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第7章 ~エマヌエーレ国編~

―8― 今、すべきことは?(3)

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 トレヴァーにそっくりな赤ちゃん。
 とはいえ、世の中には血縁関係は皆無でも風貌が似ている人々はいるのだ。
 その一例が、アドリアナ王国の魔導士カールとダリオであり、彼らは風貌がそっくりであるばかりか、年齢も同じならその生き方までも同じだ。
 それに、現在のジョーダンがトレヴァーにそっくりであったとしても、子どもの顔なんて、これからの成長過程でいくらでも変わっていくのだから……


 ライリーは、人懐っこくて信じられないほどに手のかからない一人息子が、可愛い少女たちの腕に抱かれ、あやされているのを見て目を細めた。
 そして、この世界の大多数の人々と同じく、彼女もまた、愛しい息子を見守りながらも”レイナの美しさ”に心奪われずにはいられなかった。

 最初にレイナの姿を目にした時、ライリーもまた、レイナの美貌に本当に息が止まるのではないかと思うほどの衝撃を受けたものだ。
 元・旅一座の踊り子である彼女は、祖国・アドリアナ王国の各地においても老若男女含め、様々な人間を目にしてきた。
 ごく稀にだが、平民ではあっても――平民そのものといった粗末な身なりで着飾ってなどいなくとも、誰をも惹きつける”美貌の華”を持ち合わせている者に出会った。

 このレイナも平民であるらしいも、そういった美貌の者だ。
 しかし、ライリーの記憶にある美貌の者たちの中でも、レイナの美しさは抜きん出ていた。
 ”美しさ”というのは、多少、個人の好みも反映されるものだが、レイナに対しては”個人の好み”なんて何の意味もなさない。
 まさに、誰もが目を奪われ、誰もの時を止める絶世の美少女。

 しかし、彼女は決して口には出さないも、レイナに違和感を感じていた。
 レイナそのものというよりも、レイナの立ち振る舞いに対しての違和感だ。
 彼女と一緒にいる可愛らしい娘・ジェニーは、”表情は少しかたいが”その外見も、(知り合ってから日は浅いも)中身も年相応のごく普通の娘であるらしいことは薄々感じ取れるも、レイナは何か違う。

 精神的に幼いというのではなく、どこかアンバランスなのだ。
 これだけの美貌であるのに、自分が美しいことを自覚していないというか、自身の美しさ(ならびに周りの者の反応)にも慣れていないような……
 いや、自身の美しさだけでなく、”この世の中にも慣れていないような気がする”。

 世慣れていないことが明らかなこの娘は、いったいどういった理由でアドリアナ王国の魔導士たちや兵士たちと海を越え、異国へととやってきたのだろう?

 ジェニーは何やら相当に高名な実力者であるらしい魔導士アダム・ポール・タウンゼントの孫娘だと聞いている。
 それに、アドリアナ王国の兵士たちは、ここから目と鼻の先とも言える宿舎に泊っていた。
 ライリーはその”エリート兵士”たちと顔を合わせたこともなく、”これから先も顔を合わせることなどないまま彼らはこの地を発つであろうが”、訓練中の彼らの掛け声らしきものは、昼間、この宿にまで時折、聞こえてきていた。
 となると、このレイナはその兵士の誰かの縁者であるのかも――いや、”あった”のかもしれない。

 彼女たちが乗っていた船が海賊――しかも”あの”ペイン海賊団の襲撃を受け多数の死者が出たことも、この宿に泊まっている三人の魔導士たちがそれぞれ怪我を負っていることも、ライリーは知っていた。
 ジェニーの表情が少しかたく、彼女以上に表情がかたいレイナが世慣れていないように感じられるのは、大切な者を永久に失ってしまったが故の”心の傷”によるものかもしれない……


 無垢なるジョーダンのキャッキャッという笑い声に、ライリーは我に返った。
 ジェニーの腕の中で楽しそうにしていた彼ではあったも、やっぱり”お母さん”がいいらしく、ライリーへとそのちっちゃな手を伸ばし、鳶色の潤んだ瞳で彼女を見上げた。


※※※


 空の色は青から赤、そして黒へと変わっていった。
 数多の星がちりばめられた黒の中を、昇りゆく最中である青い月が、その輝く姿を見せている。

 青い月。
 それを見上げる大地は違えども、月はこの世界のどこにあっても同じ姿を自分たちに見せてくれる。

 そのことは、”異世界の”異国の地にいるレイナだけでなく、夏の始まりを思わせる”異国の夜風”に肌を撫でられながら歩くルーク、ディラン、トレヴァー、ヴィンセント、ダニエル、フレディにも、”わずかな”安心感というか、安定感を与える役割を果たしていた。
 自分たちの宿舎と目と鼻の先にある宿屋にいるアダム・ポール・タウンゼントの元へと彼らは足を運んでいた。

 本当ならもっと早くアダムの元を訪れるべきであったも、今朝の乱闘騒ぎ、その後の諸々によって、こんな時間になってしまった。
 当たり前だが、乱闘を止めようとした自分たちには謹慎処分は下されなかったため、兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーにアダムがいる宿までの超近距離の夜間外出は許された。
 それに、ヒンドリー隊長にも”フレディの靴とスープに入れられていた破片”のことは報告していた。

