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Episode5 勇者、故郷に帰る。PART2 オムニバスホラー3品
Episode5-B 襲われた女勇者コーデリア
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勇者。
この言葉だけを聞けば、男を……それも若い男を思い浮かべる人が大半だろう。
しかし、今から紹介する勇者は若い女、いや、まだ少女と言える年齢の娘であった。
彼女の名前は、コーデリア。
現在、十七才。
十四才の時に故郷の村を旅立った彼女は、わずか三年足らずのうちに、世界を三百年以上も恐怖に陥れていた魔王を”たった一人で”倒し、名実ともに勇者となった。
この”さわり”だけを聞けば、まるで男と見紛うほどに逞しく勇ましいガチムチ筋肉娘な女勇者コーデリアの脳内想像図が描かれてしまうに違いない。
けれども、女勇者コーデリアは小柄で華奢な娘だった。
彼女がその小さな手で剣を握り、その細い腕で剣を振り上げて、魔王とやり合ったとは到底思えないほどに非戦闘向きの体型をした娘であった。
しかも、彼女は絶世の美少女とまでは言えないも、なかなかに可愛いらしい顔をしていた。
そんな彼女が、国王から授けられた勲章と報奨金を手に故郷へと帰ってくる。
彼女の帰りを待つ村は、全体としては祝福の色に染まってはいたも”不穏で不埒な色”もそれらに混じり合っていた。
そう、どこの村にも”ならず者”というのはいる。
さらに言うなら、類は友を呼ぶし、朱に交われば”さらに”赤くもなる。
”ならず者たち”は単に一人では何もできないだけかもしれないが、単独行動よりも集団行動をとり、助長していく傾向が強いものだ。
コーデリアの故郷で恐れられ忌み嫌われる”ならず者たち”も、常に五人で群れていた。
五人組の中に、チャックという名前の十九才の男がいた。
このチャックという男、正義と秩序の中においてははみ出してしまうも、自ら積極的に悪事を行うわけでもない中途半端な者であった。
当然のごとく、五人組の中では一番格下だ。
虎の威を借りる狐、とも言えよう。
だが、彼は他の四人に――ボス格のガスをはじめとする単細胞で最後は暴力で締めくくる他の四人に比べると、少しばかり”考える力”を保有していた。
普段なら、悪事を積極的に止めることはないチャックである。
しかし鼻息の荒いガスたちが、コーデリアの帰郷を村の入り口へと続く一本道で待ち伏せしている今は、口を開かずにはいられなかった。
「な、なあ、やっぱり止めといた方がいいんじゃないか?」
「ああ゛? なんでだよ?!」
ガスの口から放たれる野太い声と臭気。
五人組の中では一番、体も声も大きく、気性も荒々しい。さらに歯を磨くの嫌いで肉と酒が大好きな奴は、口臭の凄まじさも一歩抜きん出ていた。
「だ、だって……三百年もの間、誰も倒すことができなかった魔王を、コーデリアが”たった一人で”倒したんだ。コーデリアは俺たちには及ばない力を……」
「ふん、怖気づきやがったのか? 勇者とはいえ、ただの女だろ。女のあいつが男の俺らに力で適うわけねえって。金もピチピチの体も全部たっぷりといただきだ」
ガスに同調するかように、他の三人もギャハハハと笑う。
チャックが言わんとすることが、ガスたちには微塵も伝わっていない。
「い、いや、その……それを言うなら、魔王だっておそらく男だったろうけどコーデリアに倒されただろ。いや、俺が言いたいのは、コーデリアは”何かの力”を借りて、魔王を倒したんじゃないってことだよ」
「ンだよ、その”何かの力”って?!」
ガスの語気と口臭はより強くなる。
「ま、魔王に匹敵する存在とコーデリアは取引をしたんじゃないかってことだよ。ほら、物語とかでよくある、悪魔なんかと契約してうんぬんかんぬん……って。だ、だって、そうとしか思えないだろ? この三百年もの間、何百人……いいや、何千人の勇者志願者や兵たちが魔王に立ち向かっていったのに、誰一人として魔王を倒せなかった。それなのに……! お、俺だって、そんなに詳しく知っているわけじゃないけど、人外の怪物を召喚したりとか、あるいは自らが獣化したりとか……そういった類の力をコーデリアは手に入れたんじゃないか?」
凍ったような風が、一瞬、彼らの間を吹き抜けていった。
だが、ほんの少しばかり頬を引き攣らせたガスがへッと鼻で笑った。
「あいつがどんな力を手に入れてようと、その力を使っちまう前に、あいつの体を押さえつけりゃあいいんだよ。そもそもあいつ、昔からよく一人でブツブツ言ってたり、目に見えぬ誰かと話してるみたいな奇行を見せてたじゃねえか。それに、料理や裁縫なんかより歴史や地理にやたら詳しかったり……顔は可愛いけど、変わり者っちゃあ変わり者だって、他の男たちも言ってたろ」
その時、ついに一本道の遥か向こうにポツンと人らしき点が見えた。
コーデリアか?!
