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第5章 ~ペイン海賊団編~
―83― 襲撃(27)~父と息子~
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「待ちやがれェェェ!!」
バーニー・ソロモン・スミスは剣を手に走る。
過分についた肉が――特に腹回りの肉が揺れる。何よりも、斬りつけられたばかりの手足の傷が更なる痛みを伴って彼の肉体に痛苦の悲鳴をあげさせる。
だが、立ち止まってなどいられない。
あいつらは、今から自分の父親を殺しにいこうとしているのだ。
怪鳥の背に乗っている海賊3人のうちの1人が、スミスを振り返り、側にいる者に問う。
「……なあ、何だよ、”アレ”?」
少し太り気味の一兵士が剣を手に、”親の仇を討たんばかり”の凄まじい形相のうえ、ドスドスという擬態語がここまで聞こえてきそうなほどの勢いで自分たちを追ってきている……
「知るかよ。どうせ、普通の人間には何もできやしねえんだし、あの変なのはスルーしとうこぜ」
普通の人間は、といっても俺らも魔導士の力は持っていない普通の人間だけど、この臭い鳥に乗っている間は下から手出しされることはないぜ。空を鳥のように自由自在に飛べる人間など、普通はいやしねえし、俺らは今から操舵室にいる野郎どもをザクッと殺(や)りにいくんだからよ、と。
奴らは知らない。
そして、奴らは”これから先も”知ることはない。
必死で自分たちを追ってくるあの兵士は、今、この船の操舵室にいる者の1人の息子であるということを。自分たちが、ある父と息子の歩む道を別ってしまうことを。
生者が歩む道と、死者が歩む道という異なる道へと……
1対3。3対1。
囮となったヴィンセントは、たった1人で3人の海賊に対峙していた。
シュッと風を斬る音とともに、海賊の刃がヴィンセントの頬をかすめた。
「……!!」
鋭い痛みとともに血がつたう。彫刻のごとき美貌であるも、生身の人間であるヴィンセントの頬から真っ赤な血がつたった。
彼の血肉を裂かんする刃は1本ではない。
”正面から”3本の刃は飛び交ってくる。
この3人の海賊たちは、いわば本船待機組の海賊たちの中において、戦闘能力は二軍とされる構成員であった。一軍として本船より怪鳥に乗ってやってきたエルドレッドや(すでにパトリックによって倒されてはいるが)ロジャーたちほどの戦闘能力は有してはいない。
だが、文武に優れ、何事にも上達が早く、神から愛されて生まれてきたとしか思えないヴィンセントであっても、二軍の構成員相手とはいえ1対3という卑怯な状況でなぶり殺しされんとしている今においては、自身の剣でその刃を防ぎ、身をよじり、あるいは伏せることが精一杯で、奴らに反撃をする隙を見つけることは困難であると言える次元は超えていた。
あの壮絶なまでに性悪のルイージでさえ、獲物と定めたルークが他のペイン海賊団構成員と刃を交え始めた時は、彼なりのルールがあるのか、”虐めや凌辱の時はともかく”剣での戦いにおいては2対1でルークを嬲ることなどはせず、トレヴァーに標的を移し1対1で戦っているというのに。
ヴィンセントがこうして多勢に無勢と言える状況で、”じわじわと”嬲り殺しされんとしていることの原因は、彼のその生まれ持った美貌にあった。
仮にヴィンセントの容貌が十人並、もしくは醜男の部類に入るものであったなら、この卑劣な海賊3人は”とっととカタをつけて”甲板上の次なる獲物へと刃を振り上げていただろう。
たかが顔の皮1枚、されど顔の皮1枚。
ヴィンセントの際立った美しさは、奴らの「美しいものを嬲りたい、滅茶苦茶にしたい」という奴らの残虐な欲望を湧き上がらせていたのだ。
――ずいぶん綺麗な野郎だな。ジムも俺たちの中にいりゃあ、まずまずのイイ男だけどよ。この美形野郎と比べると格が違うっていうか……やっぱ、世界ってのは広いモンだってことか。
――こいつ、顔や体に傷は少し傷はついちまったけど、生け捕りにして売ることができねえか? 性が売りモンになるのは、女だけじゃないし……金持ちの好き者ババアとかに高値で売れるんじゃねえか。