 話を聞いたヒンドリー隊長も、これは自分たちの手に負える件ではない――魔導士の力を頼るべき案件だと即座に判断を下した。

 破片による傷害事件が、自分たちとバーニーにつっかかってきた”兵士たちの誰かの”の仕業であったとしたなら、それはそれで嫌だし、それはそれで大問題ではある。
 しかし、あいつらには物理的に不可能なのだ。

 昨夜の合同風呂の時ならまだしも、朝の配膳時にも、あいつらはフレディへと近づいてくることもなく、各々のスープを受け取った後は、自分たちの席へと真っすぐに向かっていたはずだ。
 それに、フレディだって、目の前で誰かの手がスープに破片を入れようものなら、勘が鋭い彼は気づくであろう。

 となると、魔導士だ。
 魔導士フランシス一味の仕業か?
 でも、奴らにしても何だかいつもと毛色が違う攻撃方法だ。
 
 フランシスはふふふふふ、と不気味な笑い声とともに、その姿を直接うれしそうに見せてくるだろうし、こんな”みみっちい嫌がらせ”など、性格的に好まなさそうだ。
 そもそも、こんな謎のタイミングで攻撃を仕掛けてくる理由がない。
 他の魔導士たち――サミュエル・メイナード・ヘルキャットの狙いは、自分たちではなくて、爺さん(アダム)だ。ネイサンはやる時はドカンと一発といったタイプだし、ヘレンはそもそも自分たちになど興味自体、持っていないだろう。

 フランシス一味でないとしたなら、別の魔導士か?
 心当たりがあるとすれば、ペイン海賊団のバックにいるらしい(自分たちは顔も知らない)クリスティーナとかいう魔導士の報復だ。
 しかし、ペイン海賊団側の報復であると仮定したなら、ジムやルイージの性格上、魔導士クリスティーナの力を多少借りたとしても引き分けの屈辱に燃える自らが剣を手に、宿舎へと真っ向勝負――再戦の殴り込みへとやってくるであろう。


 となると、第三となる魔導士の敵によるものか?
 姿を見せぬ敵。
 目に見えぬ敵。
 
 実はこの時、ヴィンセントとダニエルは、”今回のみみっちい攻撃者”について、わずかな心当たりがあった。
 さすが”希望の光に運ぶ者たち”の中で、頭脳派に属するダニエルと、頭脳派&肉体派の掛け持ち中のヴィンセントといったところか。

 記憶のページを幾枚か捲れば、彼らはすぐに攻撃者――いや”攻撃者かもしれない者たち”へと突き当たった。
 魔導士の中にも”影で生きる者”と書いて、「影生者(えいせいしゃ)」と呼ばれる者たちがいるとしっかり記憶していた彼ら二人。

 そう、もしかしたら、今回の攻撃者は比喩ではなく”本当に目に見えない敵”ではないかと……
 さらに言うなら、ダニエルの生家であるアリスの町の城で詐欺行為&窃盗行為を働いた”持ち逃げ兄妹”は、フランシスの話によると、このエマヌエーレ国へと渡り、さる有力者の元で自分たちの本領を発揮しているらしいのだから……

 けれども、まだ何の確証もないことだ。
 下手に自分たちの仮説を他の者に話して、現状を搔き乱すよりも、まずはアダムに”破片”に残っているに違いない”気”を調べてもらってからにすべきだ、とヴィンセントとダニエルはこっそりと二人だけで判断を下した。
 それに、影生者の仕業だと仮定としても、奴らがフレディ一人へと攻撃の焦点を絞ってくる理由が全く分からない。


 宿の窓からは、明るいオレンジ色の光が漏れていた。
 ルークが呼び鈴を鳴らす。
 何か用があったらアダムの方から自分たちの宿舎へと来てくれるし、自分たちがこの宿を訪れたのは今夜が初めてであった。

 パタパタという足音が中から聞こえてきた。
 玄関の扉を開けたのは、いかにも宿の女将さんといった風情の恰幅の良い中年女性……などではなく、青き月夜の下でも分かるほどに、明るい髪色と艶やかなオリーブ色の肌をした若い女性だった。
 推定年齢二十代前半ぐらいか?
 それに、彼女は女性にしてはかなりの高身長に分類されるであろう。
 縦に大きくて横にも大きいというわけではなく、メリハリのきいたしなやかで女性らしい体つきだ。そんな彼女は、背中に赤ん坊を背負っていた。

 ルーク、ディラン、ヴィンセント、ダニエル、フレディの目に、彼女はそこそこ美人で魅力的な同年代の女性――でも子どもがいるということは、おそらくすでに人妻であり、だが所帯じみてなどはおらず、妙に垢抜けた感じのする”いい女”と映ったであろう。
 そう、この五人には……

 けれども、一人だけ違った。
 全く予期していなかった――状況的に予期などできるはずがなかった、あまりにも突然の”再会”に、トレヴァーだけがハッと息を呑んでいた。
 驚きのあまり息が止まっていたのは、”彼女”――ライリーも同じであったようだ。

 トレヴァー・モーリス・ガルシアとライリー・ステラ・サットン。
 青き月の下、彼らの時だけが止まっていた。
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