慌てて近くの茂みに身を隠す五人組のならず者たち。
いつのまにやら傾いていた夕陽が辺りを朱に染めていく頃、やっとその”人らしき点”の主の姿がはっきりと見えてきた。
やはりコーデリアであった。
しかも、彼女は一人だ。
彼女が引き連れているのは、彼女自身の影のみであるだろう。
コーデリアのあまりにも無防備な帰郷姿に、チャックは思わず呻き声をあげそうになった。
勲章ならびに多額の報奨金を持ち歩いている者が一人歩きをするなんて。
例え男であっても、護衛を付けての厳重な警護の元、帰郷せんとするだろうに。
さらに言うなら、彼女は若い娘だ。
さらにさらに言うなら、彼女は自身の身を守るための武器(剣)すらその細い腰に身に着けてはいないようだ。
鴨が葱を背負って来る。
狼の群れに羊が、トコトコと身ぐるみをはがされに近づいてくる。
やや遠目であるもチャックの目に映るコーデリアは、約三年前よりそれほど変わっていないように思えた。
男なら三年もすれば背がグンと伸びたり、筋肉が発達したりといったこともあるだろう。
しかし、コーデリアは小柄で華奢なまま、でも出るところはちゃんと出ている娘になっていた。
魔王との死闘(?)の末に手や足の一本も失ってなどもいないようだし、見えるところには大きな傷や火傷の後も見られない。
本当にコーデリアが魔王と戦ったのか?
本当にコーデリアが魔王を倒したのか?
チャックの中での不吉な予感が大きくなる。
今日の悪事だけは止めておいた方がいい、と彼の第六感、いいや生存本能が知らせていたのかもしれない。
けれども、ガスならびにガスの合図を受けた三人が繁みからザザザッと飛び出し、コーデリアの行く手にバッと立ちふさがった。
わずかに遅れたものの、チャックもガスたちに続いた。
「久しぶりだな、コーデリア」
突然にガスたちの”歓迎”を受けたコーデリアの顔に、驚きこそ浮かんでいたも”恐怖の色”は微塵も見られなかった。
「ええと、どこかで見た顔だと思ったら、確か同じ村の……あんたたち、まだ定職にもつかずにこんなことしてるの?」
呆れ顔のコーデリアに、ニヤニヤ笑いのならず者たち。
ガスを先頭にチャックを後尾に、コーデリアとの距離をジリジリと詰めていく。
「コーデリア、お前、どれだけの報奨金貰ったんだ? ちょっと俺たちに分けてくれねえか。分けてくれた礼に、お前の旅の疲れを癒してやるからよ」
ベロリと舌なめずりをしたガスは、コーデリアの細腕をガッと掴んだ。
腕を掴まれたコーデリアは恐怖ではなく、嫌悪を露わにした。
「ちょっと! 放してよ! ここで、あんたたちの相手して道草喰いたくないのよ。それに……いい加減に歯磨きの習慣ぐらい付けたらどうなの?!」
遠回しに口臭を指摘されたガスの頬がカッと紅潮した。
「ンだと、このアマ!! ”何かの力”を借りて魔王を倒したからって余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!」
「何かの力って……?」
「すっとぼける気か?! お前みたいなチビ女が一人で魔王を倒せるわけねえよな。チャックが言ってたように、お前は何かを召喚したり、お前自身が何かに変身したりして魔王を倒したんだろ!」
得意げにガハハと笑いながら、口臭をモワンと撒き散らすガス。
「お前がどんな”ズル”をして勇者になったのかは知らねえ。でも、俺らは魔王じゃなくて人間だ。人間相手に”何かの力”を使ってみろ。お前は単なる人殺しだ。そうはなりたくないだろ」
