上 下
308 / 340
第7章 ~エマヌエーレ国編~

―46― ところ変わって、レナートの今(2) レナート vs チリチリ頭

しおりを挟む
 レナートは後ずさった。
 アウトローの中のアウトローであるレナートですら、後ずさらずにはいられなかった。

 魔導士クリスティーナの生首――化粧は無惨なまでに剥げ落ち、両の瞳は薄く開いているも、その唇は血にまみれ、苦痛と無念に歪んでいるクリスティーナの生首――を眼前に突き付けられたのだから!

 何も死体を見るのは初めてというわけではない。
 これまでに獲物ならび仲間問わず、生首どころか、もっと凄惨な状態の死体だって見たことはあるし、レナート自身がその手で(というか鉤爪で)二目と見られない死体を作ったことだってある。
 生首程度で、嘔吐したり失禁したり、ましては発狂状態に追い込まれたりなどするようなレナート・ヴァンニ・ムーロではない。

 後ずさった体勢のまま言葉を失っているレナートの”表情”を確認したチリチリ頭は、その口からクスッと笑いを漏らした。

「ビンゴみたいだね。この人が”少し前までの”魔導士クリスティーナ……いや、九十一年前の春先にアドリアナ王国にて誕生した記録が残っているクリスティーナ・クラリッサ・レディントンかぁ」

 レナートはクリスティーナの本名を初めて知った。 
 摩訶不思議でプチ怪物っぽい異様さを醸し出していたクリスティーナにも、普通の人間と同じように戸籍を持っていたのだ。
 何より……”九十一年前に生まれたってのなら、今は九十一歳のババアになってないとおかしいだろうが! なんで、その半分程度の見た目のままだったんだ?! 第一、そいつは女じゃなくて、顔も声も体つきもどっからどう見てもおっさんでしかなかったろ?!”……と、レナートは思わずにはいられなかった。

 いや、クリスティーナにまつわる謎を解き明かすのは後回しというか、今のレナートにとっての最優先事項ではない。
 物語における悪役が自分たちの手に落ちた英雄に味方の生首を突き付けるという構図ならありそうな気がするも、この構図は異様だ。
 両サイドに看守を従えた男――法だの正義だの善良だのといった側に立っているであろう男――が、海賊に向かって生首を突き付けているのだから。
 しかも、看守二人は顔を引き攣らせていたも、クリスティーナの生首の頭髪を素手で掴んでいる当のチリチリ頭は平然としたままであった。
 なんなら、薄笑いすら浮かべている。
 こいつは、暴力的な自分たちアウトローとは別の意味で、ネジが一、二本いかれているのは明らかだ。

「……気味悪ィ野郎だな。てめえはナニモンだ?!」

「魔導士だよ。”この人”の同業者だ」

 自身が持っている”クリスティーナ”に目配せするチリチリ頭。

「早く”そいつ”をしまえよ!? ”そいつ”を殺ったからって、この俺までビビらせたつもりか?! 舐めんじゃねえぞ!!」

「……言っとくけど、この人を”こんな風にした”のは僕らじゃないよ。僕らはただバラバラ死体発見の一報を受けて、捜査に協力しているだけ。ちなみに、今ンとこ見つかっているのは、この人の頭部と右腕と左大腿部と左足首だけかな? でも、僕らなら近いうちに残りのパーツも見つけて全身を揃えられる。…………何かこの人に言いたいことあるなら、伝言を承るよ。僕がちゃんと”伝えてあげる”から」

「死んじまった奴にどうやって伝えんだ!? てめえ、頭湧いてんのか!!!」

 レナートが裏事情を――クリスティーナの肉体は滅んでしまったが、その魂は一人の若き女性魔導士の肉体の中にあるということを――知るわけがなかった。

 レナートは、自分をおちょくってくるチリチリ頭をこのまま帰らせる気はなかった。
 ”レナートvs チリチリ頭”を終わらせるつもりはない。
 だが、相棒の鉤爪はとうに取り上げられているし、殴る蹴るといった一方的な肉弾戦に持ち込もうにも牢の格子が邪魔をする。
 となると、後は……!

 しかし、チリチリ頭の察しと動きの方が寸分早かった。
 レナートが吐いた唾を”クリスティーナの生首を盾代わりにして”間一髪、防いだのだから。

「あーあ、遺体に唾を吐くとか、非道にも程があるなぁ。やっぱり血も涙もないペイン海賊団といったところか」

「……今のはてめえのせいだろ!!!」



 異様なチリチリ頭の魔導士と終始無言のままであった看守たちは、レナートの前から去っていた。
 レナートに牢獄の外の空模様は見えないが、雨の音と匂いが届けられる。
 叩きつけられる雨音はその激しさを徐々に増していく。
 そう、まるで取り残されたレナートの焦燥を煽るかのように。

 クリスティーナが殺された。
 ペイン海賊団の後ろ盾であった魔導士が。
 自分には、協力者あるいは下僕として使えるような魔導士の知り合いなどは他にいない。
 それは自分だけでなくジムやルイージも同様だろう。

 仮に魔導士ならではの力を借りず、ジムやルイージたちがこの牢獄に正面から直接殴り込みをかけにきたとしても、看守の数は増員され、警備はより厳重なものとなっている。
 あいつらなら、この状況でもブチ破ってくれるかもしれない。
 けれども、さすがにペイン海賊団側も無傷のまま(死者ゼロのまま)とはいかないはずだ。
 人数がさらに減るというリスクを冒してまで自分を取り戻しに来てくれるのだろうか。

――俺は……どうなるんだ……?!

