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シーズン1
第二十一話
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こぼれたコーヒーがテーブルの上に広がっていく。凡子はまばたきもせずにその様子を見つめていた。
蓮水の手が視界にはいってきた。左手で契約書を持ち上げ脇に避けると同時に、右手でカップを起こした。それから、素早く次々とティッシュを引き出し、こぼれたコーヒーの上にのせていく。白いティッシュにコーヒーが染みていく。
凡子はようやく「すみませんでした」と、言葉にだした。
「いや、予想できたことなのに、コーヒーを出したのが、間違いだった。服は汚れなかったか?」
凡子は、スカートを見た。
「大丈夫そうです」
泉堂の選んだスカートは淡い水色だったので、かかっていたら確実にシミになっていた。
蓮水が、濡れたティッシュを集めていく。凡子はテーブルの上で動く蓮見の手を目で追っていた。
「コーヒーは下げておく」
蓮水が、コーヒーを吸ったティッシュの塊とカップを持って立ち上がった。
「申し訳ございません」
「いや、気にする必要はない」
凡子は、リビングからキッチンへと向かう蓮水の背中を見つめながら、「後ろ姿もカッコいい」と思った。
凡子は深いため息をついた。
蓮水のような男性が、凡子と結婚を考えるなどあり得ない。凡子は冗談を間に受けて、動揺してしまったことを恥じた。
蓮水が戻ってきて、濡れた布巾で、テーブルを拭いた。
「サポートのためにお伺いしたのに、お手間をとらせてしまい申し訳ございません」
「今日のところは、説明のために来てもらっただけだ」
蓮水に笑いかけられた。凡子はつい、見惚れてしまう。
「浅香さんは、制服の時とは、随分印象が違うな。店で個室に入ってきた時、一瞬、別人だと思った」
蓮水がその後、「態度ですぐ、わかったが」と、微笑んだ。
「実はわたしも、いつもと違いすぎて、落ち着かないんです」
「よく、似合っているよ」
凡子は、恥ずかしくなって俯いた。目の前にいるのが憧れの作者だからか、五十嵐室長の化身だからか、些細なことで胸が高鳴る。凡子は落ち着かずに、手でスカートを撫でた。やわらかな手触りだ。
凡子は場をもたそうと、蓮水に話しかけた。
「お会いするのにふさわしい服を持ち合わせていなかったので、昨日、泉堂さんに選んでもらいました」
泉堂から、いろいろな服を試着させられたのを思い出し、貴重な体験をしたと、つい笑顔がこぼれる。
「昨日、泉堂と会ったのか?」
問いかけられ顔をあげると、蓮水が、眉根を寄せていた。
凡子は、余計なことを言わなければ良かったと思った。今更、誤魔化しようもない。正直に頷いた。
「泉堂とはどういう関係?」
凡子は答えに困った。泉堂との関係に名前はない気がした。凡子は緊張していてまともに頭が回っておらず、適切な言葉が思いつかない。
「泉堂さんに、遊ばれているというか……」
蓮水の顔がさらに険しくなった。
「弄ばれているという意味?」
弄ばれているという表現は、男女の関係に使いそうだ。
「そうではなく、おもちゃにされている気がします」
蓮水は深刻な顔をして黙ってしまった。意図せず、蓮水と仲の良い泉堂のことを悪く言ってしまった。
「あの、別に、嫌じゃないんです。周りに知られると困るだけで」
蓮水が、軽くため息をついた。
「浅香さんは、泉堂との関係を続けるつもりでいるのか?」
凡子は「わたしが望んでいるわけではありませんので」と、顔を横にふった。
「そのうち、泉堂さんがわたしに飽きると思います」
蓮水が「うーん」と唸りながら、ソファにもたれかかり足を組んだ。
凡子は、蓮水を不機嫌にさせてしまい狼狽えていた。何か言えば、さらに悪化させそうな気がして、心の中で「よくわからないけど、ごめんなさい」と、謝った。
それにしても、不機嫌にしている姿さえ、絵になる。