「……襲撃者から自分の身を守ろうとして、結果的に殺してしまった場合は正当防衛になるのよ。それに私はズルなんてしていないわ。誰の力も借りていない。全て私自身の……いいえ、私の魂の力で魔王を倒したのよ」
「何、ワケの分からねえこと言っていやがる! 俺たちに大人しく報奨金を渡す気もヤらせる気もないってなら、根こそぎ奪ってやるだけだ。ま、最初からそのつもりだったけどよ。で、お前は最後は”近くの川にドボン”だ。女勇者の末路が魚の餌とは笑えるなあ」
ガスの言葉を聞いたチャックは、さすがに戦慄せずにはいられなかった。
そこまでする気だったのか?!
しかし、強盗強姦殺人を予告された当人であるコーデリアは、毅然とした態度の上に怒りを静かに塗り重ねていっていた。
「……最悪ね。あんたたち、ある意味では魔王より性質の悪い犯罪者だわ。魔王を倒しても、やっぱり悪の種は世の中に芽吹いているのね」
そう言ったコーデリアが透き通り始めた。
いや、ほんの数秒、透き通ったかと思うと、彼女だけが異空間に切り取られたかのように本来は一人であるはずの彼女の姿が重なり合い、ぶれ続ける。
驚いたガスが彼女の腕から手を離してしまった。
”コーデリアたち”の重なりは治まるどころか、ますます激しくなる。
そして、中心部のコーデリアから五つの光がビシュッと”外へと飛び出した”。
コーデリア分身の術か?
しかし、その五つの光はコーデリアの姿をしてはいなかった。
男だ。
赤い夕陽を背に五人の男が――鍛えられた逞しい体つきをし、剣や弓を手にしていた勇ましい五人の若い男が立っていた。
「や、やっぱり、お前、ヤバい奴らを召喚できるんじゃねえか!! 汚ねえぞ!!」
喚くガス。首を横に振るコーデリア。
「彼らはヤバい奴らなんかじゃないわ。それに汚いのはあんたたちの方でしょ」
コーデリアの余裕に満ちた表情と、まるで”勇者のごとき五人の男”たちを見たチャックは逃げ出したかった。
一刻も早く逃げるべきだと理解していた。
でも、震える脚はなかなか動いてくれなかった。
勇者のごとき五人の男たちだが、どこか自分たちと違っていることにもチャックは見て取った。
彼らの引き締まった顔つきや体つきが、ならず者の自分たちと違うのはもちろんだ。
でも、それだけじゃない。
同じ若い男であっても、”まとっている風”が――この世を吹き抜けていく”時代”という風の種類が、明らかに自分たちより先の時代を生きていた者たちの”それ”だ。
よくよく見ると、彼らそれぞれの”まとっている風”にも統一感はなかった。
”風”などを感じなくとも、衣服や鎧の仕様を見れば明らかだ。
彼らは同じ時代に生きていた五人(の仲間)というわけではないのか?
彼らはいったい……?!
コーデリアがゆっくりと口を開く。
「ねえ、あんたたちは輪廻転生って言葉を聞いたことがあるかしら? 一個の魂が幾度も生まれ変わるってことを……彼らと私は一つの魂なの。”私は彼らであり、彼らは私であるのよ”。私たちは約三百年もの間、魔王に挑み、破れたわ。いずれも三十にもならないうちに肉体は滅んだ。でも、この魂だけは滅ぼされることはなかった」
そうか、そういうことか。
この五人の男たちは、コーデリアの前世、前前世、前前前世、前前前前世、前前前前前世の姿ということだったのか!
