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第7章 ~エマヌエーレ国編~

―57― 岐路(2) この旅路において3人が死に、4人が生き残る。

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 トレヴァー・モーリス・ガルシアはただ一人、生と死の岐路へと立たされていた。

 海の上でも多数のアドリアナ王国の兵士たちが死出の旅へと赴いた。
 惨たらしい爪痕の上に立てられし無念の墓標。
 それらに新たな墓標も加わってしまうかもしれない……。

 海の上で散った兵士たちの命を軽んじているわけで決してないが、希望の光を運ぶ者たちにとって、トレヴァーはとりわけ特別な存在であった。
 友情や絆も、過ごした時間と必ずしも比例するわけではないが、中でもルークとディランは彼とはより長い時間を共有してきたのだ。
 アドリアナ王国の最北のデブラの町で出会い、穏やかな性格であるも頼れる兄貴分といった彼とは昔からの友人であったかのように意気投合し、その後、レイナ(マリア王女の肉体)を追いかけてきたフランシスたちに宿が襲撃され……といった事件から始まり、これまでに幾度もともに死線をくぐり抜けてきた。
 そのトレヴァーが今この瞬間にも逝ってしまうかもしれない。

 魔道士フランシスから伝えられた不吉な予言(第3章 ー3ー 道は開かれた(3)参照)が各々の脳裏に蘇ってくる。

「”未来を見た者”から伝えられたことを、私はそのまま、あなた方にお伝えいたします。今から5年後、あなたたち7名の中のうちの3名がこの世界で生を紡ぐ姿が見えないと……」

 この旅路において3人が死に、4人が生き残る。
 あの予言はハッタリではなく真実であり、3人のうちの1人がトレヴァーであるということなのか? 

 今回は何もしていないフランシスにとっては理不尽なことであるが、トレヴァーの足元から枕元へとにじり寄って来んとしている死神はフランシスの顔をしているとしか思えなかった。

 死ぬな、トレヴァー。
 俺たちにはこれから為すべきことがあるんだ。
 皆、お前が戻ってくるのを待っている。
 俺たちだけじゃない。 
 お前にはライリーさんやジョーダンだっているんだ……!

 日が高く昇った今も、トレヴァーの容態はいつ急変してもおかしくない状況が続いている。
 医者のハドリー・フィル・ガイガーも渋い顔で言っていた。

「……後はもう本人の生命力次第だな。体に厚みのない男だったら、おそらくここまで持たなかったはずだし。この筋肉の鎧みたいな生来の体の頑強さと、その場で受けた応急措置で今も何とか持ちこたえているんだろう」


※※※

 応急処置。
 あの時、警備隊とともに馬に乗って駆けつけてきた兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーは後ろに若い女性を乗せていたのだ。

 兵士隊長は瀕死状態のトレヴァーに気づき、顔色を変えた。
 その兵士隊長の後ろより顔をのぞかせた細身の女性――服装こそ華美ではないも、首から上は「今からどこかの舞踏会に行くのですか?」と問いたくなるほどに綺羅びやかな”武装”を隙なく施した女性――もトレヴァーを見て、ハッとした。
 彼女は前の兵士隊長に何かを言い、即座に頷いた兵士隊長とともに馬から降り、トレヴァーの元へと駆けつけてきた。

 土埃と血の匂いに、彼女が身にまとっている香水の香りが混じり合う。

「……あ、あのネエちゃん……確か魔道士団の一人だろ? 顔見たことあるぜ……っ……」

 ゼエゼエと息を吐きながら、そう言ったのはバーニー・ソロモン・スミスであったろうか。

 新顔の女性魔道士はトレヴァーの傷口に直接の手当をするのかと思いきや、自身の右手を仰向けに倒れたトレヴァーのつむじの少し前から臍の少し下まで一直線にスーッとかざしていった。
 何らかのポイントを見つけたらしい彼女は、トレヴァーの臍の少し下に両手を添え、小声で呪文らしきものを呟きだした。

 回復系の魔術か?
 傷口より流れ出していた血の勢いが収まったような……何よりも、みるみるうちに土気色に近づいていっていたトレヴァーの頬にほんの少しだけ赤みが、すなわち生命力が戻ってきたのは明らかであった。

 死へと続く道を歩みつつあったトレヴァーが引き返してくる。
 少なくとも岐路にまでは。

 彼女も”それ”を、すなわち自身の術のひとまずの成功を確信したらしい。
 安堵の表情。
 だが、彼女もついに限界を迎えたらしく、白目を剥き、泡を吹いてぶっ倒れてしまった。
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