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第5章 ~ペイン海賊団編~
―34― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(16)~レイナ、そしてルーク~
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――まさか、今の話って……ルークさんたちが下の船室で、他の兵士の男の人たちから、やっかみによる虐めを受けているっていうことなの……?
レイナの頬が強張っていく。
男の嫉妬と虐めは女のそれらより陰湿と、どこかで聞いたことがある。
レイナは、小学校時代の女子の通過儀礼ともいえる他愛ない諍いみたいなもの以外は、虐められたこともなければ、無論、虐めをしたことなどあるわけがない。
高校受験の失敗以外は、それほど波風の立たない学生生活であり、まさに自分が死亡する前日、同級生の四宮京香が川野留美たちに言っていた「脇役タイプ」という自分評が癪ではあるが的を得ており、そもそもあまり目立ったり、人を引っ張っていくこともなかった。
だが、今、この船のなかで、ともに船に乗ったルークたちが、他の兵士の男たちから虐めを受けているかもしれないと……
男同士の虐め。
想像でしかないが、それは言葉だけの虐めでは済まないだろう。きっと、女同士の虐めでは想像できないような殴る蹴る、はたまた根性焼きといった暴力だって含まれて……
その脳内でどんなことを想像しているかが、見てていても分かるほど青い顔になっていくレイナを見て、ガイガーはニヤニヤしていた。
こんな絶世級の美人の(しかもおいそれと手を触れることなら普通はできない高貴な王女の)肉体にいる”今の女”は、こんなに世間ズレしてなくて、付け込む隙を随所に見せている女だとはねえ。前のマリア王女も男に対してはガードゆるゆる……というか全開だって、聞いていたけど、今のマリア王女(レイナちゃん)も別の意味でガードはゆるいなあ。この女なら、”スミスにも”……とも。
コホンとわざとらしすぎる咳払いをしたガイガーは「もしかして、あいつらの中に意中の人でもいるの? でも、そんなに心配することないよ」と、鼻から息を吐きながら言った。
”あ、あなたが心配させるようなこと言ったんじゃないですか?!”と、言葉には出さなかったが、レイナの頬はカッと熱くなった。
熱くなった頬と対照的に、トイレで用を足したばかりであるレイナの腹部になんだか冷たく感じるモヤモヤとした怒りが広がっていった。
あの”希望の光を運ぶ者たち”の中には、レイナが特別な恋愛感情など抱いている者はいない。だが、彼らがこの同じ船の中で――自分たちの部屋の下で惨い目に遭っているかもしれないということを聞かされて、”そうですか”と平気な顔をしたままでいられようか。
「あのさあ……一応、この船に乗っている者たちだけど、ボクも含めて正式な教育や訓練を受けて、一応、”躾けられている”ってわけ。だから、表立って明らかに痕が残るようなことをするような馬鹿はそういないと思うけどなあ。中には”例外もいる”けど……組織の中で規律を乱す行動を取るってことは、自分の首を絞めるってことと同義だからねえ。出世を考えている男たちは、そこらへんも”よぉく”計算しているってこと」
ねちゃねちゃとしたガイガーの喋り方。
レイナが体で感じている、その不快感はさらに濃くなってはいったが、ガイガーはルークたちが他の兵士たちに直接的に殴られたり、蹴られたりしている、または今後そのような目に遭う可能性は低いとは言っている。
「ま、一応、中立の立場にいるボクとしては、あいつらよりも日々、剣を手に切磋琢磨してきた奴らの方に感情移入してしまうけどね。
「!」
「……だってさ、ムカつくじゃん。せっかく、地道に努力を積み重ねてきたっていうのに、生まれも育ちも自分たちに劣る、ぽっと出のガキたちがしゃしゃり出てきてさあ。単に”天からの気まぐれな光”に照らされただけのガキたちの登場で、努力してきた自分たちは舞台の影に追いやられてしまったんだから」
フフンと鼻を鳴らしたガイガー。そして、彼はこうも続けた。