「転生のサイクルがやたらと早い(約三百年の間に五回も転生)のは”私たち”の無念の思いによるものでしょうね。そして、私が物心ついた時から、彼らはそれぞれ”別の人格”として私の中に存在していたの。”彼らと話し合った私”は決意したわ。今のこの体じゃ剣を使って魔王を倒すことは到底無理だけど、別のことならできるかもしれないって。だから私は三年前にこの村を発ち、魔導士に弟子入りしたの。過去の私である”彼ら”を実体化できる術を取得するためにね」
”一個の魂”は肉体という”船”を幾度も滅ぼされながらも、魔王討伐という目的地を目指し、魂の航海を続けた。諦めることはなかった。
今世は、女の肉体の船に乗ることになったも、彼女は”先の自分たち”にはなかった力を持っていた。
彼女は”先の自分たち”を実体化させ、魔王へと挑んだ。
こうして三百年もの間、誰も成し遂げられなかったことを”一個の魂”がついに成し遂げたのだ。
感動的な話だ。
しかし、今は感動している場合じゃない。
チャックの全身から冷たい汗が、さらに噴き出す。
いや、チャックだけではない。
赤い夕陽を背にした五人の男勇者と女勇者コーデリアを前にした、ならず者一同はその場から逃げ出すこともできず、その身をジワジワと湿らせるばかりであった。
まさに、蛇に睨まれた蛙だ。
コーデリアがスッと一歩下がった。
「五対五になるし、ちょうどいいわね。彼らは勇者なだけあって、女子供を虐げるような輩は絶対に許すことができないのよ。強盗強姦殺人も辞さない凶悪犯罪者なら、なおさらね。悪の芽は一刻も早く摘んでおかなきゃ。まあ、あんたたちのことが昔から大嫌いだった私の個人的な感情もあるけどね」
――fin――
この言葉だけを聞けば、男を……それも若い男を思い浮かべる人が大半だろう。
しかし、今から紹介する勇者は若い女、いや、まだ少女と言える年齢の娘であった。
彼女の名前は、コーデリア。
現在、十七才。
十四才の時に故郷の村を旅立った彼女は、わずか三年足らずのうちに、世界を三百年以上も恐怖に陥れていた魔王を”たった一人で”倒し、名実ともに勇者となった。
この”さわり”だけを聞けば、まるで男と見紛うほどに逞しく勇ましいガチムチ筋肉娘な女勇者コーデリアの脳内想像図が描かれてしまうに違いない。
けれども、女勇者コーデリアは小柄で華奢な娘だった。
彼女がその小さな手で剣を握り、その細い腕で剣を振り上げて、魔王とやり合ったとは到底思えないほどに非戦闘向きの体型をした娘であった。
しかも、彼女は絶世の美少女とまでは言えないも、なかなかに可愛いらしい顔をしていた。
そんな彼女が、国王から授けられた勲章と報奨金を手に故郷へと帰ってくる。
彼女の帰りを待つ村は、全体としては祝福の色に染まってはいたも”不穏で不埒な色”もそれらに混じり合っていた。
そう、どこの村にも”ならず者”というのはいる。
さらに言うなら、類は友を呼ぶし、朱に交われば”さらに”赤くもなる。
”ならず者たち”は単に一人では何もできないだけかもしれないが、単独行動よりも集団行動をとり、助長していく傾向が強いものだ。
コーデリアの故郷で恐れられ忌み嫌われる”ならず者たち”も、常に五人で群れていた。
五人組の中に、チャックという名前の十九才の男がいた。
このチャックという男、正義と秩序の中においてははみ出してしまうも、自ら積極的に悪事を行うわけでもない中途半端な者であった。
当然のごとく、五人組の中では一番格下だ。
虎の威を借りる狐、とも言えよう。
だが、彼は他の四人に――ボス格のガスをはじめとする単細胞で最後は暴力で締めくくる他の四人に比べると、少しばかり”考える力”を保有していた。
普段なら、悪事を積極的に止めることはないチャックである。
