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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―58― 岐路(3) まだ五十手前の年齢であったにもかかわらず、既にこの世を去って久しい男がそこに立っていた。
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トレヴァーの最後の記憶は断片的であった。
連続した時間に彼の身を襲ったはずなのに、粉々に砕かれ不揃いな欠片となった記憶は、底抜けに冷たい水の中に散らばってしまったかのようであったのだ。
火の塊で体を刺し貫かれたがごとき激痛。
視界は歪み、息ができない。
錆びたような味の液体が口から溢れ出す。
耳鳴りがし、指先が冷えゆく。
駄目だ!
ここまできて、あいつらをまた野放しにしてしまったらどうなるんだ?!
だが、体は何も言うことを聞かない。
立ち上がることができない。
ルーク、ディラン、フレディたちが俺の名を呼んでいる。
答えたい。
でも、その声に答えることすらできない。
強烈な花の香り。
場違いな芳香。
…………俺は……ここで死ぬのか?!
その場違いな芳香は、エマヌエーレ国の新顔女性魔道士が身に纏っている香水であり、なお、彼女こそが死出の旅へと向かうトレヴァーを間一髪この世に引き止めてくれてもいたのだが、彼はその事実を知らぬまま生と死の岐路に立っていた。
※※※
トレヴァーはただ一人、丘の上に佇んでいた。
腹の傷は消えていた。
何もかもが夢であったのかのように。
いつから、ここにいるのか?
どうして自分がここにいるのか……というより、どうして自分がここへと――見覚えのあるアドリアナ王国の大地へと――”戻ってきているのか”が最初は分からず、混乱していた。
だが、彼はすぐに一つの結論へと達さざるを得なかった。
そうか、俺は死んだのか……。
死んだ俺の魂は海を超え、生を受けた大地へと戻ってきたんだ、と。
両手で顔を覆ったトレヴァー。
「…………すまない」
それは彼と縁を紡いできた全ての者に対する言葉であったのかもしれない。
ともに旅立った仲間たち。そして、家族。
しっかりと紡がれてきた縁、そして、より強く結びつくこととなった縁。
だが、もう……二度と会えない。
一緒に笑いあうことも、この腕に抱きしめることもできない…………。
顔を覆い、肩を震わせ続けるトレヴァーを慰めるかのように、優しい春風が緑の丘を駆け抜けていく。
彼はその優しい風の中で、自分の名を呼ぶ声を聞いたような気がした。
空耳か?
いや、確かに聞こえた。
彼はその声の主を――酒やけしたような特徴的な声の原因は酒などではなく、持病であった咳の病に起因していたのだということまでをも――覚えていた。
「……トレヴァー」
再度、名前を呼ばれ振り返ったトレヴァー。
「団長……?」
深い海を思わせるような青の瞳、白と灰色が混じりあった頭髪。
まだ五十手前の年齢であったにもかかわらず、既にこの世を去って久しい男がそこに立っていた。
連続した時間に彼の身を襲ったはずなのに、粉々に砕かれ不揃いな欠片となった記憶は、底抜けに冷たい水の中に散らばってしまったかのようであったのだ。
火の塊で体を刺し貫かれたがごとき激痛。
視界は歪み、息ができない。
錆びたような味の液体が口から溢れ出す。
耳鳴りがし、指先が冷えゆく。
駄目だ!
ここまできて、あいつらをまた野放しにしてしまったらどうなるんだ?!
だが、体は何も言うことを聞かない。
立ち上がることができない。
ルーク、ディラン、フレディたちが俺の名を呼んでいる。
答えたい。
でも、その声に答えることすらできない。
強烈な花の香り。
場違いな芳香。
…………俺は……ここで死ぬのか?!
その場違いな芳香は、エマヌエーレ国の新顔女性魔道士が身に纏っている香水であり、なお、彼女こそが死出の旅へと向かうトレヴァーを間一髪この世に引き止めてくれてもいたのだが、彼はその事実を知らぬまま生と死の岐路に立っていた。
※※※
トレヴァーはただ一人、丘の上に佇んでいた。
腹の傷は消えていた。
何もかもが夢であったのかのように。
いつから、ここにいるのか?
どうして自分がここにいるのか……というより、どうして自分がここへと――見覚えのあるアドリアナ王国の大地へと――”戻ってきているのか”が最初は分からず、混乱していた。
だが、彼はすぐに一つの結論へと達さざるを得なかった。
そうか、俺は死んだのか……。
死んだ俺の魂は海を超え、生を受けた大地へと戻ってきたんだ、と。
両手で顔を覆ったトレヴァー。
「…………すまない」
それは彼と縁を紡いできた全ての者に対する言葉であったのかもしれない。
ともに旅立った仲間たち。そして、家族。
しっかりと紡がれてきた縁、そして、より強く結びつくこととなった縁。
だが、もう……二度と会えない。
一緒に笑いあうことも、この腕に抱きしめることもできない…………。
顔を覆い、肩を震わせ続けるトレヴァーを慰めるかのように、優しい春風が緑の丘を駆け抜けていく。
彼はその優しい風の中で、自分の名を呼ぶ声を聞いたような気がした。
空耳か?
いや、確かに聞こえた。
彼はその声の主を――酒やけしたような特徴的な声の原因は酒などではなく、持病であった咳の病に起因していたのだということまでをも――覚えていた。
「……トレヴァー」
再度、名前を呼ばれ振り返ったトレヴァー。
「団長……?」
深い海を思わせるような青の瞳、白と灰色が混じりあった頭髪。
まだ五十手前の年齢であったにもかかわらず、既にこの世を去って久しい男がそこに立っていた。
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