蓮水が契約書を手に取り、パラパラとめくった。
「修正が必要だろうか」
蓮水が、冊子を見ながら呟いた。
「泉堂さんとのことが問題でしたら、もう」
凡子は、会わないと言いかけて、フレンチディナーの約束があると思い出した。
「一度、食事する約束があるので、それが終わりましたら会いません」
蓮水が顔を上げ、「いや、会うのは構わないよ」と、言った。凡子は、そうなると、何が問題なのか、わからなかった。
「もちろん会社関係者に知られるのは問題だが、一目につかないように会う分には好きにしてもらって良い」
執筆時間を捻り出すためのサポートだ。凡子のプライベートには干渉しないと言いたいのだろう。
「執筆のためのサポートに全力を尽くします。食事の約束は、まだ、日時も決まっていないのでキャンセルも可能です」
蓮水は「本当に、行ってもらって構わない。こちらも、食事へ出かける自由まで取り上げる気はない」と言った。
蓮水は冊子を閉じて、テーブルに置いた。
「今のところは、泉堂に対して恋愛感情はないということで間違いないか?」
「もちろんです」
「それでも、今後、肉体的にだけでなく、精神的にも関係を深める可能性はあるかどうかを確認しておきたい。人の心は変化するものだから、現時点の考えで構わない」
蓮水の言葉の意味をすぐには理解できなかった。
首を傾げてしばらく考えてみた。恋愛感情なしに食事や買い物をすることを、肉体的な関係とは表現しないはずだ。
蓮水から誤解されているらしい。
凡子は激しく顔を横に振った。彼氏いない歴年齢の清い体なのに、恋人でもない相手と気軽に体の関係を持つと思われたくない。
「誤解です!」
「誤解?」
凡子はなんとか誤解を解こうと「私はバージンです」と、訴えた。
蓮水は呆気にとられた後、「そうなのか」と言った。
凡子は自分が恥ずかしい発言をしたことに気づいて顔が熱くなった。別に、経験の有無ではなく、泉堂と体の関係がないことを伝えれば十分だったというのに。
「違います!」
「違う?」
蓮水からまっすぐ見つめられ、余計に恥ずかしくなる。
凡子は「違いません」と言って、俯いた。
蓮水の手が視界にはいってきた。左手で契約書を持ち上げ脇に避けると同時に、右手でカップを起こした。それから、素早く次々とティッシュを引き出し、こぼれたコーヒーの上にのせていく。白いティッシュにコーヒーが染みていく。
凡子はようやく「すみませんでした」と、言葉にだした。
「いや、予想できたことなのに、コーヒーを出したのが、間違いだった。服は汚れなかったか?」
凡子は、スカートを見た。
「大丈夫そうです」
泉堂の選んだスカートは淡い水色だったので、かかっていたら確実にシミになっていた。
蓮水が、濡れたティッシュを集めていく。凡子はテーブルの上で動く蓮見の手を目で追っていた。
「コーヒーは下げておく」
蓮水が、コーヒーを吸ったティッシュの塊とカップを持って立ち上がった。
「申し訳ございません」
「いや、気にする必要はない」
凡子は、リビングからキッチンへと向かう蓮水の背中を見つめながら、「後ろ姿もカッコいい」と思った。
凡子は深いため息をついた。
蓮水のような男性が、凡子と結婚を考えるなどあり得ない。凡子は冗談を間に受けて、動揺してしまったことを恥じた。
蓮水が戻ってきて、濡れた布巾で、テーブルを拭いた。
「サポートのためにお伺いしたのに、お手間をとらせてしまい申し訳ございません」
「今日のところは、説明のために来てもらっただけだ」
蓮水に笑いかけられた。凡子はつい、見惚れてしまう。
「浅香さんは、制服の時とは、随分印象が違うな。店で個室に入ってきた時、一瞬、別人だと思った」
蓮水がその後、「態度ですぐ、わかったが」と、微笑んだ。
「実はわたしも、いつもと違いすぎて、落ち着かないんです」
「よく、似合っているよ」
凡子は、恥ずかしくなって俯いた。目の前にいるのが憧れの作者だからか、五十嵐室長の化身だからか、些細なことで胸が高鳴る。凡子は落ち着かずに、手でスカートを撫でた。やわらかな手触りだ。