しかし鼻息の荒いガスたちが、コーデリアの帰郷を村の入り口へと続く一本道で待ち伏せしている今は、口を開かずにはいられなかった。
「な、なあ、やっぱり止めといた方がいいんじゃないか?」
「ああ゛? なんでだよ?!」
ガスの口から放たれる野太い声と臭気。
五人組の中では一番、体も声も大きく、気性も荒々しい。さらに歯を磨くの嫌いで肉と酒が大好きな奴は、口臭の凄まじさも一歩抜きん出ていた。
「だ、だって……三百年もの間、誰も倒すことができなかった魔王を、コーデリアが”たった一人で”倒したんだ。コーデリアは俺たちには及ばない力を……」
「ふん、怖気づきやがったのか? 勇者とはいえ、ただの女だろ。女のあいつが男の俺らに力で適うわけねえって。金もピチピチの体も全部たっぷりといただきだ」
ガスに同調するかように、他の三人もギャハハハと笑う。
チャックが言わんとすることが、ガスたちには微塵も伝わっていない。
「い、いや、その……それを言うなら、魔王だっておそらく男だったろうけどコーデリアに倒されただろ。いや、俺が言いたいのは、コーデリアは”何かの力”を借りて、魔王を倒したんじゃないってことだよ」
「ンだよ、その”何かの力”って?!」
ガスの語気と口臭はより強くなる。
「ま、魔王に匹敵する存在とコーデリアは取引をしたんじゃないかってことだよ。ほら、物語とかでよくある、悪魔なんかと契約してうんぬんかんぬん……って。だ、だって、そうとしか思えないだろ? この三百年もの間、何百人……いいや、何千人の勇者志願者や兵たちが魔王に立ち向かっていったのに、誰一人として魔王を倒せなかった。それなのに……! お、俺だって、そんなに詳しく知っているわけじゃないけど、人外の怪物を召喚したりとか、あるいは自らが獣化したりとか……そういった類の力をコーデリアは手に入れたんじゃないか?」
凍ったような風が、一瞬、彼らの間を吹き抜けていった。
だが、ほんの少しばかり頬を引き攣らせたガスがへッと鼻で笑った。
「あいつがどんな力を手に入れてようと、その力を使っちまう前に、あいつの体を押さえつけりゃあいいんだよ。そもそもあいつ、昔からよく一人でブツブツ言ってたり、目に見えぬ誰かと話してるみたいな奇行を見せてたじゃねえか。それに、料理や裁縫なんかより歴史や地理にやたら詳しかったり……顔は可愛いけど、変わり者っちゃあ変わり者だって、他の男たちも言ってたろ」
その時、ついに一本道の遥か向こうにポツンと人らしき点が見えた。
コーデリアか?!
慌てて近くの茂みに身を隠す五人組のならず者たち。
いつのまにやら傾いていた夕陽が辺りを朱に染めていく頃、やっとその”人らしき点”の主の姿がはっきりと見えてきた。
やはりコーデリアであった。
しかも、彼女は一人だ。
彼女が引き連れているのは、彼女自身の影のみであるだろう。
コーデリアのあまりにも無防備な帰郷姿に、チャックは思わず呻き声をあげそうになった。
勲章ならびに多額の報奨金を持ち歩いている者が一人歩きをするなんて。
例え男であっても、護衛を付けての厳重な警護の元、帰郷せんとするだろうに。
さらに言うなら、彼女は若い娘だ。
さらにさらに言うなら、彼女は自身の身を守るための武器(剣)すらその細い腰に身に着けてはいないようだ。
鴨が葱を背負って来る。
狼の群れに羊が、トコトコと身ぐるみをはがされに近づいてくる。
やや遠目であるもチャックの目に映るコーデリアは、約三年前よりそれほど変わっていないように思えた。
男なら三年もすれば背がグンと伸びたり、筋肉が発達したりといったこともあるだろう。
しかし、コーデリアは小柄で華奢なまま、でも出るところはちゃんと出ている娘になっていた。
魔王との死闘(?)の末に手や足の一本も失ってなどもいないようだし、見えるところには大きな傷や火傷の後も見られない。
本当にコーデリアが魔王と戦ったのか?