 このままだと近いうちに”吊るされる”。
 海の果てよりも遠いものに感じられていた死刑台が意志を持ち、レナートへと真に迫り来ているかのようであった。

 外からの激しい雨音に、雷鳴までもが交じり合った。
 それは二度、三度と大地を震わせ始めている。
 レナートの肌はじっとりと汗ばんでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仏間にて

非現実の王国
大衆娯楽
父娘でディシスパ風。ダークな雰囲気満載、R18な性描写はなし。サイコホラー&虐待要素有り。苦手な方はご自衛を。 「かわいそうはかわいい」

養父の命令で嫌われ生徒会親衛隊長になって全校生徒から嫌われることがタスクになりました

いちみやりょう
BL
「お前の母親は重病だ。だが……お前が私の言うことを聞き、私の後を継ぐ努力をすると言うならお前の母を助けてやろう」 「何をすればいい」 「なに、簡単だ。その素行の悪さを隠し私の経営する学園に通い学校1の嫌われ者になってこい」 「嫌われ者? それがなんであんたの後を継ぐのに必要なんだよ」 「お前は力の弱いものの立場に立って物事を考えられていない。それを身を持って学んでこい」 「会長様〜素敵ですぅ〜」 「キメェ、近寄るな。ゴミ虫」 きめぇのはオメェだ。と殴りたくなる右手をなんとか抑えてぶりっこ笑顔を作った。 入学式も終わり俺はいつもの日課と化した生徒会訪問中だ。 顔が激しく整っている会長とやらは養父の言った通り親衛隊隊長である俺を嫌っている。 ちなみに生徒会役員全員も全員もれなく俺のことを嫌っていて、ゴミ虫と言うのは俺のあだ名だ。

それぞれの1日 (自称ロードスターシリーズ)

とうこ
BL
「俺は負けたくないだけなんだよ!色々とね」と言う作品を「自称 ロードスターシリーズ」と言うシリーズといたしまして、登場人物のとある1日を書いてみました。 第1話は、まっさんお見合いをする ご近所さんにお見合い話を持ちかけられ考えた挙句、会うだけでもと言うお話です。「1日」と言う縛りなので、お見合い当日が書けず、まっさんだけみじかくなってしまいかわいそうでした。 銀次に尋ね人が参りまして、恋の予感⁉︎ 地元で人気のパン屋さん「ふらわあ」は銀次のお店 そこにとある人が訪ねてきて、銀次に春は来るか! BL展開は皆無です。すみません。 第2話は 会社での京介の話。 意外と普通にサラリーマンをしている日常を書きたかったです。そこで起こる些細な(?)騒動。 てつやの日常に舞い降りた、決着をつけなければならない相手との話。自分自身で決着をつけていなかったので、やはり実際に話をしてもらいました。 てつやvs文父 です  言うて和やかです 第3話は BL展開全開 2話のてつやの日常で言っていた「完落ち」を綴りました。元々燻っていた2人なので、展開はやいですね。 それをちょと受けてからの、まっさん銀次の恋の話を4人で語っちゃうお話を添えております。  お楽しみ頂けたら最高に幸せです。

ラッキースケベ体質女は待望のスパダリと化学反応を起こす

笑農 久多咲
大衆娯楽
誰がいつ名付けたか「ラッキースケベ」そんなハーレム展開の定番、男の夢が何故か付与された女、姉ヶ崎芹奈は、職場での望まぬ逆ハーレム化にチベスナ顔を浮かべていた。周囲は芹奈攻めを望む受け体質ばかりで、スパダリを待ち望む彼女。そんな彼女の職場に現れたスーパーイケメン同期・瀬尾の存在が運命の歯車を狂わせていく。ラッキーが発動しない瀬尾に最初こそ喜んでいたが、どうやらことはそう単純ではなく、芹奈と瀬尾のラッキースケベは斜め上の方向に発展し……?!

異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました

空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」 ――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。 今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって…… 気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?

融解コンプレックス

木樫
BL
【1/15 完結】 無口不器用溺愛ワンコ×押しに弱い世話焼きビビリ男前。 フラレ癖のある強がりで世話焼きな男と、彼に長年片想いをしていた不器用無口変わり者ワンコな幼なじみの恋のお話。 【あらすじ】  雪雪雪(せつせつそそぐ)は、融解体質である。温かいはずの体が雪のように冷たく、溶けるのだ。  おかげでいつもクリスマス前にフラれる雪は、今年ももちろんフラれたのだが── 「おいコラ脳内お花畑野郎。なんでこんなとこいれんの言うとんねん。しばいたるからわかるようにゆうてみぃ?」 「なんで怒るんよ……俺、ユキが溶けんよう、考えたんやで……?」  無口無表情ローテンション変人幼馴染みに、なぜか冷凍庫の中に詰められている。 ・雪雪雪(受け)  常温以上で若干ずつ溶ける。ツッコミ体質で世話焼き。強がりだけど本当は臆病なヘタレ。高身長ヤンキー(見た目だけ)。 ・紺露直(攻め)  無口で無表情な、口下手わんこ。めっちゃ甘えた。ちょっとズレてる。雪がいないと生きていけない系大型犬。のっそりのっそりとスローペース。

奥の間

非現実の王国
大衆娯楽
昔の日本家屋で自慰に耽る変態お嬢様。暗め。小スカ注意。スパンキング描写はかする程度。完結済です。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

処理中です...