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第7章 ~エマヌエーレ国編~

―51― 市場にて(5) え? そんな場所で因縁の再会?!!

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 土埃が舞い上がり、どよめきと悲鳴があがったのは一瞬のことだった。
 周囲にいた者たちはいまや静まり返り、というよりもその場で固まってしまうしかなかった。
 そりゃあ、そうだろう。
 諍いや暴力が日常茶飯事の世界で生きているような者ならともかく、そうでない者にとっては「いったい何事か?!」と驚くしかなく、自分にも火の粉が降りかかってくるかもしれないという恐怖すら感じさせる光景なのだから。

 だが、何も事情を知らない者たちの目から見ると、押さえつけてる側も押さえつけられている側も、いかにもな悪人(ワル)といった分かりやすい面(ツラ)や風体はしていない。
 特に押さえつけている側の赤毛の男に至っては、この近隣の劇場で活躍している人気俳優たちですら一瞬で霞んでしまうほどの美貌であり、明らかにただならぬ事態であっても、ついつい”そちら”に目を奪われてしまっていたのだから。
 
 一番の注目の的となってしまっていてるヴィンセントはケヴィンの耳元へと顔を近づけ、声を落とし囁いた。

「ケヴィン・ギャレット・カーシュですね? 久々の挨拶などしている場合でないことは、あなた自身が良くお分かりかと」

 海を越えた大地でのまさかの再会。
 ここまでか、とケヴィンはギュッと目をつぶる。

「……すまなかった……本当に…………城でのことについてはきちんと説明を……」

「そ、その話については後です。い、今、あなたは……いいえ、”あなたたち”は現在進行形で他の件にも関わっているのでしょう?」

 ダニエルも声を抑えつつ言う。
 ケヴィン自身は正犯でないとはいえ、ダニエルの生家で起こされた窃盗事件ならびに、何よりアドリアナ王国の王子殿下に対する詐欺についてもより深く詮議する必要はある。
 なお、ヴィンセントたちとて、ペイン海賊団構成員とケヴィンが並んで立っていたと仮定したなら、前者を捕らえることを確実に優先する。
 その凶悪度は段違いであるし、野放しにしてしまった場合、周りに及ぼすであろう被害度の差だって尋常じゃない。
 そもそもケヴィン単体なら別に凶悪でないことは知っているし、周りに害をなすこともまずないだろうとも。
 しかし、この彼と現在進行形で繋がっている者たちが……背後で糸を引いているであろう黒幕が大問題なのだ。
 その糸の絡まり具合によっては、このケヴィンもこちらで”保護”する必要があるのかもしれないとダニエルも、そしてヴィンセントも思い始めていた。

「ヒューとクレアという名の影生者の双子に心当たりはお有りでしょう。なお、”善悪ではなく損得で他人へと従う”その双子たちに指示を出している魔導士につきましても、あなたが知っている限りのことを全て話していただきます」

 ケヴィンの肌がゾゾゾゾッと粟立った。
 ヒューとクレアの名前ならびに影生者であることだけでなく、二人が何を判断基準にして生きてきたのかまでを、こいつらは知っている。

 もうそこまでバレているというか、掴まれてしまっているのか? ヒューの奴、上手くやれてたつもりみたいだったけど、しっかりバレてるじゃねえか?! 向こうにはやたら強者の爺さん魔導士がいるみたいな話をヒューはしていたけど、その爺さん魔導士によって全部掴まれてしまったのか……?

 思い返せば、ヒューとクレアにはその生い立ちの割にはどこか考えが甘いところがあった。
 それはいざとなったら姿を消して逃げることができるがゆえか、”危ない橋を渡る”ことは幾度もあっても、運良く実際に”痛い目を見たことはなかった”からなのもしれないが。

 しくじっちまったよ。二人ともすまねえ……。

 とっくに抵抗を止めていたケヴィンは、心の中で双子たちに懺悔するしかなかった。
 自分の”しくじり”――今日という日、このタイミングで市場に買い物に行くという行動を選択しなければ、捕らえられてしまうことにはならなかった――によって、ヒューもクレアも間違いなく芋づる式に捕まるであろう。
 姿を消して逃げようとしたところで、ヒュー自身も向こうの爺さん魔導士には勝てやしないことは最初から分かっているみたいだし、その予測通りの結末になるに違いない。
 
 ”すまないという彼らに対する詫びの感情の方が若干上回ってはいたも、ケヴィンの心には”これでやっと”胸のつかえをとることができるといった複雑な感情も同時に生まれてはいた。
 ヒューとクレアが捕まる。
 その後、懲役刑に処される。
 予測するに、彼らは三年から七年ほどの自由を犯してきた罪の償いとして放棄しなければならないだろう。
 それでもまだ、やり直すことはできる。
 何より、ヒューとクレアが”あの得体の知れない魔導士”と手が切れ――もしかしたら”あいつ”も捕まるかもしれない――今以上に深く関わりあうことは無くなるのだ。
 彼らの手がいつか本当に血に染まってしまうのではないか、というケヴィン自身の恐れだって無くなるのだ。
 ケヴィンは確かに影生者兄妹と行動をともにしていた。
 しかし、彼の見ていた方向は――誰しもが一度しかないこの人生においてどのように生きていきたいと思っていたかは――違っていたのだから。


※※※


 同じ市場内の出来事とはいえ、今、ルークが居る場所からはヴィンセントとダニエルがケヴィンを捕らえている姿は見えなかったし、一瞬だけ巻き起こった悲鳴もどよめきなども全く聞こえてはこなかった。

 目の下にクマを作ったままのルークは大きな欠伸をする。
 欠伸とともに、ルークの胸はまた痛み出す。
 ランディーはもう何もできなくなってしまったのだ。
 泣いたり笑ったりして人生を楽しむことだけじゃなく、欠伸をするなどといった生理現象すらも。
 ”あいつら”によって、その命は永久に奪われてしまったのだから。

 ルークはブルッと身を小さく震わせる。
 思ったそばから、また別の生理現象が彼へと襲い掛かってきたらしい。

「ちょっと小便に行ってくる」

 傍らのディランに伝え、ルークはトイレを探しに行った。
 人混みへと消えゆくルークのその後ろ姿を、ディランも、トレヴァーも、フレディも心配そうに見つめるしかなかった。

 ルークは、ただ用を足しに行くだけだった。
 これほど人が集まった市場で騒ぎを引き起こす気など彼には毛頭なかった。
 それは、皮肉なことに奴もそうだった。
 しかし、そうはならなかった。
 ルークが見つけた市場内のトイレ――食べ物が並んだ屋台からは距離を取られているうえ、”ここはトイレですよ”という独特の臭いを醸し出しているから、すぐに場所は分かった――に入ろうとした時、ちょうどそこから出てきた者にバッタリ出くわしてしまった。
 そう、ジェームス・ハーヴェイ・アトキンスに。
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