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第5章 ~ペイン海賊団編~

―22― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(4)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~

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 魔導士アダム・ポール・タウンゼント。
 24才であった、当時の彼。
 美しいというよりも、そして賢そうというよりも、男らしい精悍な顔立ちをし、まずまずの筋肉に覆われ引き締まった肉体をしていたアダム。
 彼は、首都シャノンより、南に向かって町を3つほどはさんだセレストの町にて、魔導士として生計を立て始めていた。
 この頃は、まだ独身である彼の胡桃色の髪はたっぷりとした毛量を誇るものであり、彼の胡桃色の瞳は59年前も変わることのない輝きを放っていた。
 そして、ハリとツヤがある彼の肌も、当時は太陽の下での農作業には全く従事していなかったこともあり、透明感すら放っていた。

 少年時代を過ぎ、完全に大人の男となっているが、まさに若さの最中にあったアダム。
 まだ独身であったこの頃のアダムの一人称は、当然のことながら年齢と祖父という立場に応じた”わし”ではなく”俺”でもあった。

 アダムは、このセレストの町に現れた神人たちの男のうちの1人である”オリー”を抱っこし、町中を歩いていた。
 約1か月前、突如、このセレストの町に現れた神人の男たち。
 神人の世界は、アダムが生まれたこの世界との距離が非常に近く、1つの海を越えるぐらいの感覚であるらしい。
 そして、神人の世界では、魔導士という存在は誕生しない。ただ、全ての者が右手の薬指に、まるで”神から与えられたような”各々の人生とその神人のコミュニティにおいての役割を印されて誕生している。
 アダムの前に現れた彼らも皆、右手の薬指に「導く者」の刻印が入っており、アダムは神人についての伝聞が真実であることを目の当たりにした。
 「導く者」の刻印を印された彼ら。
 彼らはいわば、アダムの世界でいう学者や研究者のような存在と形容できるであろう。
 そして、今、アダムの腕の中にいるオリーの”小さな右手”の薬指にもまた「導く者」の刻印が押されていた。

 オリー。
 彼もまた、神人の”男”である。だが、彼”だけ”は、まだたった3才の子供であった。
 神人の男たちは――まず、何よりもオリーの父は、自分たちの研究に彼を連れてくる気は全くなかったらしい。

 オリーの父の名は、トーマス。
 トーマスの”見た目”は30前後ほどで、新緑を思わせるような瞳の色、透けるように白い肌(やや不健康そうな印象も与える)に、金髪から色素を抜いたような髪(つまりは白髪に近いが完全な白髪ではない)といった容姿の彼は、その優美な顔立ちに似合わず、長身で肩幅が広く、ムキムキのマッチョではないが大樹のようにどっしりとした不思議な存在感のある男であった。

 オリーは父・トーマスたちがこの世界への「扉」(神人たちはこう呼んでいた)へと連れ立って入る際、父の元へとパタパタと駆け寄って父の足にギュっと抱き付き、半ば飛び込みのような形でここにやってきたらしい。
 慌ててオリーを引き戻そうと駆け出した彼の母(トーマスの妻)も間に合わなかったと……
 トーマスは、すぐにオリーを――彼のことを心配し不安でたまらないだろう妻の元に帰したかったらしいが、こんな時に限って、神人の世界に戻るための「扉」が開くのがまだ1か月以上先であるとも言っていた。
 アダムは、トーマスが「家に戻ったら、俺は絶対にかみさんに数発ひっぱたかれる……」と、かすかに青い顔で呟いていたも覚えている。

 
 アダムの腕の中で、その愛らしい小さな口から涎を垂らし、無防備に眠るオリーは、容姿端麗との神人の触れ込みどおり、まだ3才ながら、大変に整った父親似の優美な顔立ち(一見すると女児のようにも見える)をしていた。
 生まれ持った――いや、美しく生まれざるを得ない神人の美貌により、オリーは賑わう雑踏の中でもひと際、生まれ持った美による光を放っているかにアダムには思われた。
 オリーを抱いたアダムとすれ違う者たちの幾人か(主におっかさんといった風情の中年女性)は、「随分、可愛いお子さんねえ」「お母さん似なのかしら」とアダムに声をかけてきた。
 そんな時、口下手なところがあるアダムは”いや、俺の子供じゃないんですよ”と律儀に否定するべきか、しないべきかの判断が咄嗟にできず、ただ声をかけてきた者たちに苦笑いを返し、曖昧に答えることしかできなかった。
 
 オリーは、非常に好奇心旺盛で良く喋り、3才にしては聡い子供であった。町を歩いてみたいと、父・トーマスにしきりにだだをこねていたので、アダムは研究に没頭しているトーマスに断り、彼を町へと連れてきたのだ。
 空中浮遊の特性も持っているオリーだが、数刻前まで、父の言いつけ(この世界では絶対に”フワフワ”するんじゃないぞ)をきちんと守り、足に地を着けて、背をかがめたアダムと手を繋ぎ、トコトコと町を歩いていた。
 そうして今、アダムの腕の中にいるオリーは歩き疲れて、ぐっすりと眠っている……

 腕の中のオリーの柔らかさと温かさ、そして軽さ。穢れのない子供だけが放つことのできる日だまりのような匂い。
 涎を垂らしていても(その涎がアダム自身の服にまで垂れていても)、愛くるしい天使のごとき彼の寝顔を見ながら、アダムは考えていた。
――子供ってこんなに可愛いもんなんだな。俺は与えられたこの人生で、子供を持つことはあるのだろうか? もし、俺の人生にそういった縁が紡がれているのだとしたら、息子と娘、一人ずつ育ててみたいかもな……俺は孤児院で育ったことは恥とは思ってはいないし、あの”特殊な”孤児院ではいろいろと学ぶことができたし、”ヘルキャット夫妻”には今でもとっても感謝している。でも、俺は家族を……どんなに貧しくても、そしてどんなに”得体がしれなくても”親である自分たちが作った子供を放り出したりなんて……


 魔導士アダム・ポール・タウンゼント。
 彼はこの世に生を受けたわずか3日後に、名前が記された紙、そして彼の場合は”両親からの強いメッセージ”ともに、毛布にくるまれて孤児院へと引き渡されたのだ。

 彼もまた、この時より59年後に出会うこととなる青年たち(ルーク、ディラン、トレヴァーと同じく)親に捨てられた子供であった。
 そして、同じ孤児院で育ち、59年後にはともに老人となっているはずであり、アダムの記憶の一場面に”ある魔導士の男”とともに登場することとなる”サミュエル”もまた、親に捨てられた子供であったのだ。
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