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第5章 ~ペイン海賊団編~
―19― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(1)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~
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命の恵みのごとき陽の光に包まれし船は進む――
母の囁きのごとき穏やかな波の音に抱かれし船は進む――
やがて後世にも語り継がれこととなる”希望の光を運ぶ者たち”を乗せて――
59年前、突如として闇に包まれ、この世界から消えた国・ユーフェミア国の民たちを救わんがため、”まずは”隣国・エマヌエーレ国を目指す船の一室にて……
”異世界より”この世界に誘われた15才の少女・河瀬レイナと同い年の少女、ジェニー・ルー・タウンゼント。
彼女もまた、粘着的に続く熱にうかされる祖父アダム・ポール・タウンゼントの看病に励んでいた。
恐ろしき魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットによる得体の知れない魔法薬による苦痛の楔は愛する祖父の体にいまだ深く突き刺さったままであり……いいや、それだけではない。あのヘルキャットという名の祖父の昔からの知り合いである”若い”魔導士は、祖父に殴る蹴るといった直接的な暴行まで加えたのだ。
今もなお、自分の目の前で熱に浮かされている祖父の額に、ジェニーは冷たい水に浸した布をそっと乗せた。
優しさと心地よさがアダムにも伝わったのか、アダムはそっとその胡桃色の瞳を開いた。
「……ジェニー?」
かすれた声で、孫娘の名を呼んだアダムであったが、サミュエルに殴られて負った顔の傷が痛み、引き攣れたのであろうか、その頑固そうな顔をしかめた。
まだ霞み続けるアダムの視界に映るジェニーの頬は、ほんのわずかばかり削げたようなラインとなり、愛らしい両の瞳の下にはまるで影を落とすかのように隈が刻まれていた。
孫娘は、睡眠時間を削り、いいや、碌に睡眠も取らずに、ずっと熱にうなされる自分の側についていてくれていたのだ。
「おじいちゃん、目が覚めたのね?」
可愛らしい声で、そう静かに囁くように呟いたジェニーの――自分と同じ胡桃色の瞳からは、ポロリと涙が溢れた。その溢れ出る涙をぬぐいながらジェニーは続ける。
「良かった……本当に日に日に悪くなっていくようだったから……」
――ひとまず、山場は越えたようじゃよ。おそらく、これからは回復していくはずじゃ……サミュエルは13、4の頃より、薬の調合にも妙に興味を示し……人の体質によって効き目が異なる薬や時間が経つにつれて肉体への反応に波を持たせる薬など、色んな薬を生み出すこと(生み出した中には病に苦しむ者の救いとなる薬だってあった)に熱中し、夜な夜なククク、とおかしな笑い声を漏らしながら研究に励んでおった。あいつは、抜きん出た力を持つ魔導士であると同時に、マッドサイエンティストな一面を何十年も変わらず持ち続けていたのか……やはり、人の性質というのは、そう簡単には変わらんもんじゃな……
アダムは自分の肉体が実感している現在の病状と魔導士としての勘、それに加えてサミュエルお手製の薬の性質に対する理解によって、導き出された”朗報”を愛する孫娘に伝えようとしたが喉の渇きもあってか、ただ詰まったような、そしてかすれたような空気が口腔より発せられただけであった。
このアダムの喉の渇きをジェニーが察さないわけがない。
全く理解力がない馬鹿というわけではないが、机に座っての学びよりも、実際に人や物を見て、そして手足を動かしての理解や観察の方が遥かに得意であるジェニーは、部屋のテーブルの上にあらかじめ準備してあった新鮮な水を器に汲み……
祖父と孫娘。
たった2人きりと”なってしまった”家族。
互いが互いの”希望の光”となる存在である家族。
水で喉を潤したアダムは、ゆっくりと口を開いた……
一番言いたかったこと、いや言っておかなければいけないことを彼女に伝えるために。
「ジェニー……次に”あの時みたいなこと”に起こったなら、ためらわずに逃げろ……」