本当にコーデリアが魔王を倒したのか?
チャックの中での不吉な予感が大きくなる。
今日の悪事だけは止めておいた方がいい、と彼の第六感、いいや生存本能が知らせていたのかもしれない。
けれども、ガスならびにガスの合図を受けた三人が繁みからザザザッと飛び出し、コーデリアの行く手にバッと立ちふさがった。
わずかに遅れたものの、チャックもガスたちに続いた。
「久しぶりだな、コーデリア」
突然にガスたちの”歓迎”を受けたコーデリアの顔に、驚きこそ浮かんでいたも”恐怖の色”は微塵も見られなかった。
「ええと、どこかで見た顔だと思ったら、確か同じ村の……あんたたち、まだ定職にもつかずにこんなことしてるの?」
呆れ顔のコーデリアに、ニヤニヤ笑いのならず者たち。
ガスを先頭にチャックを後尾に、コーデリアとの距離をジリジリと詰めていく。
「コーデリア、お前、どれだけの報奨金貰ったんだ? ちょっと俺たちに分けてくれねえか。分けてくれた礼に、お前の旅の疲れを癒してやるからよ」
ベロリと舌なめずりをしたガスは、コーデリアの細腕をガッと掴んだ。
腕を掴まれたコーデリアは恐怖ではなく、嫌悪を露わにした。
「ちょっと! 放してよ! ここで、あんたたちの相手して道草喰いたくないのよ。それに……いい加減に歯磨きの習慣ぐらい付けたらどうなの?!」
遠回しに口臭を指摘されたガスの頬がカッと紅潮した。
「ンだと、このアマ!! ”何かの力”を借りて魔王を倒したからって余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!」
「何かの力って……?」
「すっとぼける気か?! お前みたいなチビ女が一人で魔王を倒せるわけねえよな。チャックが言ってたように、お前は何かを召喚したり、お前自身が何かに変身したりして魔王を倒したんだろ!」
得意げにガハハと笑いながら、口臭をモワンと撒き散らすガス。
「お前がどんな”ズル”をして勇者になったのかは知らねえ。でも、俺らは魔王じゃなくて人間だ。人間相手に”何かの力”を使ってみろ。お前は単なる人殺しだ。そうはなりたくないだろ」
「……襲撃者から自分の身を守ろうとして、結果的に殺してしまった場合は正当防衛になるのよ。それに私はズルなんてしていないわ。誰の力も借りていない。全て私自身の……いいえ、私の魂の力で魔王を倒したのよ」
「何、ワケの分からねえこと言っていやがる! 俺たちに大人しく報奨金を渡す気もヤらせる気もないってなら、根こそぎ奪ってやるだけだ。ま、最初からそのつもりだったけどよ。で、お前は最後は”近くの川にドボン”だ。女勇者の末路が魚の餌とは笑えるなあ」
ガスの言葉を聞いたチャックは、さすがに戦慄せずにはいられなかった。
そこまでする気だったのか?!
しかし、強盗強姦殺人を予告された当人であるコーデリアは、毅然とした態度の上に怒りを静かに塗り重ねていっていた。
「……最悪ね。あんたたち、ある意味では魔王より性質の悪い犯罪者だわ。魔王を倒しても、やっぱり悪の種は世の中に芽吹いているのね」
そう言ったコーデリアが透き通り始めた。
いや、ほんの数秒、透き通ったかと思うと、彼女だけが異空間に切り取られたかのように本来は一人であるはずの彼女の姿が重なり合い、ぶれ続ける。
驚いたガスが彼女の腕から手を離してしまった。
”コーデリアたち”の重なりは治まるどころか、ますます激しくなる。
そして、中心部のコーデリアから五つの光がビシュッと”外へと飛び出した”。
コーデリア分身の術か?