――サックリ殺しちまうには、惜しい男だが……いつまでも、こいつで遊んでいるわけにはいかねえ。そろそろ、”カタをつける”とするか……
海賊の1人が残る2人へと目配せをした。
そろそろ、カタをつけるか。そろそろ、この赤毛の超美形野郎を殺して”次に”いくか、と――
一瞬で伝染した”本気の”殺意。
「!!!」
1人の刃が、ヴィンセントの心臓をめがけ、彼の息の根を止めんと風を切り裂き発された。
「ぐ……っ……」
その刃はヴィンセントの肉体を傷つけた。そして、ヴィンセントに苦痛の呻き声をもあげさせた。
しかし、ヴィンセントは自身に”致命傷を与えんとする一撃”は間一髪かわしたのだ。けれども、”致命傷ではない一撃”をその身に受けてしまった。
今も脈打ち続けている彼の心臓ではなく、彼のその左腕が赤く染まっていったのだから――
「おいおい、もう、いい加減、諦めろって。たっぷり遊んでやったんだから、もうそろそろ、大人しく殺されろっつうの」
海賊の1人が、まだ若いだろうに歯茎が下がりまくった乱杭歯をのぞかせ、生臭い唾液を滴り落さんばかりの醜悪な笑みを見せた。
刺された傷口からの血は瞬く間にヴィンセントの左手の指先までに伝っていき……甲板にボタボタと滴り落ちていく。
死の刃を光らせ、じわじわと迫り来る3人の卑劣なる海賊。
後ずさるヴィンセント。
だが、彼は左腕を血に染めながらも、右手の剣を握りしめ、この絶体絶命の状況においても迫り来る死に屈することはなかった。彼のそのこげ茶色の瞳の、闘志という炎は――”この命が持つ限り、最期まで戦い抜く”という、その炎は消え失せやしなかった……
そして、その時、ついに――
「ヴィンセント!!」
「スクリムジョー!!」
救いの声が聞こえた。
それも、2人の者からの救いの声が――
救いの声が聞こえただけでない。その救いの声の主たちは、それぞれ全くの逆方向から今にも殺されんとしているヴィンセントの所へ駆けつけてきたのだ。
ルーク・ノア・ロビンソンとパトリック・イアン・ヒンドリー。
自分と対峙している海賊を倒すことができた彼ら。
そして、仲間であるヴィンセントの残酷な窮地にほぼ同時に気づいた彼らは、ヴィンセントの助太刀をせんと、卑怯な3人の海賊たちへと剣を手に勇ましく立ちはだかった。
バーニー・ソロモン・スミスは剣を手に走る。
過分についた肉が――特に腹回りの肉が揺れる。何よりも、斬りつけられたばかりの手足の傷が更なる痛みを伴って彼の肉体に痛苦の悲鳴をあげさせる。
だが、立ち止まってなどいられない。
あいつらは、今から自分の父親を殺しにいこうとしているのだ。
怪鳥の背に乗っている海賊3人のうちの1人が、スミスを振り返り、側にいる者に問う。
「……なあ、何だよ、”アレ”?」
少し太り気味の一兵士が剣を手に、”親の仇を討たんばかり”の凄まじい形相のうえ、ドスドスという擬態語がここまで聞こえてきそうなほどの勢いで自分たちを追ってきている……
「知るかよ。どうせ、普通の人間には何もできやしねえんだし、あの変なのはスルーしとうこぜ」
普通の人間は、といっても俺らも魔導士の力は持っていない普通の人間だけど、この臭い鳥に乗っている間は下から手出しされることはないぜ。空を鳥のように自由自在に飛べる人間など、普通はいやしねえし、俺らは今から操舵室にいる野郎どもをザクッと殺(や)りにいくんだからよ、と。
奴らは知らない。
そして、奴らは”これから先も”知ることはない。
必死で自分たちを追ってくるあの兵士は、今、この船の操舵室にいる者の1人の息子であるということを。自分たちが、ある父と息子の歩む道を別ってしまうことを。
生者が歩む道と、死者が歩む道という異なる道へと……
1対3。3対1。
囮となったヴィンセントは、たった1人で3人の海賊に対峙していた。
シュッと風を斬る音とともに、海賊の刃がヴィンセントの頬をかすめた。
「……!!」
鋭い痛みとともに血がつたう。彫刻のごとき美貌であるも、生身の人間であるヴィンセントの頬から真っ赤な血がつたった。
彼の血肉を裂かんする刃は1本ではない。
”正面から”3本の刃は飛び交ってくる。
この3人の海賊たちは、いわば本船待機組の海賊たちの中において、戦闘能力は二軍とされる構成員であった。一軍として本船より怪鳥に乗ってやってきたエルドレッドや(すでにパトリックによって倒されてはいるが)ロジャーたちほどの戦闘能力は有してはいない。