アダムの脳裏にはサミュエルに泣きながらも必死で立ち向かっていく孫娘の姿が、ジェニーの脳裏には怒り狂ったサミュエルに足蹴にされる祖父の姿が蘇ってくる。
「そんなこと、絶対に嫌よ。何で、そんなことを言うの?!」
ジェニーの胡桃色の瞳に再び涙が盛り上がり始めたのを見たアダムの胸は、ズキンと痛んだ。
だが、あの時は、ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーによって、助けられたという幸運が自分たちの運命の味方をしてくれただけだ。彼がサミュエルの背後より、そっと忍び寄り、見事一撃でサミュエルの意識を失わせなければ、きっと今頃は……
アダムは肩を震わせ、しゃくりあげはじめたジェニーを見て思う。
――ジェニー、そしてレイナも、やはりアドリアナ王国へと置いてくるべきじゃったか……サミュエルがわしをどこかに拉致するか、もしくは殺すかした後、”あいつに限っていえば”、ジェニーたちを”わざわざ”追いかけてまで危害を加えたり、殺したりはしないだろう。自分がどうでもいいと思った者は、本当にどうでもいいはずだ。興味のないことに、労力を割いたりはしないはずであるし、ロリータコンプレックスの気は”昔から”なかったはずじゃ……
アダムの目の前にいるのは、もう15才の少女であり、まだ”たった”15才の少女でもあった。
ジェニーも、今はこの部屋にはいないレイナも、どう贔屓目に見ても料理用のオタマは振るえても、自分の身を守るための剣は振るえはしないだろう。
あの出港の日、土壇場すぎる決意ではあるが、城の魔導士であるカールとダリオに2人を託し、彼らとともに首都シャノンへと戻る道の背中を押すことだってできた。アドリアナ王国の王子殿下も、城へと戻ってきたジェニーとレイナを保護する手配を取ってくれたであろう。
例え、出港の日が、彼女たちとの今生の別れの日となっていたとしても……
アダムがそれを選択しなかった最大の理由。それは――
アダムは思い出す。
本来の出港前夜であったはずのあの夜、サミュエルの口から語られた想像だにしなかった真実を。
そう、自分がジェニー以外の家族を失い、ジェニーが自分以外の家族を全て失うことになった、あの”天災”は天災などではなく、”自分に悪意を持っていたであろう者が引き起こした、自分が何よりも大切な者たちを狙った殺人事件”であったと――
母の囁きのごとき穏やかな波の音に抱かれし船は進む――
やがて後世にも語り継がれこととなる”希望の光を運ぶ者たち”を乗せて――
59年前、突如として闇に包まれ、この世界から消えた国・ユーフェミア国の民たちを救わんがため、”まずは”隣国・エマヌエーレ国を目指す船の一室にて……
”異世界より”この世界に誘われた15才の少女・河瀬レイナと同い年の少女、ジェニー・ルー・タウンゼント。
彼女もまた、粘着的に続く熱にうかされる祖父アダム・ポール・タウンゼントの看病に励んでいた。
恐ろしき魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットによる得体の知れない魔法薬による苦痛の楔は愛する祖父の体にいまだ深く突き刺さったままであり……いいや、それだけではない。あのヘルキャットという名の祖父の昔からの知り合いである”若い”魔導士は、祖父に殴る蹴るといった直接的な暴行まで加えたのだ。
今もなお、自分の目の前で熱に浮かされている祖父の額に、ジェニーは冷たい水に浸した布をそっと乗せた。
優しさと心地よさがアダムにも伝わったのか、アダムはそっとその胡桃色の瞳を開いた。
「……ジェニー?」
かすれた声で、孫娘の名を呼んだアダムであったが、サミュエルに殴られて負った顔の傷が痛み、引き攣れたのであろうか、その頑固そうな顔をしかめた。
まだ霞み続けるアダムの視界に映るジェニーの頬は、ほんのわずかばかり削げたようなラインとなり、愛らしい両の瞳の下にはまるで影を落とすかのように隈が刻まれていた。
孫娘は、睡眠時間を削り、いいや、碌に睡眠も取らずに、ずっと熱にうなされる自分の側についていてくれていたのだ。
「おじいちゃん、目が覚めたのね?」
可愛らしい声で、そう静かに囁くように呟いたジェニーの――自分と同じ胡桃色の瞳からは、ポロリと涙が溢れた。その溢れ出る涙をぬぐいながらジェニーは続ける。
