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第5章 ~ペイン海賊団編~

―47― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(29)~レイナ、そしてルーク~

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 4人目のペイン海賊団構成員である、エルドレッドという名の青年の人相書き。

 ただの紙に描かれた人相書きからでもほとばしってくる凶悪さや、裏社会で生きる者に染みついているオーラなどは、このエルドレッドからは感じられなかった。
 ホワイトアッシュの髪の毛に、青色の瞳であるらしい彼の顔立ちは、まずまず整っている方であるだろう。絶対に醜男とは形容できない容姿であるが、美形やハンサムなどと形容するには今一歩足りない感じであった。
 彼の顔立ちは濃いわけではなく、ややあっさり目といったところか。”希望の光を運ぶ者たち”の中でいうと、ヴィンセントよりもフレディに近い系統の顔立ちをしていた。 


 彼の場合は、先の3人の海賊たちのように、凶悪犯を手配する人相書きというよりも、行方不明者の捜索のために町に時折、貼り出されているおたずね書きを思わせた。
 そう、エルドレッドなる青年は、彼自身も”自分を探している”かのような、どこか寂し気であり、また哀し気な表情で描かれている。

 そのうえ、彼には、先の3人の海賊たちとは異なる点が、もう1点ほどあった。その異なる点について、パトリックは持ち前の観察眼で冷静に分析しはじめていた。

 いや、分析というか、”分類”といった方が正確であるだろう。
 ジョセフ王子など特別な立場にある方は除くとして、この世の中の男を各々の体格や醸し出す雰囲気で、”極端なまでに”ざっくり2つに分類するとしたなら、「体育会系」か「文化系」に別れるであろう。
 ちなみに、これは非常にざっくりとした分類であるから、もちろん、分類外の該当者もいる。例えば、ヴィンセントは「フェロモン系」、魔導士ピーターは「不思議系」という、パトリックが勝手に作った名称による位置づけになるだろう。
 パトリックは、ピーターとはかれこれ10年近く、同じ城内で過ごしてはいるものの、眠ってばかりの彼の顔がいまだにぼやけたような感じでしか思い出せず、碌に話もしたことがないため、とらえどころのない飄々とした不思議な人物であった。

 男社会において、兵士としての訓練を積み上げてきたパトリック自身は、間違いなく「体育会系」に分類される。
 ”希望の光を運ぶ者たち”のルーク、ディラン、トレヴァー、フレディの4人も「体育会系」である。そのうちのディランは、顔立ちだけを見れば「文化系」寄りであるが、身体能力が高く、引き締まった体つきをしており、またルークたちと並んでいる姿を見ていると、彼も「体育会系」に分類されるであろう。
 

 そして、今、パトリックの隣でともに人相書きを眺めているダニエルは、間違いなく「文化系」である。
 首都シャノンにいる魔導士コンビ、カールとダリオも、彼らの賢げな顔立ちや醸し出す雰囲気からすると「文化系」になるであろう。

 それに、何より……パトリックが「文化系」の人物を考えると、真っ先に思い出してしまう青年がいた。
 人形職人オーガスト・セオドア・グッドマン。
 マリア王女への愛だけのために、悪しき魔導士たちと行動をともにし続けるという愚かであり、永遠に報われることのない選択をした青年。線が細く、どこか儚げで文学青年風情の雰囲気を持つあの者こそ、パトリックの脳内分類における「文化系」の男の主たるサンプルのような人物であった。


 
 パトリックの眼前にある、エルドレッドの人相書きも、ダニエル、カール、ダリオ、オーガストと同様の「文化系」の雰囲気を醸し出していた。
 人相書きにて確認した先の3人の海賊たち、マイルズ、アトキンス、オルコックかオルコットの、いかにもな「体育会系」(より正確に言うと、「凶悪な体育会系」)な雰囲気とは対照的だ。
 エルドレッドは「弓矢使い」と記されてはいるものの、彼はもっと違うことを――そう、人形職人オーガストと同じように、何かを作り上げる、もしくは表現するといった芸術的なことを得意としているか、または好んでいるのでは、とまで想像してしまった。


