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第二章 キミと生きる

41.バラバラ

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「異世界人だってよ」

 うるさい雑踏の中で耳に飛び込んできたその言葉に、初音は反射的に振り向いた。

 ライラと言う名の鳥の獣人。そして1枚の羽根だけを頼りにその姿を探し歩いていた一行は、現状大した成果もないままに街をひっそりと歩き回り、鉱山奴隷を囲っていると言う胴元の近くまで辿りついていた。

 けれど問題はそこから。

 中に入ろうと様子を見れば、入り口でローブなどの外装は元より手荷物全てを預けるように指示されているのが伺える。

 初音に懸賞金がかかっていることは周知の事実で、奴隷の国で頭が抜き出た初音の手配金額を認知していない者はいないと言っても過言ではない現状に、一時撤退した3人は建物の影で顔を突き合わせた。

「予定を早めることはできると思うが……」

「……前情報通り人手は少ないみたいだからこの機会を逃したくはないけど、一か八かでやるにはリスクが高すぎるし、せめて中の状況くらいは確認したかったんだけど……」

「頼んでみてはいたが、胴元の施設内はあまり情報も得られなかったからな」

「…………」

 神妙な面持ちのジークと初音を横目で見たアスラは、口枷をつけられたままにその様子を伺い見る。

 そんな最中で、胴元の建物から出てきた男2人の会話が初音の耳に飛び込んできた。

「見た目は普通の兄ちゃんだったな」

「でもほら、今高額な懸賞金がかかってる女も異世界人なんだろう? 異世界人とやらは、特別な何かでもあるんかねぇ」

「お前が買って試してみたらいいじゃねぇか?」

「バカ言うなよ。逃げ出したって懸賞金の女ならともかく、あんなボロ雑巾みたいな兄ちゃんを買って何が楽しいんだよ。しかも弱ってる上に相場より高いし」

「違いねぇ」

 はははと何が面白いのか、笑いながら歩き去る2人の会話に明らかに反応を見せた初音の様子を、ジークとアスラは伺い見る。

「落ちつけ」

「ご、ごめん、大丈夫……っ」

「…………」

 2人が執拗に素性や素顔を隠していた理由を、警戒と言うだけでない何かの訳ありだと、アスラが考えなかったわけではなかった。

 懸賞金の似顔絵も知っていたし、どことなくそうなのではないかと言う可能性はずっと感じていたけれど、それを持ち出す機会は今ではないと思っていただけに過ぎない。

 奴隷の発言など誰も意に介さないとわかっているであろう上での、口枷までの徹底ぶりが示すものはやはりこれだったのかと言う可能性を、アスラは静かに考えた。

「……私は入れないけど、1人か……2人なら……」

「本気で言ってるのか」

 いっそ怒りを含んだジークの声音に、場の空気が冷えた。

 皆まで言わないその言葉が自分を指しているのだと悟り、アスラが口枷のままにごくりと喉を鳴らす。

「心配してくれてることはわかるけど、今までとは規模が違い過ぎて私たちだけじゃやっぱり厳しいよ。異世界人なら、協力してくれる可能性は高そうだし、行動を起こすなら失敗もできない。奴隷の数を見るなら、やっぱり胴元の懐に人間とセットで潜り込む必要があるけど、真正面から無理して、あなたに怪我をして欲しくない……っ」

「…………」

 焔が使えて魔法も効かず、獣人の高い身体能力を持ち得ているとは言え、交戦となっては多勢に無勢で戦わせることになるジークを、初音は助けることもできない。

 ギュッと拳を握る初音を無言で見下ろして、しばし黙りこくったジークは詰めていた息を吐き出すとその場にスッと立ち上がる。

「……内部の様子を確認したらすぐ戻るから、大人しく身を隠していろ。……いらんことは考えるなよ」

 初音を1人残して解放したアスラと2人で潜入するリスクと天秤に掛けたジークは、やむ無く1人で行くと暗に示し、そんなジークを見上げる2人に言い含めると足早でその場を後にする。

 そんな後ろ姿を見送って、路地裏で小さくなる2人の間にしばしの沈黙が降りた。

「不快で不安な思いと、不便を掛けてごめんなさい。もう少しで外すことができると思うので、あと少しだけ辛抱して頂けますか」

「…………」

 ローブに隠れた先の初音を見つめて、アスラは少しの間を置いてこくりと頷く。

「……すみません、彼も、アスラさんを信用してはいると思うんですが、気を配るところが多くて気が立っているだけなんです。でなければ、いくらアスラさんが言ったとしても、ここに連れてくることはなかったと思うので」

「んむっ」

 初音の言葉を受けて、どうだか。と憎まれ口を叩こうとして口枷に阻まれる。眉間にしわを寄せてふぅと鼻から息を吐き出すアスラに、初音が苦笑した、その時ーー。

「こんな路地裏で、しゃがみ込んで何か困りごとか?」

「…………っ!」

 不意に背後から掛けられた見知らぬ男の声にバッと身構えた2人は、街の灯りを背後にこちらを見下ろしてニヤニヤと笑みを浮かべる2人組の男を見上げる。

「どうした? 何か困っているなら手を貸してやろうか?」

「お、お気遣い頂きありがとうございます。少し休憩をしていただけですので……っ!」

 進み出たもう1人の男から距離を取るように、アスラを背後に追いやりながら後退る初音の言葉を全く聞いていないように、男の手がぬっと伸びて初音のローブの端を握った。

「こんな国で、若い女が奴隷と2人でいるなんて危ないぜ?」

「…………っ!!」

 言うが否や、力任せにローブを剥ぎ取られた初音の髪が溢れ舞うのと、男たちの背後の街並みから小さな影が飛び出てくるのはほぼ同時だった。

「やっぱりね!! その女だよ!! 捕まえな!! 逃すんじゃないよ!!」

「おい、この顔まじかよ。婆さんのたわ事と思えばまじでビンゴだ! 手配書の異世界人、こりゃ大儲けだぜ! 約束通り、小遣いはきっちりもらうからな!!」

 隙間だらけの歯が覗く口から唾を撒き散らしながら、目を血走らせた奴隷商の老婆が叫ぶ声を聞く。

 ローブから溢れたその髪をスローモーションのように見つめるアスラは、振り返りきらないその横顔の物言わぬ瞳を見た。

 その瞳と交錯した一瞬の後、アスラは後ろに突き飛ばされた勢いのままに拘束された手を地について転倒をこらえると、そのまま身を翻して走り出す。

「おい待て!!」

「いっ!!」

「ちっ! このアマ邪魔すんじゃねぇ!!」

「女を逃したら承知しないよ!! ほら、あんたはさっさと逃げた男も捕まえておいで! まとめて引き渡してやるんだから!!」

 背後で上がる怒声も悲鳴もすべて無視して、アスラは暗い路地奥へと全速力で走り去ったーー。


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