「良かった……本当に日に日に悪くなっていくようだったから……」
――ひとまず、山場は越えたようじゃよ。おそらく、これからは回復していくはずじゃ……サミュエルは13、4の頃より、薬の調合にも妙に興味を示し……人の体質によって効き目が異なる薬や時間が経つにつれて肉体への反応に波を持たせる薬など、色んな薬を生み出すこと(生み出した中には病に苦しむ者の救いとなる薬だってあった)に熱中し、夜な夜なククク、とおかしな笑い声を漏らしながら研究に励んでおった。あいつは、抜きん出た力を持つ魔導士であると同時に、マッドサイエンティストな一面を何十年も変わらず持ち続けていたのか……やはり、人の性質というのは、そう簡単には変わらんもんじゃな……
アダムは自分の肉体が実感している現在の病状と魔導士としての勘、それに加えてサミュエルお手製の薬の性質に対する理解によって、導き出された”朗報”を愛する孫娘に伝えようとしたが喉の渇きもあってか、ただ詰まったような、そしてかすれたような空気が口腔より発せられただけであった。
このアダムの喉の渇きをジェニーが察さないわけがない。
全く理解力がない馬鹿というわけではないが、机に座っての学びよりも、実際に人や物を見て、そして手足を動かしての理解や観察の方が遥かに得意であるジェニーは、部屋のテーブルの上にあらかじめ準備してあった新鮮な水を器に汲み……
祖父と孫娘。
たった2人きりと”なってしまった”家族。
互いが互いの”希望の光”となる存在である家族。
水で喉を潤したアダムは、ゆっくりと口を開いた……
一番言いたかったこと、いや言っておかなければいけないことを彼女に伝えるために。
「ジェニー……次に”あの時みたいなこと”に起こったなら、ためらわずに逃げろ……」
アダムの脳裏にはサミュエルに泣きながらも必死で立ち向かっていく孫娘の姿が、ジェニーの脳裏には怒り狂ったサミュエルに足蹴にされる祖父の姿が蘇ってくる。
「そんなこと、絶対に嫌よ。何で、そんなことを言うの?!」
ジェニーの胡桃色の瞳に再び涙が盛り上がり始めたのを見たアダムの胸は、ズキンと痛んだ。
だが、あの時は、ヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーによって、助けられたという幸運が自分たちの運命の味方をしてくれただけだ。彼がサミュエルの背後より、そっと忍び寄り、見事一撃でサミュエルの意識を失わせなければ、きっと今頃は……
アダムは肩を震わせ、しゃくりあげはじめたジェニーを見て思う。
――ジェニー、そしてレイナも、やはりアドリアナ王国へと置いてくるべきじゃったか……サミュエルがわしをどこかに拉致するか、もしくは殺すかした後、”あいつに限っていえば”、ジェニーたちを”わざわざ”追いかけてまで危害を加えたり、殺したりはしないだろう。自分がどうでもいいと思った者は、本当にどうでもいいはずだ。興味のないことに、労力を割いたりはしないはずであるし、ロリータコンプレックスの気は”昔から”なかったはずじゃ……
アダムの目の前にいるのは、もう15才の少女であり、まだ”たった”15才の少女でもあった。
ジェニーも、今はこの部屋にはいないレイナも、どう贔屓目に見ても料理用のオタマは振るえても、自分の身を守るための剣は振るえはしないだろう。
あの出港の日、土壇場すぎる決意ではあるが、城の魔導士であるカールとダリオに2人を託し、彼らとともに首都シャノンへと戻る道の背中を押すことだってできた。アドリアナ王国の王子殿下も、城へと戻ってきたジェニーとレイナを保護する手配を取ってくれたであろう。
例え、出港の日が、彼女たちとの今生の別れの日となっていたとしても……
アダムがそれを選択しなかった最大の理由。それは――
アダムは思い出す。
本来の出港前夜であったはずのあの夜、サミュエルの口から語られた想像だにしなかった真実を。
そう、自分がジェニー以外の家族を失い、ジェニーが自分以外の家族を全て失うことになった、あの”天災”は天災などではなく、”自分に悪意を持っていたであろう者が引き起こした、自分が何よりも大切な者たちを狙った殺人事件”であったと――
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