 1枚の人相書きから、いろいろとイマジネーションを働かせていたパトリックは、より突き詰めて考える。
 このエルドレッドという青年が、他の3人の海賊とは違い、一見海賊には見えない風貌であっても、この者もペイン海賊団の一員――それも4人目の人相書きであることからして、おそらく幹部のような立場にいるのであろうと……
 確かに、彼の人相書きに記されている情報は、先の3人に比べると少ない。
 けれども、襲撃や殺戮、そして女性に対する凌辱に彼が”関わっていない”なら、人相書きが残されているはずなどない。
 罪なき者たちを”弓矢で殺してなどいない”なら、ここに弓矢使いなどと記されるはずはないだろう。
 エルドレッドの性癖については記されていない。だが、”凌辱に関わっていない”なら、間近で顔を見られて、こうも詳細な人相書きが残されるはずがないだろう。
 この”海賊・エルドレッド”もまた、裁判の余地などもなく、即日極刑に値する罪を犯し続けている極悪非道な殺戮集団の一員であることには変わりがないのだ。
 いや、むしろ、見た目から凶暴さや荒々しさを感じさせない分だけ、底知れぬ”何か”を孕んでいる人物であるのかもしれない……


 ダニエルが無言のまま、次なる人相書きへと手を伸ばした。
 そして、パトリックも次なる人相書きを目で追った。

 5枚目、6枚目……と、海の凶悪犯たちの人相書きがこすれあう乾いた音。
 30人前後であるらしいペイン海賊団の構成員の、おおよそ三分の一の顔面と情報を掴んでいるアドリアナ王国。
 いたるところで襲撃を繰り返しているペイン海賊団の全員が、今も存命中とは限らない。中には獲物からの反撃にあって、命を落とした者もいるであろう。
 だが、ペイン海賊団は、この広大な海のどこかで、多数の国(アドリアナ王国も含む)の追跡を逃れ、罪なき者の命や貞操を奪いつくし、暴れ狂っているのだ。

 
 人相書きは終わりへと近づいてきた。
 そして、最後の1枚だけは人相書きではなかった。
 最後の1枚には、海賊たちの情報が文字だけで記されていたのだから……


「こ、こ、子供まで、ペイン海賊団で働かされているのですか?」
 血の気のない唇で問うダニエルに、パトリックは「ええ、そのようです」と頷いた。
 最後の1枚には、こう書かれていた。


”左脚を引きずって歩く、ランディーという名の子供もいた。
彼は、船内に監禁された女性たちに、水や食料をこっそり差し入れていたが、他の海賊たちに見つかり、頭を小突かれたりしていた。”と……

 
 このランディーという名の子供についての記述は、たったこれだけで終わっていた。容姿についての詳細な記述もない。
 ダニエルも、パトリックもやるせなかった。
 凶悪で残虐なペイン海賊団にて、どういった経緯かは分からないが”まだ分別のついていない”子供も働かされている。
 この子供については、海賊船に監禁され暴行された女性たちに、水や食料を差し入れるといった行動がこうして記録されている。
 まさに、その行動は女性たちにとっては地獄の中にある、”本当に小さな救いの光”であっただろう。
 ”非力な子供”1人で、恐ろしい海賊たちに逆らうことは無理であるが、ランディーはまだ海賊たちに完全に毒され、同調してはいないのだろう。こうして、人としての心が残っている行動を見せているのだから……
 このランディーもまた、ペイン海賊団の被害者であり、助け出さなければならない者なのかもしれない。
 

 顔を見合わせ、頷きあったダニエルとパトリック。
 だが、彼らは大きな誤解をしていた。 
 ランディーなる人物の詳細な年齢予測はなく、記されていた”子供”という言葉より、彼らはともに10才前後――いや10才未満の少年の姿を想像してしまったのだが……

 ペイン海賊団の見張りボーイ、ランディー・デレク・モットは、ルークやディランよりたった1才年下なだけであり、小生意気な少年魔導士ネイサン・マイケル・スライよりも2才年上の17才であるということを。
 単に、ランディーの体格は二次性徴を迎えている年齢にしてはかなりの子供寄りであり、顔立ちも幼いという要因と、他の構成員たちがあまりにも雄くさい外見であるという状況が加わり、「子供」といった表現で記されてしまっているだけであったことに。
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