「レイナちゃんとか、ジェニーちゃんとか……女はいいよねえ。料理したり、掃除したり、そして時々”股を開いたり”で、ヌクヌクとイージーに生きていけるもんねえ」
「!!!」
レイナの頬は、先ほどとは比較にならないほど、カッと熱を持った。
瞬時に湧き上がった怒り。
このガイガーは、軽薄なだけではない。女を馬鹿にして、見下しているのだ。
「……そんな怖い顔しないでよ。美人がそんな顔すると、凄みがあるなあ」
自分の言葉がレイナの気分を害した――いや、害したというより侮辱を与えたことを確認し、満足したようなガイガーは、さらにニヤニヤと下品な笑いを浮かべた。
そして――
「隙あり!!」
「……きゃあ!!」
あろうことか、ガイガーはレイナの服の胸元をグイッと引っ張り、つい先ほど自分がレイナに見せた鍵を彼女の服の中にヒョイっと放り込んだのだ。
白く豊かな胸の谷間が露わとなり、ガイガーの手の熱で温められた鍵がなめらかな肌の上を滑っていく――
「何するんですか?!」
レイナの声は涙声になっていた。
今の行為は悪ふざけなどではすまない。完全なる猥褻行為だ。
けれども、ガイガーは自分の行為がレイナに湧き上がらせた怒りと羞恥などものともせず、飄々としていていた。
「じゃあ、その鍵……きちんとスミスに渡しておいてよ。”女でも”それぐらいできるでしょ」
そう言ったガイガーは、顔を真っ赤にして胸元を押さえているレイナにクルッと踵を返した。
そして、振り返りこうも言った。
「あ、今のこと、誰かに言ったって誰も信じるはずないよ。乗船年数五年以上で船医のボクと、オドオドして挙動不審で可愛いだけの女の子……みんなはどちらを信じると思う?」
――何! 一体、何なの? あの人!?
レイナの体の震えは、止まらなかった。そして、涙まで滲みだし……
レイナはガイガーには、何も危害を加えたりはしていない。それどころか、つい先ほど、初めて一対一で話をした。それにも関わらず、自分を――いや、女を侮辱し、猥褻行為を勤務中の船内で平然と働いたのだ。
この世界における「女性」の社会的地位は、現代日本――いや女性の首相もいる元の世界全体に比べるとまだまだ低いのだろう。
首都シャノンの城にいた重鎮たちも全員男性であったし、アンバーやミザリーは男性の魔導士たちと対等に肩を並べて仕事をしている(していた)が、この時代では彼女たち2人のような存在の方が稀少であるに違いない。
だが、レイナも、そしてジェニーもヌクヌクとイージーに生きているわけでは決してない。”股を開いたり”なんてことも、絶対にしていない。
軽薄なうえに、陰険なガイガー。
敬うべき立場にある者と見下してもいい者(女)に見せる顔は、まるで違っている二重人格者のごとき怖さもあわせ持っているようにも感じられた。
これから、この船を下りるまで、彼と顔を合わさざるを得ないのだと思うと、すこぶる気が重く、嫌で嫌で仕方なかった。
この船の上空付近には、魔導士フランシスたちが乗る船が浮かんでいるのかもしれない。
だが、この船内にも敵がいる。女の敵が――
生まれる時に性別を選んで生まれてきたわけわけではない。
たまたま、女に生まれた。または、男に生まれただけであるのに……
きっと、ガイガーにとっては、男に生まれたということが自分の魂の第一のアイデンティティーなのだろう。
そのうえ、レイナの手には先ほどガイガーに胸元より、投げ入れられた鍵があった。
この鍵をスミスという名の兵士に届けろと……
正直、レイナはこの鍵を近くの窓から海に放り投げたくなっていた。そもそも、ガイガーの手の内にあった、この鍵をこれ以上、触っていたくなどない。
けれども、海に放り投げたりなどすると……「失くされた」だの、最悪は「盗まれた」などの濡れ衣を着せられるかもしれない。ガイガーには腸が煮えくり返ってはいるが、この船内で騒ぎを起こし、他の人たちに心配や迷惑はかけたくない。
それに、きっとガイガーは弁が立つに違いないし、この船に乗る者たちからの信頼(?)も自分などよりかは、高いはずだ。
――この鍵、スミスさんって人に渡してきて、すぐピュッとミザリーさんの待っている部屋に戻るしかないわ……スミスさんって人に渡してしまったら、それでこのことは終わりだもの。
手の内の鍵を見つめ、レイナは決意した。
自らを奮い立たせるように、大きく――相当に大きく、深く、深呼吸をしたレイナ。