だが、文武に優れ、何事にも上達が早く、神から愛されて生まれてきたとしか思えないヴィンセントであっても、二軍の構成員相手とはいえ1対3という卑怯な状況でなぶり殺しされんとしている今においては、自身の剣でその刃を防ぎ、身をよじり、あるいは伏せることが精一杯で、奴らに反撃をする隙を見つけることは困難であると言える次元は超えていた。
あの壮絶なまでに性悪のルイージでさえ、獲物と定めたルークが他のペイン海賊団構成員と刃を交え始めた時は、彼なりのルールがあるのか、”虐めや凌辱の時はともかく”剣での戦いにおいては2対1でルークを嬲ることなどはせず、トレヴァーに標的を移し1対1で戦っているというのに。
ヴィンセントがこうして多勢に無勢と言える状況で、”じわじわと”嬲り殺しされんとしていることの原因は、彼のその生まれ持った美貌にあった。
仮にヴィンセントの容貌が十人並、もしくは醜男の部類に入るものであったなら、この卑劣な海賊3人は”とっととカタをつけて”甲板上の次なる獲物へと刃を振り上げていただろう。
たかが顔の皮1枚、されど顔の皮1枚。
ヴィンセントの際立った美しさは、奴らの「美しいものを嬲りたい、滅茶苦茶にしたい」という奴らの残虐な欲望を湧き上がらせていたのだ。
――ずいぶん綺麗な野郎だな。ジムも俺たちの中にいりゃあ、まずまずのイイ男だけどよ。この美形野郎と比べると格が違うっていうか……やっぱ、世界ってのは広いモンだってことか。
――こいつ、顔や体に傷は少し傷はついちまったけど、生け捕りにして売ることができねえか? 性が売りモンになるのは、女だけじゃないし……金持ちの好き者ババアとかに高値で売れるんじゃねえか。
――サックリ殺しちまうには、惜しい男だが……いつまでも、こいつで遊んでいるわけにはいかねえ。そろそろ、”カタをつける”とするか……
海賊の1人が残る2人へと目配せをした。
そろそろ、カタをつけるか。そろそろ、この赤毛の超美形野郎を殺して”次に”いくか、と――
一瞬で伝染した”本気の”殺意。
「!!!」
1人の刃が、ヴィンセントの心臓をめがけ、彼の息の根を止めんと風を切り裂き発された。
「ぐ……っ……」
その刃はヴィンセントの肉体を傷つけた。そして、ヴィンセントに苦痛の呻き声をもあげさせた。
しかし、ヴィンセントは自身に”致命傷を与えんとする一撃”は間一髪かわしたのだ。けれども、”致命傷ではない一撃”をその身に受けてしまった。
今も脈打ち続けている彼の心臓ではなく、彼のその左腕が赤く染まっていったのだから――
「おいおい、もう、いい加減、諦めろって。たっぷり遊んでやったんだから、もうそろそろ、大人しく殺されろっつうの」
海賊の1人が、まだ若いだろうに歯茎が下がりまくった乱杭歯をのぞかせ、生臭い唾液を滴り落さんばかりの醜悪な笑みを見せた。
刺された傷口からの血は瞬く間にヴィンセントの左手の指先までに伝っていき……甲板にボタボタと滴り落ちていく。
死の刃を光らせ、じわじわと迫り来る3人の卑劣なる海賊。
後ずさるヴィンセント。
だが、彼は左腕を血に染めながらも、右手の剣を握りしめ、この絶体絶命の状況においても迫り来る死に屈することはなかった。彼のそのこげ茶色の瞳の、闘志という炎は――”この命が持つ限り、最期まで戦い抜く”という、その炎は消え失せやしなかった……
そして、その時、ついに――
「ヴィンセント!!」
「スクリムジョー!!」
救いの声が聞こえた。
それも、2人の者からの救いの声が――
救いの声が聞こえただけでない。その救いの声の主たちは、それぞれ全くの逆方向から今にも殺されんとしているヴィンセントの所へ駆けつけてきたのだ。
ルーク・ノア・ロビンソンとパトリック・イアン・ヒンドリー。
自分と対峙している海賊を倒すことができた彼ら。
そして、仲間であるヴィンセントの残酷な窮地にほぼ同時に気づいた彼らは、ヴィンセントの助太刀をせんと、卑怯な3人の海賊たちへと剣を手に勇ましく立ちはだかった。
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