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第7章 ~エマヌエーレ国編~

―44― ミザリー・タラ・レックスの選択(11)『クリスティーナは彼女を侵食しつつある……』

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 ガイガーへと突き刺さる、アダムの辛辣なる視線。
 だが、アダムは奴に何も言わなかった。
 今さら”こやつ”を咎めたところでもう無駄だと分かっているのだ。
 幼い子どもならともかく、ガイガーはもう二十代半ばだ。
 人間の性根は、そう簡単に変わるものではない。
 世の中には他人に言われなくとも分かっている者、言われて初めて自分を省みることができる者、言われても省みることができない者(省みることすら思い至らない者)がいる。
 それに、先ほどミザリー本人が毅然として奴にNOを突き付けたのだから。
 見下していた相手(というか、奴の場合は女全般)にやりこめられ、しかもその場面を頑固そうな顔をした爺さんに目撃されたガイガーは、苦々しい顔をしたまま、そそくさと部屋を出ていった。


「今はどんな具合じゃ?」

「…………引き続き、なんとかクリスティーナを制御していけそうです。状況的には、数日前よりも厳しいことになったのですが、クリスティーナと繋がっていた時よりも同化しつつある今の方が不思議なことに”私の心”は落ち着いています。不思議なことに、いつ”その時”がやってくるかと怯えていた頃よりも、いざ”その時”が来てからの方が腹をくくることができるものなのですね」

 気丈な”ミザリーに”アダムは頷く。
 八十年以上の人生において、様々な者に出会い、愛別離苦を経験したはずのアダムであるも、数日前とは全くの別人の容貌をした者がミザリー・タラ・レックスとして目の前にいるなどということは初めてのことであった。
 彼女の身に起こっていることは、レイナの場合とは違っている。
 一つの肉体という器の中で、”二つの魂”が融合しようとした瞬間、ミザリーは魂の門を閉めようとし、咄嗟に自身の肉体の方を明け渡さざるを得なかったのだ。
 よって、彼女の姿は変わってしまった。
 それに、やはりクリスティーナの力は強く、ミザリーが魂の門を完全には閉め切れるわけがなかった。


「あの夜……クリスティーナは愛弟子の死を、それもこれ以上ないほど残虐なる死を感じました。自らの肉体を完全に捨てる決意をしたのも、そのためでしょう。クリスティーナが私の中に融合しようとした時、彼女が持つ記憶が私の中に流れ込んできました。それは、まだ幼かった愛弟子との思い出のワンシーンだけではありませんでした。本当に様々な……”炎と煙に包まれた家屋の中で今にも息絶えんとしているペイン海賊団の弓矢使いらしき青年(エルドレッド)”に……そして、また別の記憶では魔導士フランシスにサミュエル・メイナード・ヘルキャットの姿も……あの二人については外見に顕著な変化はありませんでしたが、少なくとも近年の姿ではなかったですね。その記憶の中にはまだ若かりし頃の……二十代半ばぐらいのタウンゼントさんまでいたのですから。”メンタルがやられまくる記憶たちではありましたが、歴史という過去を紐解きたい者にとってはまさに垂涎もののでしょうね”」

 ミザリーがクリスティーナと共有せざるを得なくなった記憶には、まだ二十代半ばのアダム――半世紀以上前のアダム――が登場しているということか。
 となると、外見から推測される年齢(おそらく三十過ぎ)も加えると、クリスティーナの実年齢は九十歳を超えているに違いない。
 いや、そんなことよりも……。

 これは急がねばならぬな。

 顔も体型も声も全く違うも、生真面目で礼儀正しい口調はミザリーだとアダムにも確かに分かる。
 まだ年若いとはいえアドリアナ王国直属の魔導士となれるほどの力を持って生まれ、なお本人が常日頃から自分を律し続けてきた精神力もその力に相乗され、今現在の主導権は確かにミザリー・タラ・レックスにあるのだろう。
 クリスティーナが演技をしているとは思えない。
 しかし、いくら口調は同じでも、ミザリーの言葉のチョイスにしては違和感を感じざるを得なかった。
 彼女との付き合いはそれほど長くない(知り合って一年にも満たない)が、ミザリーがこの状況で「メンタルがやられまくる」や「まさに垂涎ものでしょうね」と言葉を選んで口にするとは到底、思えないのだから。
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