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第六章

第五十一話 混乱の最中で

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 ダンテ達と合流してから三日、ウォルフ達一行は王都まであと一時間ほどの距離まできていた。

 予定ではもう到着している頃のはずだったが、雨のせいで増水した川の水が引くまでに時間がかかった為、半日ほど遅れてしまっている。この数時間の遅れが、致命的なものにならない事を祈る他ない。
 それでも、通常の馬車ではもっと時間がかかるはずなのだが。

「…ウォルフ様、もうすぐ王都です」

「解った。ありがとう」

 ウォルフの傷は癒えており、体調的には万全な状態である。
 父への疑念やわだかまりは、まだ胸の内に燻っているが、それは今考える事ではない。
 ボルドや、母の無実を証明する為にも冷静にならなくてはと、ウォルフは心の内を引き締めた。

「若、見えてきました、王都です。む、あれは…?」

 ダンテが窓から王都を視認すると、何か気になるものがあったようだ。
 どうした?と聞こうとした時、それはウォルフの目にも映った。

「煙…?火事か?」

「ただの火事にしては…」

 その会話の最中にも新たな煙が立ち始め、かすかだが、火の手のようなものも確認できた。
 明らかに、ただの火事とは思えない。

「まさか、戦闘が起きているのか?一体、誰と誰が戦っているんだ」

 ウォルフ達は状況が飲み込めないまま、王都に向かって速度を上げていった。



 王宮内に、剣戟の音と怒号が飛び交っていた。
 至る所に血飛沫の後があり、戦闘員、非戦闘員どちらの死体も、無造作に積み上げられている。
 普段は静かで、執務に取り組む者達や、女中や使用人達の笑顔が絶えない平和な王宮は、混乱の渦に巻き込まれていた。

「リヒャルト王子…!ここはもうダメです。王城へ避難を!」

「クラウスとユーディットはどうした?」

「申し訳ございません、八方手を尽くしましたが、発見できませんでした…」

「くっ…!なんという事だ!」

 護衛の老騎士は苦渋に満ちた顔をしつつ、リヒャルトに頭を下げている。
 リヒャルト自身、大きな怪我こそないものの、全身傷だらけになっており普段の優雅な姿は見る影もない。

 事の発端は、第二王妃ヴェロニカが逮捕、幽閉されたという報せだった。

 ウォルフ追放からおよそ二カ月近く、王国内は権力闘争が激化し、元々あった派閥は完全に勢力が二分された状態にあった。
 ウッツ王を始めとする第一王妃派と、第二王妃ヴェロニカ派の諍いだ。

 ヴェロニカ派と言っても、その大半は追放されたウォルフを慕い、彼に期待していた人々である。
 一般の国民に彼の存在はほとんど周知されていなかったが、その分、精力的に働き、民の事を第一に考えて行動する彼の姿勢は、貴族や彼をよく知る騎士団などに高く評価されていた。

 そのウォルフが一方的に追放された事により、不満は大きく膨れ上がり、元から第一王妃を心よく思わない人間達も第二王妃派閥に集まっていったようだ。
 特に地方貴族にはその意識が強く、大公会議の為に王都へ集まっていた諸侯達は、報せを聞いて一気に不満を爆発させていた。

 だが、ただそれだけでこのような大規模な反乱が起こるはずがない。
 一部の貴族が、大公会議の開催に乗じてそれを目論んでいたのは間違いないだろう。

 その首謀者は、リヴィエラ辺境伯のアンジェロだと、リヒャルトは確信している。王都で暴動が起こったと一報が入った時、彼は真っ先に第二王妃派をまとめ上げ、自身の兵士達を王宮内に乗り込ませた。
 その結果がこれだ。あまりにも流れが出来過ぎている。
 
 そして厄介な事に、ヴァージリア騎士団も士気が非常に低い状態にあった。

 元々、ヴァージリア騎士団にはウォルフを慕う者達が多く、どちらかと言えば、第二王妃派閥に入る存在であった。
 王に忠誠を誓う立場にある為、今は仕方なく鎮圧に向かってはいるものの、第二王妃が幽閉された事を知り、多くの者達が不平不満を口にして騎士団全体に動揺が広がった。
 さすがに離反するような者はいないが、動き次第では第二王妃を敵に回す形になるので、彼らも動きづらいのだろう。

