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第7章 ~エマヌエーレ国編~
―46― ところ変わって、レナートの今(2) レナート vs チリチリ頭
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レナートは後ずさった。
アウトローの中のアウトローであるレナートですら、後ずさらずにはいられなかった。
魔導士クリスティーナの生首――化粧は無惨なまでに剥げ落ち、両の瞳は薄く開いているも、その唇は血にまみれ、苦痛と無念に歪んでいるクリスティーナの生首――を眼前に突き付けられたのだから!
何も死体を見るのは初めてというわけではない。
これまでに獲物ならび仲間問わず、生首どころか、もっと凄惨な状態の死体だって見たことはあるし、レナート自身がその手で(というか鉤爪で)二目と見られない死体を作ったことだってある。
生首程度で、嘔吐したり失禁したり、ましては発狂状態に追い込まれたりなどするようなレナート・ヴァンニ・ムーロではない。
後ずさった体勢のまま言葉を失っているレナートの”表情”を確認したチリチリ頭は、その口からクスッと笑いを漏らした。
「ビンゴみたいだね。この人が”少し前までの”魔導士クリスティーナ……いや、九十一年前の春先にアドリアナ王国にて誕生した記録が残っているクリスティーナ・クラリッサ・レディントンかぁ」
レナートはクリスティーナの本名を初めて知った。
摩訶不思議でプチ怪物っぽい異様さを醸し出していたクリスティーナにも、普通の人間と同じように戸籍を持っていたのだ。
何より……”九十一年前に生まれたってのなら、今は九十一歳のババアになってないとおかしいだろうが! なんで、その半分程度の見た目のままだったんだ?! 第一、そいつは女じゃなくて、顔も声も体つきもどっからどう見てもおっさんでしかなかったろ?!”……と、レナートは思わずにはいられなかった。
いや、クリスティーナにまつわる謎を解き明かすのは後回しというか、今のレナートにとっての最優先事項ではない。
物語における悪役が自分たちの手に落ちた英雄に味方の生首を突き付けるという構図ならありそうな気がするも、この構図は異様だ。
両サイドに看守を従えた男――法だの正義だの善良だのといった側に立っているであろう男――が、海賊に向かって生首を突き付けているのだから。
しかも、看守二人は顔を引き攣らせていたも、クリスティーナの生首の頭髪を素手で掴んでいる当のチリチリ頭は平然としたままであった。
なんなら、薄笑いすら浮かべている。
こいつは、暴力的な自分たちアウトローとは別の意味で、ネジが一、二本いかれているのは明らかだ。
「……気味悪ィ野郎だな。てめえはナニモンだ?!」
「魔導士だよ。”この人”の同業者だ」
自身が持っている”クリスティーナ”に目配せするチリチリ頭。
「早く”そいつ”をしまえよ!? ”そいつ”を殺ったからって、この俺までビビらせたつもりか?! 舐めんじゃねえぞ!!」
「……言っとくけど、この人を”こんな風にした”のは僕らじゃないよ。僕らはただバラバラ死体発見の一報を受けて、捜査に協力しているだけ。ちなみに、今ンとこ見つかっているのは、この人の頭部と右腕と左大腿部と左足首だけかな? でも、僕らなら近いうちに残りのパーツも見つけて全身を揃えられる。…………何かこの人に言いたいことあるなら、伝言を承るよ。僕がちゃんと”伝えてあげる”から」
「死んじまった奴にどうやって伝えんだ!? てめえ、頭湧いてんのか!!!」
レナートが裏事情を――クリスティーナの肉体は滅んでしまったが、その魂は一人の若き女性魔導士の肉体の中にあるということを――知るわけがなかった。
レナートは、自分をおちょくってくるチリチリ頭をこのまま帰らせる気はなかった。
”レナートvs チリチリ頭”を終わらせるつもりはない。
だが、相棒の鉤爪はとうに取り上げられているし、殴る蹴るといった一方的な肉弾戦に持ち込もうにも牢の格子が邪魔をする。
となると、後は……!
しかし、チリチリ頭の察しと動きの方が寸分早かった。
レナートが吐いた唾を”クリスティーナの生首を盾代わりにして”間一髪、防いだのだから。
「あーあ、遺体に唾を吐くとか、非道にも程があるなぁ。やっぱり血も涙もないペイン海賊団といったところか」
「……今のはてめえのせいだろ!!!」
異様なチリチリ頭の魔導士と終始無言のままであった看守たちは、レナートの前から去っていた。
レナートに牢獄の外の空模様は見えないが、雨の音と匂いが届けられる。
叩きつけられる雨音はその激しさを徐々に増していく。
そう、まるで取り残されたレナートの焦燥を煽るかのように。
クリスティーナが殺された。
ペイン海賊団の後ろ盾であった魔導士が。
自分には、協力者あるいは下僕として使えるような魔導士の知り合いなどは他にいない。
それは自分だけでなくジムやルイージも同様だろう。
仮に魔導士ならではの力を借りず、ジムやルイージたちがこの牢獄に正面から直接殴り込みをかけにきたとしても、看守の数は増員され、警備はより厳重なものとなっている。
あいつらなら、この状況でもブチ破ってくれるかもしれない。
けれども、さすがにペイン海賊団側も無傷のまま(死者ゼロのまま)とはいかないはずだ。
人数がさらに減るというリスクを冒してまで自分を取り戻しに来てくれるのだろうか。
――俺は……どうなるんだ……?!
