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Episode9 1,000字内のオムニバスショートホラー6品をお届けいたします。
Episode9-D 凍える今日
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美里は、この数日、原因不明の寒気に悩まされていた。
今はまだ九月の初めだというのに、長袖を着ていても寒い。それどころか、まだ眩しい太陽の下にいても寒い。
その寒気は日中だけでなく、母の自宅介護の合間のわずかな睡眠時間においても続いた。眠れない。眠気よりも寒気の方が勝ってしまう。
さらに、凍えるような寒気だけではなく、どこかで嗅いだことのある独特の臭いまでもが美里の鼻をつくのだ。
しかし、この寒気はあっけなく解決した。
自宅の冷蔵庫の奥深くにて、美里が幼い頃に遊んでいたリリちゃん人形を見つけた。
片付いているとは言えない冷蔵庫で、鶏肉や魚と一緒にいた”彼女”を取り出すとともに、美里の体には暖かさが戻って来た。あの臭いも、冷蔵庫の中の臭いであったのだとも。
美里は、乾いた笑いを漏らさずにはいられなかった。
認知症の母が家のどこかで人形を見つけ、自分は片づけをしているつもりで冷蔵庫へと押し込んだに違いない。
それに、人形と持ち主の体が繋がっているなんて、馬鹿げているうえオカルト的な事象が現実に起こり得たとは……。
思い返せば、このリリちゃん人形にはシリーズで“リリちゃんママ”も販売されており、母と人形遊びがしたかった美里は、母にねだって”リリちゃんママ”も誕生日に買ってもらった。
母は趣味の編み物の途中であっても手を止めて、嫌な顔一つをすることなく、美里と幾度も遊んでくれたのだ。
美里の頬を涙がつたう。
母の介護に疲れきった今の美里は、優しくて大好きだったはずの母を自身の人生の障害としか思えなくなっていた。
母の存在によって、自分は結婚もできず、碌な勤めにも出ることができず、お洒落や遊びに行くどころか、ゆっくり眠ることすらできない。
いつかはこの日々は終わる。
だが、それは一体いつになるのか?
太陽が昇るたびに人は年を取り、死へと近づいていくというのに。
人の時間というものは、鶏肉や魚みたいに冷蔵保存できるものでないというのに。
もしかして、と家の押し入れの中を探した美里は、埃にまみれた”リリちゃんママ”を見つけることができた。
「ごめんね……お母さん……」
”リリちゃんママ”を胸に抱きしめた美里。
台所の流しにて、埃や汚れをも水で優しく洗い流した。
そして、彼女は濡れたままの”リリちゃんママ”の水滴をぬぐうことはせず、”冷凍庫”に入れ、その扉を静かに閉めた。
――fin――
今はまだ九月の初めだというのに、長袖を着ていても寒い。それどころか、まだ眩しい太陽の下にいても寒い。
その寒気は日中だけでなく、母の自宅介護の合間のわずかな睡眠時間においても続いた。眠れない。眠気よりも寒気の方が勝ってしまう。
さらに、凍えるような寒気だけではなく、どこかで嗅いだことのある独特の臭いまでもが美里の鼻をつくのだ。
しかし、この寒気はあっけなく解決した。
自宅の冷蔵庫の奥深くにて、美里が幼い頃に遊んでいたリリちゃん人形を見つけた。
片付いているとは言えない冷蔵庫で、鶏肉や魚と一緒にいた”彼女”を取り出すとともに、美里の体には暖かさが戻って来た。あの臭いも、冷蔵庫の中の臭いであったのだとも。
美里は、乾いた笑いを漏らさずにはいられなかった。
認知症の母が家のどこかで人形を見つけ、自分は片づけをしているつもりで冷蔵庫へと押し込んだに違いない。
それに、人形と持ち主の体が繋がっているなんて、馬鹿げているうえオカルト的な事象が現実に起こり得たとは……。
思い返せば、このリリちゃん人形にはシリーズで“リリちゃんママ”も販売されており、母と人形遊びがしたかった美里は、母にねだって”リリちゃんママ”も誕生日に買ってもらった。
母は趣味の編み物の途中であっても手を止めて、嫌な顔一つをすることなく、美里と幾度も遊んでくれたのだ。
美里の頬を涙がつたう。
母の介護に疲れきった今の美里は、優しくて大好きだったはずの母を自身の人生の障害としか思えなくなっていた。
母の存在によって、自分は結婚もできず、碌な勤めにも出ることができず、お洒落や遊びに行くどころか、ゆっくり眠ることすらできない。
いつかはこの日々は終わる。
だが、それは一体いつになるのか?
太陽が昇るたびに人は年を取り、死へと近づいていくというのに。
人の時間というものは、鶏肉や魚みたいに冷蔵保存できるものでないというのに。
もしかして、と家の押し入れの中を探した美里は、埃にまみれた”リリちゃんママ”を見つけることができた。
「ごめんね……お母さん……」
”リリちゃんママ”を胸に抱きしめた美里。
台所の流しにて、埃や汚れをも水で優しく洗い流した。
そして、彼女は濡れたままの”リリちゃんママ”の水滴をぬぐうことはせず、”冷凍庫”に入れ、その扉を静かに閉めた。
――fin――
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