この船に乗船してからの3日間の間、一度も足を踏み入れたことがなく、そしてこれからも特に用がなければ踏み入れることはないであろう、男性のみが寝泊まりをしているフロアともいえる階下の船室へと向かうために……
レイナの頬が強張っていく。
男の嫉妬と虐めは女のそれらより陰湿と、どこかで聞いたことがある。
レイナは、小学校時代の女子の通過儀礼ともいえる他愛ない諍いみたいなもの以外は、虐められたこともなければ、無論、虐めをしたことなどあるわけがない。
高校受験の失敗以外は、それほど波風の立たない学生生活であり、まさに自分が死亡する前日、同級生の四宮京香が川野留美たちに言っていた「脇役タイプ」という自分評が癪ではあるが的を得ており、そもそもあまり目立ったり、人を引っ張っていくこともなかった。
だが、今、この船のなかで、ともに船に乗ったルークたちが、他の兵士の男たちから虐めを受けているかもしれないと……
男同士の虐め。
想像でしかないが、それは言葉だけの虐めでは済まないだろう。きっと、女同士の虐めでは想像できないような殴る蹴る、はたまた根性焼きといった暴力だって含まれて……
その脳内でどんなことを想像しているかが、見てていても分かるほど青い顔になっていくレイナを見て、ガイガーはニヤニヤしていた。
こんな絶世級の美人の(しかもおいそれと手を触れることなら普通はできない高貴な王女の)肉体にいる”今の女”は、こんなに世間ズレしてなくて、付け込む隙を随所に見せている女だとはねえ。前のマリア王女も男に対してはガードゆるゆる……というか全開だって、聞いていたけど、今のマリア王女(レイナちゃん)も別の意味でガードはゆるいなあ。この女なら、”スミスにも”……とも。
コホンとわざとらしすぎる咳払いをしたガイガーは「もしかして、あいつらの中に意中の人でもいるの? でも、そんなに心配することないよ」と、鼻から息を吐きながら言った。
”あ、あなたが心配させるようなこと言ったんじゃないですか?!”と、言葉には出さなかったが、レイナの頬はカッと熱くなった。
熱くなった頬と対照的に、トイレで用を足したばかりであるレイナの腹部になんだか冷たく感じるモヤモヤとした怒りが広がっていった。
あの”希望の光を運ぶ者たち”の中には、レイナが特別な恋愛感情など抱いている者はいない。だが、彼らがこの同じ船の中で――自分たちの部屋の下で惨い目に遭っているかもしれないということを聞かされて、”そうですか”と平気な顔をしたままでいられようか。
「あのさあ……一応、この船に乗っている者たちだけど、ボクも含めて正式な教育や訓練を受けて、一応、”躾けられている”ってわけ。だから、表立って明らかに痕が残るようなことをするような馬鹿はそういないと思うけどなあ。中には”例外もいる”けど……組織の中で規律を乱す行動を取るってことは、自分の首を絞めるってことと同義だからねえ。出世を考えている男たちは、そこらへんも”よぉく”計算しているってこと」
ねちゃねちゃとしたガイガーの喋り方。
レイナが体で感じている、その不快感はさらに濃くなってはいったが、ガイガーはルークたちが他の兵士たちに直接的に殴られたり、蹴られたりしている、または今後そのような目に遭う可能性は低いとは言っている。
「ま、一応、中立の立場にいるボクとしては、あいつらよりも日々、剣を手に切磋琢磨してきた奴らの方に感情移入してしまうけどね。
「!」
「……だってさ、ムカつくじゃん。せっかく、地道に努力を積み重ねてきたっていうのに、生まれも育ちも自分たちに劣る、ぽっと出のガキたちがしゃしゃり出てきてさあ。単に”天からの気まぐれな光”に照らされただけのガキたちの登場で、努力してきた自分たちは舞台の影に追いやられてしまったんだから」
フフンと鼻を鳴らしたガイガー。そして、彼はこうも続けた。
「レイナちゃんとか、ジェニーちゃんとか……女はいいよねえ。料理したり、掃除したり、そして時々”股を開いたり”で、ヌクヌクとイージーに生きていけるもんねえ」
「!!!」
レイナの頬は、先ほどとは比較にならないほど、カッと熱を持った。
瞬時に湧き上がった怒り。
このガイガーは、軽薄なだけではない。女を馬鹿にして、見下しているのだ。
「……そんな怖い顔しないでよ。美人がそんな顔すると、凄みがあるなあ」