このままだと近いうちに”吊るされる”。
海の果てよりも遠いものに感じられていた死刑台が意志を持ち、レナートへと真に迫り来ているかのようであった。
外からの激しい雨音に、雷鳴までもが交じり合った。
それは二度、三度と大地を震わせ始めている。
レナートの肌はじっとりと汗ばんでいった。
アウトローの中のアウトローであるレナートですら、後ずさらずにはいられなかった。
魔導士クリスティーナの生首――化粧は無惨なまでに剥げ落ち、両の瞳は薄く開いているも、その唇は血にまみれ、苦痛と無念に歪んでいるクリスティーナの生首――を眼前に突き付けられたのだから!
何も死体を見るのは初めてというわけではない。
これまでに獲物ならび仲間問わず、生首どころか、もっと凄惨な状態の死体だって見たことはあるし、レナート自身がその手で(というか鉤爪で)二目と見られない死体を作ったことだってある。
生首程度で、嘔吐したり失禁したり、ましては発狂状態に追い込まれたりなどするようなレナート・ヴァンニ・ムーロではない。
後ずさった体勢のまま言葉を失っているレナートの”表情”を確認したチリチリ頭は、その口からクスッと笑いを漏らした。
「ビンゴみたいだね。この人が”少し前までの”魔導士クリスティーナ……いや、九十一年前の春先にアドリアナ王国にて誕生した記録が残っているクリスティーナ・クラリッサ・レディントンかぁ」
レナートはクリスティーナの本名を初めて知った。
摩訶不思議でプチ怪物っぽい異様さを醸し出していたクリスティーナにも、普通の人間と同じように戸籍を持っていたのだ。
何より……”九十一年前に生まれたってのなら、今は九十一歳のババアになってないとおかしいだろうが! なんで、その半分程度の見た目のままだったんだ?! 第一、そいつは女じゃなくて、顔も声も体つきもどっからどう見てもおっさんでしかなかったろ?!”……と、レナートは思わずにはいられなかった。
いや、クリスティーナにまつわる謎を解き明かすのは後回しというか、今のレナートにとっての最優先事項ではない。
物語における悪役が自分たちの手に落ちた英雄に味方の生首を突き付けるという構図ならありそうな気がするも、この構図は異様だ。
両サイドに看守を従えた男――法だの正義だの善良だのといった側に立っているであろう男――が、海賊に向かって生首を突き付けているのだから。
しかも、看守二人は顔を引き攣らせていたも、クリスティーナの生首の頭髪を素手で掴んでいる当のチリチリ頭は平然としたままであった。
なんなら、薄笑いすら浮かべている。
こいつは、暴力的な自分たちアウトローとは別の意味で、ネジが一、二本いかれているのは明らかだ。
「……気味悪ィ野郎だな。てめえはナニモンだ?!」
「魔導士だよ。”この人”の同業者だ」
自身が持っている”クリスティーナ”に目配せするチリチリ頭。
「早く”そいつ”をしまえよ!? ”そいつ”を殺ったからって、この俺までビビらせたつもりか?! 舐めんじゃねえぞ!!」
「……言っとくけど、この人を”こんな風にした”のは僕らじゃないよ。僕らはただバラバラ死体発見の一報を受けて、捜査に協力しているだけ。ちなみに、今ンとこ見つかっているのは、この人の頭部と右腕と左大腿部と左足首だけかな? でも、僕らなら近いうちに残りのパーツも見つけて全身を揃えられる。…………何かこの人に言いたいことあるなら、伝言を承るよ。僕がちゃんと”伝えてあげる”から」
「死んじまった奴にどうやって伝えんだ!? てめえ、頭湧いてんのか!!!」
レナートが裏事情を――クリスティーナの肉体は滅んでしまったが、その魂は一人の若き女性魔導士の肉体の中にあるということを――知るわけがなかった。
レナートは、自分をおちょくってくるチリチリ頭をこのまま帰らせる気はなかった。
”レナートvs チリチリ頭”を終わらせるつもりはない。
だが、相棒の鉤爪はとうに取り上げられているし、殴る蹴るといった一方的な肉弾戦に持ち込もうにも牢の格子が邪魔をする。
となると、後は……!
しかし、チリチリ頭の察しと動きの方が寸分早かった。
レナートが吐いた唾を”クリスティーナの生首を盾代わりにして”間一髪、防いだのだから。
「あーあ、遺体に唾を吐くとか、非道にも程があるなぁ。やっぱり血も涙もないペイン海賊団といったところか」
「……今のはてめえのせいだろ!!!」
異様なチリチリ頭の魔導士と終始無言のままであった看守たちは、レナートの前から去っていた。
レナートに牢獄の外の空模様は見えないが、雨の音と匂いが届けられる。
叩きつけられる雨音はその激しさを徐々に増していく。
そう、まるで取り残されたレナートの焦燥を煽るかのように。
クリスティーナが殺された。
ペイン海賊団の後ろ盾であった魔導士が。
自分には、協力者あるいは下僕として使えるような魔導士の知り合いなどは他にいない。
それは自分だけでなくジムやルイージも同様だろう。
仮に魔導士ならではの力を借りず、ジムやルイージたちがこの牢獄に正面から直接殴り込みをかけにきたとしても、看守の数は増員され、警備はより厳重なものとなっている。
あいつらなら、この状況でもブチ破ってくれるかもしれない。
けれども、さすがにペイン海賊団側も無傷のまま(死者ゼロのまま)とはいかないはずだ。
人数がさらに減るというリスクを冒してまで自分を取り戻しに来てくれるのだろうか。
――俺は……どうなるんだ……?!
このままだと近いうちに”吊るされる”。
海の果てよりも遠いものに感じられていた死刑台が意志を持ち、レナートへと真に迫り来ているかのようであった。
外からの激しい雨音に、雷鳴までもが交じり合った。
それは二度、三度と大地を震わせ始めている。
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