんてまるで聞いてない彼女が注文を付ける。あのな、それ電車じゃなくて気動車って言うんだよ、まあいいや。
 ゲーム上の銀行から大金を借りて駅を作り直すと、やがて1両編成のキハ40という気動車が警笛を鳴らしながらゴトゴトと鉄橋を渡りトンネルをくぐって小さな駅に到着。その様子を暫く無言で見つめる彼女。
「んで、次何かあるのか?」
 そう言う俺の肩に左手をかけ、右手でパソコン画面を指さしながら彼女が続ける。
「ここに道作って、駅前のここに小さな郵便局が有ってさ、ここに小学校が有って、ここずっと畑でさ…、あ、ここに小さな雑貨屋が有って…おばさん元気かなあ」
 俺はなんとなしに彼女が何を言ってるのか分かってきた。
「ここがマキちゃんの家、んで、ここがヒロシの家、そしてここに交番があって、そしてここが…」
 そう言った後、ぐすっと鼻をすする音がした。なるほど…
「ここに家建てりゃいいんだな?」
 そう言いつつ、一軒家のパーツの中から一番可愛いのを選んでそこに建てようとする俺だが、
「違う、これ…」
 彼女が選んだのは板張りの小さな家だった。
 画面上の季節は晩秋。紅葉が綺麗な山間の小さな街に再び1両の折り返し列車が鉄橋を越えてやつてきた。
「あゆみ…今でもこれに乗ってるのかなあ」
 独り言みたいに呟く彼女だった。と画面はいきなり冬に変わる。紅葉の綺麗な山村に雪が降り、あたは一面の雪景色。寂しいBGMが鳴る中それをじっと見つめる彼女の鼻をぐずる音がだんだん多くなってくる。
 俺はキッチンの冷蔵庫から麦茶を補給しに席を立つ。俺の方を見る事なく何も言わずに画面を見つめながらすっと椅子に座る彼女。そしてしばしじっと画面を見つめ鼻をぐずらせ微動だにしなかった。
 麦茶のコップを手にした俺が彼女の後ろで無言で見守る中、ゲーム上でクリスマスの夜がやってきた。降る雪の量は多くなり、雪深いその小さな街の家々には明るい灯が灯ると同時に、クリスマス風の音楽が流れ、上空にはトナカイの引くそりに乗ったサンタクロースが忙しく飛び回る。と、
「うっ…ううっ…」
 今まで聞いた事の無い声を漏らしてうつむく彼女の太股に水滴がいくつも落ち、白いトレーナーの上にシミを作っていく。そう言えば奴のこんな姿を一度も見た事が無い。そして思い出した。お前、家出同然で都会に出てきたんだよな。
 ゲームの日付は元旦に変わり、雪は止み一面の雪景色に正月らしい音楽が流れると、悲鳴に似た声と供にキーボードの上に両手を載せ、そこに顔を埋めて体を震わせる彼女。両手を彼女の肩に置き、無言で泣き止むのを待つ俺だった。
 
 翌々週、俺は三日間の休みを取り、酒と土産を片手に持ち、暑い中脱いだスーツの上着を肩に、サマードレス姿の彼女と供にその駅に降りた。
 俺の手を引くように早足で歩いてた彼女は突然歩みを止める。一瞬思いつめた様な表情をした彼女だが、いきなり俺の手を振りほどき、かけ足で路地裏の小道に消えていく。
 その街の駅舎は小さいながらも二階建てに、単線は複線に、気動車は三両編成の電車に変わっていた。小さな駅前広場のバス停には大型のバスが二台停車している。コンビニになっていた駅前の雑貨屋では、先程懐かしそうに彼女と会話していた初老の女性が忙しそうにしていた。
 そのコンビニの前で煙草を一本取り出し、顔を合わせたそこのおばさんに会釈をし、火をつける。暫くするとと彼女が1人の同世代らしき女の子と一緒に路地裏から飛び出して、俺に手招きする。横の子はマキちゃんなのか、あゆみちゃんなのか。まあどっちでもいい。俺は彼女の両親への挨拶の言葉の最後の練習をしながら手招きされる方へ向かった。
 
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