自分の言葉がレイナの気分を害した――いや、害したというより侮辱を与えたことを確認し、満足したようなガイガーは、さらにニヤニヤと下品な笑いを浮かべた。
そして――
「隙あり!!」
「……きゃあ!!」
あろうことか、ガイガーはレイナの服の胸元をグイッと引っ張り、つい先ほど自分がレイナに見せた鍵を彼女の服の中にヒョイっと放り込んだのだ。
白く豊かな胸の谷間が露わとなり、ガイガーの手の熱で温められた鍵がなめらかな肌の上を滑っていく――
「何するんですか?!」
レイナの声は涙声になっていた。
今の行為は悪ふざけなどではすまない。完全なる猥褻行為だ。
けれども、ガイガーは自分の行為がレイナに湧き上がらせた怒りと羞恥などものともせず、飄々としていていた。
「じゃあ、その鍵……きちんとスミスに渡しておいてよ。”女でも”それぐらいできるでしょ」
そう言ったガイガーは、顔を真っ赤にして胸元を押さえているレイナにクルッと踵を返した。
そして、振り返りこうも言った。
「あ、今のこと、誰かに言ったって誰も信じるはずないよ。乗船年数五年以上で船医のボクと、オドオドして挙動不審で可愛いだけの女の子……みんなはどちらを信じると思う?」
――何! 一体、何なの? あの人!?
レイナの体の震えは、止まらなかった。そして、涙まで滲みだし……
レイナはガイガーには、何も危害を加えたりはしていない。それどころか、つい先ほど、初めて一対一で話をした。それにも関わらず、自分を――いや、女を侮辱し、猥褻行為を勤務中の船内で平然と働いたのだ。
この世界における「女性」の社会的地位は、現代日本――いや女性の首相もいる元の世界全体に比べるとまだまだ低いのだろう。
首都シャノンの城にいた重鎮たちも全員男性であったし、アンバーやミザリーは男性の魔導士たちと対等に肩を並べて仕事をしている(していた)が、この時代では彼女たち2人のような存在の方が稀少であるに違いない。
だが、レイナも、そしてジェニーもヌクヌクとイージーに生きているわけでは決してない。”股を開いたり”なんてことも、絶対にしていない。
軽薄なうえに、陰険なガイガー。
敬うべき立場にある者と見下してもいい者(女)に見せる顔は、まるで違っている二重人格者のごとき怖さもあわせ持っているようにも感じられた。
これから、この船を下りるまで、彼と顔を合わさざるを得ないのだと思うと、すこぶる気が重く、嫌で嫌で仕方なかった。
この船の上空付近には、魔導士フランシスたちが乗る船が浮かんでいるのかもしれない。
だが、この船内にも敵がいる。女の敵が――
生まれる時に性別を選んで生まれてきたわけわけではない。
たまたま、女に生まれた。または、男に生まれただけであるのに……
きっと、ガイガーにとっては、男に生まれたということが自分の魂の第一のアイデンティティーなのだろう。
そのうえ、レイナの手には先ほどガイガーに胸元より、投げ入れられた鍵があった。
この鍵をスミスという名の兵士に届けろと……
正直、レイナはこの鍵を近くの窓から海に放り投げたくなっていた。そもそも、ガイガーの手の内にあった、この鍵をこれ以上、触っていたくなどない。
けれども、海に放り投げたりなどすると……「失くされた」だの、最悪は「盗まれた」などの濡れ衣を着せられるかもしれない。ガイガーには腸が煮えくり返ってはいるが、この船内で騒ぎを起こし、他の人たちに心配や迷惑はかけたくない。
それに、きっとガイガーは弁が立つに違いないし、この船に乗る者たちからの信頼(?)も自分などよりかは、高いはずだ。
――この鍵、スミスさんって人に渡してきて、すぐピュッとミザリーさんの待っている部屋に戻るしかないわ……スミスさんって人に渡してしまったら、それでこのことは終わりだもの。
手の内の鍵を見つめ、レイナは決意した。
自らを奮い立たせるように、大きく――相当に大きく、深く、深呼吸をしたレイナ。
この船に乗船してからの3日間の間、一度も足を踏み入れたことがなく、そしてこれからも特に用がなければ踏み入れることはないであろう、男性のみが寝泊まりをしているフロアともいえる階下の船室へと向かうために……
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