 また現在、騎士団は王城の警備に当たるもの達と、王都市街での暴動鎮圧の任につく者達で分けられており、王宮内はリヒャルトの護衛騎士を始めとした少数の手勢のみで対応に当たっている。
 その戦力差はいかんともしがたく、結果としてクラウスやユーディット達を保護する事も厳しかった。

「兄さん…」

 リヒャルトは小さく呟いて、兄の不在を憂う。
 そもそも、ウォルフの追放などという馬鹿げた行為がなければ、このようなことにはなっていない。
 あの時もっと父に反発していれば、こんな結果は防げたのだろうかと、リヒャルトは己の弱さを呪う事しかできなかった。

「いたぞ!こっちだ、リヒャルト王子はここだ!」

 バリケードを敷いて立てこもっていた会議室の外で、粗野な男達の叫びが響く。
 どうやら敵に見つかってしまったらしい。もはや、王城に逃げる事もままならないだろう。

「リヒャルト王子、今の内に窓からお逃げ下さい。ここはこの老骨が、一花咲かせて見せまする!」

「爺、止めてくれ!この上、爺まで失ってしまったら、僕はこの先どうやって生きていけばいいんだ…!」

 息巻く老騎士に、リヒャルトは泣き縋った。
 ウォルフにとってのダンテのように、老騎士セドリックはリヒャルトの家族同然の存在であった。
 厳格で、ろくに会話も許されなかった父とは違い、ウォルフやセドリックは、リヒャルトを幼い頃からずっと見守ってくれていた。そんな彼を犠牲にしてまで戦う気概は、リヒャルトの中には無かった。

「王子…」

 セドリックもまた、立場の違いを考慮した上で、リヒャルトを我が子のように思っていた一人である。
 彼を一人置いて逝くのはあまりにも忍びないが、ここで死なせるわけにはいかない。
 先日、成人したばかりのリヒャルトだが、彼は次期王として、この先も生きていかなければならないのだ。

「リヒャルト王子、しっかりしなされ!貴方は次代の王となるお方…儂の命など踏み台にする強さを持たねば、民は守っていけませんぞ!」

 セドリックの檄が飛ぶ中、強力な魔法によってバリケードごと会議室の扉が吹き飛んだ。
 二人は咄嗟に身を屈め、残っていた数名の騎士達が彼らの前に庇い立つ。
 そこへ乗り込んできたのは、あのアンジェロであった。

「へへ、見つけたぜ、リヒャルト王子。安心しな、テメェはすぐには殺さねぇ。ウッツ王を殺る為の人質になってもらうぜ」

「アンジェロ!貴様、やはり…!」

「恨むんなら、テメェのクソ親父とクソ兄貴を恨むんだな…!あの野郎ウォルフもいつか殺してやるからよ…!」

 いきり立つアンジェロに向かい、セドリックは猛然と剣を抜き、走り出す。
 彼と共に騎士達がアンジェロの兵とぶつかり合う直前、会議室の窓を割り、何者かが飛び込んできた。

 飛び込んできた何かは、見た事もない異様な装備をした黒ずくめの兵士達だった。
 彼らは、すぐさま狙いをつけて、持っていた小型の機械弓を使い、セドリック達諸共、アンジェロの兵達を撃ち抜いていく。

「な、なんだぁ!?」

 素早く兵士の後ろに隠れたアンジェロは、その後に窓から現れた存在に目を見張った。
 それは見紛う事なき第一王妃、シャルロッテ妃だったからだ。

「助けに来たわ、リヒャルト。ふふ、ここはこの母に任せるといい…使えない騎士達などいらないわね」

「な、母様…!?何を!」

 リヒャルトは、いつもとはまるで違う母の顔に戦慄した。
 深く鋭い傷を負ったその顔は、見た事もないほど、邪悪に歪んでいたのだった。
 
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