しかし、その五つの光はコーデリアの姿をしてはいなかった。
男だ。
赤い夕陽を背に五人の男が――鍛えられた逞しい体つきをし、剣や弓を手にしていた勇ましい五人の若い男が立っていた。
「や、やっぱり、お前、ヤバい奴らを召喚できるんじゃねえか!! 汚ねえぞ!!」
喚くガス。首を横に振るコーデリア。
「彼らはヤバい奴らなんかじゃないわ。それに汚いのはあんたたちの方でしょ」
コーデリアの余裕に満ちた表情と、まるで”勇者のごとき五人の男”たちを見たチャックは逃げ出したかった。
一刻も早く逃げるべきだと理解していた。
でも、震える脚はなかなか動いてくれなかった。
勇者のごとき五人の男たちだが、どこか自分たちと違っていることにもチャックは見て取った。
彼らの引き締まった顔つきや体つきが、ならず者の自分たちと違うのはもちろんだ。
でも、それだけじゃない。
同じ若い男であっても、”まとっている風”が――この世を吹き抜けていく”時代”という風の種類が、明らかに自分たちより先の時代を生きていた者たちの”それ”だ。
よくよく見ると、彼らそれぞれの”まとっている風”にも統一感はなかった。
”風”などを感じなくとも、衣服や鎧の仕様を見れば明らかだ。
彼らは同じ時代に生きていた五人(の仲間)というわけではないのか?
彼らはいったい……?!
コーデリアがゆっくりと口を開く。
「ねえ、あんたたちは輪廻転生って言葉を聞いたことがあるかしら? 一個の魂が幾度も生まれ変わるってことを……彼らと私は一つの魂なの。”私は彼らであり、彼らは私であるのよ”。私たちは約三百年もの間、魔王に挑み、破れたわ。いずれも三十にもならないうちに肉体は滅んだ。でも、この魂だけは滅ぼされることはなかった」
そうか、そういうことか。
この五人の男たちは、コーデリアの前世、前前世、前前前世、前前前前世、前前前前前世の姿ということだったのか!
「転生のサイクルがやたらと早い(約三百年の間に五回も転生)のは”私たち”の無念の思いによるものでしょうね。そして、私が物心ついた時から、彼らはそれぞれ”別の人格”として私の中に存在していたの。”彼らと話し合った私”は決意したわ。今のこの体じゃ剣を使って魔王を倒すことは到底無理だけど、別のことならできるかもしれないって。だから私は三年前にこの村を発ち、魔導士に弟子入りしたの。過去の私である”彼ら”を実体化できる術を取得するためにね」
”一個の魂”は肉体という”船”を幾度も滅ぼされながらも、魔王討伐という目的地を目指し、魂の航海を続けた。諦めることはなかった。
今世は、女の肉体の船に乗ることになったも、彼女は”先の自分たち”にはなかった力を持っていた。
彼女は”先の自分たち”を実体化させ、魔王へと挑んだ。
こうして三百年もの間、誰も成し遂げられなかったことを”一個の魂”がついに成し遂げたのだ。
感動的な話だ。
しかし、今は感動している場合じゃない。
チャックの全身から冷たい汗が、さらに噴き出す。
いや、チャックだけではない。
赤い夕陽を背にした五人の男勇者と女勇者コーデリアを前にした、ならず者一同はその場から逃げ出すこともできず、その身をジワジワと湿らせるばかりであった。
まさに、蛇に睨まれた蛙だ。
コーデリアがスッと一歩下がった。
「五対五になるし、ちょうどいいわね。彼らは勇者なだけあって、女子供を虐げるような輩は絶対に許すことができないのよ。強盗強姦殺人も辞さない凶悪犯罪者なら、なおさらね。悪の芽は一刻も早く摘んでおかなきゃ。まあ、あんたたちのことが昔から大嫌いだった私の個人的な感情もあるけどね」
――fin――
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