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第二章 キミと生きる

42.望まぬ再会 改稿

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「これは驚いた。再び会いたいと思っていましたよ、小娘」

「あ、あなたは……っ」

 茶の短髪に茶のかかった黒い瞳のニヤついた男。

 そう言って初音の目の前に現れたのは、この世界に来た直後に初音を追い詰めた奴隷商ーーバイパーだった。

「悪いねぇ。私らはいつもきな臭い奴らを相手にしているからさぁ、きな臭いやつには鼻が効いちまうんだよぉ」

 そう言って穴だらけの歯で笑った奴隷商の老婆と、雇われのごろつきの男に連れられた、胴元の施設内を奥に進んだその先。

 初音がもう2度と見たくなかった顔へとその身柄は引き渡されて、老婆たちが喜び勇んで別室へと消えるのを黙って見るしかなかった。

 部屋は広かったがあまり綺麗とは言えず、壁際に燃える暖炉が季節外れで、どことない異様さを醸している。

 施設の制服と思しき襟付きの衣服と、ローブに身を包んだ数人に囲まれて、ひざまづかされた初音をバイパーは悠然と見下ろした。

「どなたかのおかげで、特別な仕事や騒動の調査もあってこちらに来ていましたが、まさか件の小娘が奴隷の国で捕まるとは思いませんでした。何かの間違いかと期待半分で来て見れば、まさか本当に会えるとは」

 ふふっとその目を細めるバイパーに、初音はぴくりとも動かない屈強な男2人に押さえ込まれたままにその顔を見上げる。

「鉄製の首輪と鎖がお似合いですね。ですが、今度は逃しませんよ」

 そう言ってバイパーに投げ渡された革製の手枷を、男の1人は抵抗する初音を歯牙にもかけずに後ろ手で拘束する。

 ごくりと喉を鳴らした初音のこめかみを、嫌な汗が伝った時。

「獣に食われでもしたかと思えば、まさか五体満足にそんなに元気そうだとは」

 何が面白いのか、バイパーは顔を手で覆ってあはははと高笑う。

「あなたですよね? 最近世間を騒がせているのは」

「……何の話し?」

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、バイパーが一歩、初音へと近寄る。

「ハンターを立て続けに襲撃し、さらには養殖場を襲って丸こげにした。ようやくと襲われたハンターを探し当てまして、多少の事情を聞くことができました。話を聞けば、どうやら女と男の二人組らしいと。そして男は人間の動きではないのに、なぜか捕縛魔法が効かずに焔まで操るときた」

 得意げに話すバイパーが、腹の立つ大仰な身振り手振りで一通り話し終えると、初音の首輪に繋がる鎖を力任せに引き寄せる。

 男たちに押さえつけられたまま、首だけ力任せに引っ張られ、目の前に現れた細い瞳孔に睨まれた初音はその身体を震わせた。

「そんな暇はなかったはずなのに、どこでどうやって獣を手懐けたのか。とは言えまさかこの国に自ら飛び込んでくるとは、飛んで火に入る夏の虫。よほど奴隷に堕ちたいと見える」

 ふっと悪辣あくらつに笑ったバイパーに、初音の背筋が凍った。

「若い女は金になるからと、普段は焼印を後回しにするのですがーー」

「……は、や、焼印……?」

「おや、さすが異世界人。未だこの世界のことわりをすべて知っているわけでもないのに、よくこうまで立ち回れたものです」

 聞き馴染みのないイヤな単語に思考が取られている初音に構わず、バイパーは楽しそうに笑う。

「何の……話?」

「魔法陣に制約を受けるのは、獣人だけではないと言っているんですよ」

「え?」

「獣はあなたの持ち得る魔力に手懐けられている。つまり、あなたの魔力を封じたらどうなると?」

 細められた瞳に、初音はざわりと総毛立つ。

「奴隷を買う者たちには焼印を嫌う者がいるんです。見栄えが悪いですから仕方もありません。に備えて焼印を推奨しますが、焼印で購買意欲や金額が下がるのも面白くない。なので、基本的には買い手がついた時点で意向を伺うのですが……」

