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第五章

第四十一話 ナヴ・グロワ誕生

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 乾いた床の上を、コツコツと歩く音が響いている。
 
 目の前で止まったそれは、何事か呟くと、手にしたランタンに火が点いた。

「セグイン…君…」

「はい、僕です。いやぁ、恐れ入りましたよ。ウォルフさんは魔法が効かないって聞いてましたけど、予想以上でしたね」

 にこやかに笑うその顔には、先程とは打って変わった邪悪さが感じられる。ずっと纏わせていた気弱な雰囲気は欠片もなく、大人びた顔つきになって、ウォルフを見下ろしていた。

「僕たちエルフ王家の一族は、魔法に長けたエルフの中でも唯一、スキルを持つ一族なんです。それが言霊。言霊といっても、言葉に魔力を乗せて放っているだけで、言葉を具現化したりなんて事はできませんけどね。扇動程度ならお手の物ですけど」

 それを聞いて、昼間ボルドがウォルフに何かを試そうとしたという言葉の意味を理解した。ボルドの言葉に反対しようとした時の不快感が、その正体だったという事か。
 しかし、それならば、何故今その影響下にいるのか、それが謎だった。

 そんなウォルフの疑問が表情に出ていたのか、セグインは薄ら笑いを浮かべてさらに語る。

「僕は一族の中でも、特にこのスキルが強力なんですよ。いくらウォルフさんが魔法に抵抗力があっても、完全に防げはしないようですね。…もし仮に、僕が祖父のサポートをできていれば、祖父はウッツ王にも負けなかったでしょう」

 十年前、ウッツがエルフの先代王ユアン倒した時、セグインはまだ幼い子供扱いだったはずだ。
 だがその時既に、今と同じだけのスキルに目覚めていたのなら、確かにそういう結果もあり得たかもしれない。

「それにしても、やはり父は反乱軍の事をほとんど知らなかったようですね。まぁ、僕がそのリーダーだなんて思いもよらなかったんだろうなぁ…本当、ダメな父親を持つと苦労しますね、お互いに」

「君は、父上に恨みが…?」

「恨みというほどのものじゃありませんよ。ただ、いつまでも人間の下に甘んじている現状を変えようとしない、そんな愚かさが嫌になったまでです」

 セグインはウォルフを睨みながら、吐き捨てるように言った。彼の根柢にはエルフが人間より上位種であるという感覚が根付いているのだろう。
 その言葉とは裏腹に、人間に対する憎悪とそれを許す父への怒りが彼の視線からはありありと感じられた。

「この際だからバラしてしまいますが、反乱軍と言っても、その正体は僕一人だけです。後は皆、僕が言霊で操って、一時的に手を貸させただけ…逆に言えば、父を除いた全てのエルフが僕の操り人形なんですよ。だから、いくら調べた所で無意味なんです。人員なんて簡単に挿げ替えられますから」

 その秘密を事も無げに語るセグインにとって、もはやウォルフなど取るに足らない存在であるという事だろう。
 ウォルフなどいつでも始末できる…そう考えているからこその暴露なのだ。

 確かにこの状況から、ウォルフが抜け出すのは難しい。だが、そう簡単にやられるわけにもいかない。
 ウォルフは逆転の目を探しながら、時間を稼ごうとしていた。
 
「君の父上は…違うというのか?」

「生憎と、言霊の影響下に置けるのは、言霊を使えないものだけなんです。なので、父だけは僕の自由になりません。まぁ、僕も父の指図は受けませんが」

 つまり、反乱軍という実際は居もしない存在を相手に、ボルドは苦戦を強いられていたのだ。だが、自分の息子が敵に回っていると、あの聡明なボルドが気付かずにいるものだろうか?
 もしかすると、全てに気付いていたからこそ、ウォルフに協力を依頼したのかもしれないと、ウォルフは思った。

「イーリスも、君の手の者だったということか…」

「イーリス…?誰です?それは」

「なに…?」

 セグインの思わぬ反応に、ウォルフは目を見開いた。セグインは噓を吐いているようには見えない。というよりも、イーリスの事だけを知らないと嘘を吐く理由がない。
 本当に知らないのだとしたら、イーリスとは何者なのか?

 よくよく考えてみれば、イーリスの姿は一度も見た事がなかった。ボルドも会話をしていたのだから、存在しない人間というわけでもないはずだ。
 一体どういうことかと、ウォルフはまだ少し朦朧とする意識の中で、その疑問だけが胸に渦巻いていた。

「何を言っているのか解りませんね。言霊の影響が強すぎたかな?何しろ食事の最中、ずっと使ってましたからね…僕も結構疲れるんですよ。知りたい事はほとんど教えてもらいましたし、いいんですけどね」

「君は…これから、どうするつもりなんだ…?」

 かろうじて吐き出した言葉に、セグインは今までで一番邪悪な笑みを見せる。

「決まっているでしょう?ヴァージリア王国を滅ぼすんですよ、コイツを使ってね」

 そう言って、セグインは何かを照らす。木箱の置かれていない、壁だと思っていた場所は巨大なガラスで、中には奇妙な液体と、大きなスライムのような何かが浮かんでいるのが見えた。
 ウォルフの脳内に、恐るべき答えが浮かぶ。

「そう、これこそ古の天才エルフが創り出した禁忌の魔法生物…ナヴ・グロワです。僕はコイツを使って、ヴァージリア王国を…いや、人間達を皆殺しにしてやるんだ!僕たちエルフと対等だなどと思い込む、不遜な劣等種共め…今に思い知らせてやる!」

 憎しみの込められた叫びと共に、高らかにセグインは嗤う。
 彼の恐るべき野望を前に、ウォルフは底知れぬ悪意を感じ取るのだった。
 
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