上 下
62 / 77
第三章 終わりの始まり

60.揺るがない

しおりを挟む
「アイラちゃんを襲って、蘇芳くんとヘレナさんに怪我をさせて、いったい何がしたいの……っ!!」

 日がまだ高い中、陣形を取って走り並ぶアレックスたちライオンの獣人たち集団に混ざり、初音はアレックスに荷物のように腰を抱えられたまま、今度は雑に岩山へと降ろされた。

 女ライオンの獣人たちを追い払い、アレックスは初音と2人きりとなるなり偉そうに腕を組む。

「俺様だって一応の筋は通して話す機会は求めたんだぜ? それを拒み続けたのはお前らの方だ」

「拒まれても仕方のない言い方や行動しかできないからでしょう!?」

 ふんと鼻を鳴らして初音を見下ろすアレックスに、初音は自分の知らぬところでアスラやジークが対応してくれていたことを悟る。

「……お前この状況下で人間のくせに威勢がいいな。ただの馬鹿かなんなのか知らんが、そんな態度が取れる理由があるってことか? まぁ、俺様の心が広いことには感謝しな」

「早く私を返して……っ!」

 はっはっはっと高笑いをするアレックスを無視して、初音が口を開く。

「俺様を王としたら返してやる」

「だから……っ!!」

 あまりの話しの通じなさに苛立った初音へと伸びた大きな手が、その首を捕らえた。

「威勢がいいのは嫌いじゃない。だが勘違いするな。お前が生きているのは俺を王にできると聞いているからで、俺はどこぞのクロヒョウとは違って甘くない」

「…………っ!!」

 赤みのかかった肉食獣の瞳に、初音の身体は本能から震えた。

 出会った当初のジークとは比較にならない温度差に恐怖しか感じない。

「これは頼んでいるんじゃない。命令だ。お前に拒否権はないと言うことを忘れるな」

 瞳の奥の冷たさにゾッとする。

「首を縦に振れ。痛い思いはしたくないだろう。もしくは女としてわからせてやるか?」

「…………っ!!」

 アレックスの不穏な言葉に、初音は返答に詰まる。

 浮かぶ皆んなの顔と、ジークの顔。

 ここでアレックスと契約でもしようものなら、全てが崩れ去ることは火を見るよりも明らかだった。

 ギリと唇を噛み締めて、初音は無言でアレックスを睨み上げる。

「……強情だな、なぜ拒む。その王たらしめる力が特別なのはわかるが、それなら俺様でもいいだろう。俺様たちにおめおめとお前を奪われるようなクロヒョウが、小賢しい人間に勝てると思うのか」

「皆んなを人質にするようなあなたが正しいとでも言うの?」

「自然界で甘っちょろいことを抜かすな。勝った方が勝ちなんだよ」

 やれやれとでも言うようなアレックスを、初音は睨む。

「……あのクロヒョウの何がそうさせる? 守ってくれるからか? なら今後は俺様が守ってやる。王の隣が欲しいのなら、俺様の隣を渡してもいい。誰でもいいなら、より強い王の隣にいるべきだとなぜわからない?」

 心底不思議そうな顔をするアレックスを見て、初音は同時にジークへ想いを馳せる。

「……あなたは力をくれるなら誰でもいいんでしょう。だから、私も自分と一緒だと思ってる」

「……何だって?」

 眉を寄せるアレックスに構わずに、初音は続けた。

「私はあなたとは違う。守ってくれるから好きになったんじゃない。偉いから好きな訳じゃない。ジークに要らない危険や重荷ばかり背負わせて、ジークに何も返せないのは私の方。それでも、私がジークと一緒にいたいから。ジークも受け入れてくれたからそばにいーー」

「世迷いごとだな」

 ふんとその高い鼻を鳴らして、アレックスは馬鹿にしたようにその口端を歪める。

「ただ都合よく利用されているだけともわからず、そこまで思い上がれるとは大したものだ。望まれてる? そばにいたい? お前たち人間は奴隷の獣人と人間を絡めるような見世物をする品性だと忘れているようだ。お前がその力を持ち得なくても、本当にクロヒョウはお前のそばにいると思うのか?」

 凶悪さを含んだ顔で、勝ち誇ったようにまくしたてるアレックスを、初音は無言で見上げる。

 少しの間を置いてすっと立ち上がると、背筋を伸ばし、その瞳を真っ直ぐに見た。

「あなたには関係ない」

「は……?」

 理解が追いつかないのか、言葉に詰まるアレックスを感情のない瞳で初音は見る。

 何を言われたって、初音の心は1ミリも揺るがなかった。そんな薄っぺらな言葉で、ジークがくれた優しさや感情に一滴の波紋が広がることすらもあり得ない。

「例えここで死んだって、私はあなたを選ばない。私は何度だって、きっとジークを選ぶから」

「はっ、わからんやつだ。あんな小僧のどこがいい。こい、俺様の方がいいと教えてやる……っ!!」

「離して!!」

 ぐいと掴まれた初音の襟口が裂けて、その首から胸元が顕になったことで、アレックスはぴたりとその動きを止めた。

 初音の肌に残る無数の赤い痕を、アレックスはしばし無言で見下ろす。

 即座に襟元を掴む初音に対し、アレックスはまじまじと初音の顔を見た。

「これは驚いたな。まさか、本当に好き合ってるとでも言うのか? 人間と獣人が?」

「……あなたには関係ない」

「……いいや、関係ならある」

 ニヤリとその口を歪めたアレックスが初音のあごを捕らえて上向ける。

「初音とか言ったか。お前、やはり俺様の女になれ」

 そう言って、先ほどまでとは少し違和感のある笑みを浮かべるアレックスに、初音は眉をひそめてその手を振り払った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。

恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。 初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。 「このままでは、妻に嫌われる……」 本人、目の前にいますけど!?

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!

カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」 でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。 大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。 今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。 ダーク 「…美味そうだな…」ジュル… 都子「あっ…ありがとうございます!」 (えっ…作った料理の事だよね…) 元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが… これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。 小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から21年前の物語となります。

処理中です...