凡子は場をもたそうと、蓮水に話しかけた。
「お会いするのにふさわしい服を持ち合わせていなかったので、昨日、泉堂さんに選んでもらいました」
泉堂から、いろいろな服を試着させられたのを思い出し、貴重な体験をしたと、つい笑顔がこぼれる。
「昨日、泉堂と会ったのか?」
問いかけられ顔をあげると、蓮水が、眉根を寄せていた。
凡子は、余計なことを言わなければ良かったと思った。今更、誤魔化しようもない。正直に頷いた。
「泉堂とはどういう関係?」
凡子は答えに困った。泉堂との関係に名前はない気がした。凡子は緊張していてまともに頭が回っておらず、適切な言葉が思いつかない。
「泉堂さんに、遊ばれているというか……」
蓮水の顔がさらに険しくなった。
「弄ばれているという意味?」
弄ばれているという表現は、男女の関係に使いそうだ。
「そうではなく、おもちゃにされている気がします」
蓮水は深刻な顔をして黙ってしまった。意図せず、蓮水と仲の良い泉堂のことを悪く言ってしまった。
「あの、別に、嫌じゃないんです。周りに知られると困るだけで」
蓮水が、軽くため息をついた。
「浅香さんは、泉堂との関係を続けるつもりでいるのか?」
凡子は「わたしが望んでいるわけではありませんので」と、顔を横にふった。
「そのうち、泉堂さんがわたしに飽きると思います」
蓮水が「うーん」と唸りながら、ソファにもたれかかり足を組んだ。
凡子は、蓮水を不機嫌にさせてしまい狼狽えていた。何か言えば、さらに悪化させそうな気がして、心の中で「よくわからないけど、ごめんなさい」と、謝った。
それにしても、不機嫌にしている姿さえ、絵になる。
蓮水が契約書を手に取り、パラパラとめくった。
「修正が必要だろうか」
蓮水が、冊子を見ながら呟いた。
「泉堂さんとのことが問題でしたら、もう」
凡子は、会わないと言いかけて、フレンチディナーの約束があると思い出した。
「一度、食事する約束があるので、それが終わりましたら会いません」
蓮水が顔を上げ、「いや、会うのは構わないよ」と、言った。凡子は、そうなると、何が問題なのか、わからなかった。
「もちろん会社関係者に知られるのは問題だが、一目につかないように会う分には好きにしてもらって良い」
執筆時間を捻り出すためのサポートだ。凡子のプライベートには干渉しないと言いたいのだろう。
「執筆のためのサポートに全力を尽くします。食事の約束は、まだ、日時も決まっていないのでキャンセルも可能です」
蓮水は「本当に、行ってもらって構わない。こちらも、食事へ出かける自由まで取り上げる気はない」と言った。
蓮水は冊子を閉じて、テーブルに置いた。
「今のところは、泉堂に対して恋愛感情はないということで間違いないか?」
「もちろんです」
「それでも、今後、肉体的にだけでなく、精神的にも関係を深める可能性はあるかどうかを確認しておきたい。人の心は変化するものだから、現時点の考えで構わない」
蓮水の言葉の意味をすぐには理解できなかった。
首を傾げてしばらく考えてみた。恋愛感情なしに食事や買い物をすることを、肉体的な関係とは表現しないはずだ。
蓮水から誤解されているらしい。
凡子は激しく顔を横に振った。彼氏いない歴年齢の清い体なのに、恋人でもない相手と気軽に体の関係を持つと思われたくない。
「誤解です!」
「誤解?」
凡子はなんとか誤解を解こうと「私はバージンです」と、訴えた。
蓮水は呆気にとられた後、「そうなのか」と言った。
凡子は自分が恥ずかしい発言をしたことに気づいて顔が熱くなった。別に、経験の有無ではなく、泉堂と体の関係がないことを伝えれば十分だったというのに。
「違います!」
「違う?」
蓮水からまっすぐ見つめられ、余計に恥ずかしくなる。
凡子は「違いません」と言って、俯いた。
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