 背後でガチャリと金属が鳴る音がして初音が恐る恐る振り向けば、焼きごてを取り出す男の姿にその血の気が引いた。

「あなたは余程おてんばなようですし、2度と逃すなと言うマスターの厳命があるんです。値は下がるでしょうが、致し方ありません」

 大袈裟にため息をついて見せたバイパーは、言うが否や男たちに目配せを送る。

 初音を押さえていた男の1人が、初音の背面部分の衣服のみをおもむろに短刀で両断した。

「……っ!!!」

 外気に晒された肌の感触に、初音が羞恥と恐怖から身を震わせて目を見開く。

 赤く焼け上がる焼きごてを持って近づく男に、意味のなさない抵抗を試みる初音を、バイパーはいっそ紅潮した頬で薄く笑って見下ろした。

「ちょっと、離して! 離せっ!!」

 必死に抵抗を見せる初音の髪が荒く掴まれ、目前の細い瞳孔が冷たく笑う。

「じっとしていなさい。綺麗に押せなければ、もう一度ですよ」

 そう言ってニタリと笑うバイパーに、初音の血の気が音を立てて引いた。

 近づく熱の気配に、初音が唇を噛み締めたその瞬間、投げ込まれた石によってけたたましい音を立てて割れる窓。

 そこから飛び込むローブ姿の影が、焼きごてをもつ男を跳ね飛ばし、そのままの勢いで初音を取り押さえていた屈強な男2人も蹴り飛ばして床に降り立った。

「怪我は!?」

 がしっと初音のはだけた背中を確認したジークは、何事もないその白い背中を確認すると、詰めていた息を大きく吐いた。

「これはこれは、噂の王子様に会いうのも2回目ですね」

 慌てるでもなくふんと鼻を鳴らすバイパーから、初音を守るようにその身体を抱きしめたジークは、その顔を怒りに染め上げて低く唸り声を上げる。

「どうやってたらし込んだのか、服従というよりは情愛が強いようですが、どうやら頭の方は獣さながら足りていないようだ。主人を助けに何の策も練らず、敵の手中に飛び込むとは、愚の骨頂ですね」

 言うが否や、部屋に繋がる奥と手前の扉から大量の魔法使いと護衛が室内へと雪崩れ込んでくる。

 ハッとした顔でジークが初音の首輪に手をかけた瞬間に、バチんと音がしてその手が見えない何かに弾かれた。

「……っ!!」

 さっと顔色を変えたジークが抱え上げた初音と共に床を蹴ろうとした瞬間、その身体は見えない何かに押さえつけられるように地に沈む。

「ぐっ!!」

「ジークっ!?」

「待っていたんですよ、あなたを」

 部屋に集まった魔法使いに地に縫い止められたジークに寄り添う初音たちを見下ろして、恍惚の表情を浮かべたバイパーは口を開く。

 ぐぐぐと見えない重力に抗うように身を起こそうとするジークに寄る初音を、駆け寄った魔法使いと護衛が引き離した。

「ジーク!」

「初……音……っ!」

 叫ぶ初音を視界の端で捉えながらも、ローブから溢れた耳と尻尾が出たままに動けないジークは、奥歯を噛み締めるほかない。

「ふむ。首輪の魔力制御を受けていても完璧な捕縛とはいかないようですが、焔も出せないようですし、効果は十分ですね」

 ふっとジークを見下ろしたバイパーは、一呼吸置くと、おもむろにその頭をぐしゃりと踏みつけた。

「……っ!」

 床に伏した頭を踏みつけられたまま、歯が折れんばかりに睨み上げたジークを、バイパーは勝ち誇った顔で見下ろしたーー。


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