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第二章 キミと生きる
34.終幕
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ーー初音っ、初音っ、ジークぅっ!
バタバタと周囲を飛び回るネロの気配を感じながら、初音は大粒の汗を自覚していた。
ーーもう……無理……っ
身体が悲鳴をあげていた。もう離してしまえと、悪魔が耳元で囁いている気がする。
マスト期の象を抑えることに協力したところで、人間たちの運命は何も変わらないかも知れないと、手を緩める理由ばかり探す思考を打ち消し続けた。
「ーーもう、いい」
「ーー……え……っ?」
「あんたが罪悪感を感じる必要はない。元はと言えば、こちらの身から出た錆だ」
宙に揺られながら、アスラは闇の中でうごめく象たちを眺め下ろした。
食物連鎖、弱肉強食、自然の摂理。綺麗事を並べたところで、生命を維持するには他者を侵略する必要がある。
各々の侵略の上で生態系がうまく回り、世界が成り立ち存在する。捕食者が何かの理由でいなくなることで、生態系が崩壊する世界もまたあるのだから、それは必要悪なのかも知れないとぼんやり自身を正当化した。
「ーー身の危険を感じても何もしないやつはただの阿保だ。だが、だからと言って必要以上に、いたずらに、相手を害するやつは、それ以上の愚か者だーー」
できれば国や都市の護衛任務に就きたかった。人間たちの領分を脅かしてくる獣を制圧するなど、これ以上の大義名分はなかったから。
けれど現実は甘くない。基本的に安全で危険が少なく賃金も良い都市部の護衛任務は、余程の実力者か、地位か、コネか、そう言う類の者であらかた埋まり、アスラのようなならず者に片足を突っ込んだような者には空きなど回っては来なかった。
暴力で脅されて、暴力で獣を制圧した。自身の扱いが、制圧した獣と変わらないことに、気づいたーー。
「ーー久しく忘れていた。私はただ、自由に生きたかっただけだったーー……」
その為に、他を支配して犠牲にした。
「ーーアスラさん……っ」
「ーー帰れたところで、罰も免れない。あんたがそんなに、必死になったところで、何にもーー」
「それでも……っ」
初音の声に反応するようにアスラが見上げる。2人の視線が交錯する。
「それでも……っ……私は離しません……からっ!!」
「ーー…………っ」
「大丈夫か」
ぐいっとアスラの首根っこを掴まえて持ち上げたジークが、枝に這いつくばった初音の顔を覗き込んだ。
「あ……っ!?」
「悪い、遅くなった」
ギリギリにジークの名前を飲み込んで、感触のない腕から指先を動かすことが全くできず、初音は顔だけあげてジークを見る。
「ケガ……ない……?」
「問題ない」
見たところグリネットに受けた頬以外には怪我も見受けられず、初音は安堵の息を吐いた。
「よ、よかった……っ!!」
少し焦ったようなジークの表情と、目を丸くして緊張しているアスラの様子に安堵して涙が滲み、初音は半泣きで幹に突っ伏した。
動揺するジークとネロの気配を感じながら、痛くて痺れる腕と指先、包まれる疲労に後悔はかったーー。
象たちとの交渉は、結果として象たちが引く形で幕が降りた。
一族から出たマスト期の獣人と言う混乱は象の中では思うよりも大きなものであったらしく、その騒ぎで当人を含めて負傷者をほぼ出さなかったことは大きな功績だった。
その鎮火に一役買ったことには、昼間の騒ぎに加えて象たちにこれ以上ないほどの気まずさを抱かせたが、それでも引き下がらなかった族長を退かせた鶴の一声は、件の族長の娘の獣人の存在だった。
昼間に魔具を打ち込まれ、仲間に捨て置かれた所を初音とジークに助けられた身としては、そもそもとしてこの交渉には気乗りをしていなかった。
そのダメ押しに、暴れ狂うマスト期の獣人からこの獣人とその仔象を身を呈して庇ったのは結果としてまたしてもジークであり、初音の介入も捨て置けない。
「助けてもらったのにごめんなさいね。人間たちに追いかけ回されることが多くて、夜に活動しなくてはいけなくなったりでストレスが溜まっていて……。人間に対して安全に鬱憤を晴らせる機会なんて滅多にないから、皆んなその気になっちゃって……」
象の鼻と耳と眉尻を下げた女性の獣人は、申し訳なさそうに初音の手を取った。
「昼間は動転していて、きちんとお礼も言わずに恥ずかしいわ。その上、恩を仇で返すような真似をして、族長……父に代わりお詫びします」
「いえ、こちらこそ皆さんを説得して頂けて……っ」
象の群れの中でチラチラとこちらを気にしている族長が気にかかりながらも、初音はふるふると首を振る。
ーーあの焔どうやってたのっ!? ヒーローみたいっ! カッコいいっ!!
「ーー……ま、まやかしだ……っ」
ーーえっ!? 仕掛けがあるの!? 僕でもできるっ!?
「い、いや……っ」
横で助けた仔象に懐かれているジークが、返答に窮しているのを眺めて象の獣人と2人で笑う。
「……ごめんなさい、最近、夫を失ったばかりだから、きっと助けてくれたことが嬉しかったんだわ」
「ーーそれ……は……っ」
象の獣人は言い淀む初音を、少し寂しそうな顔で見ると静かに微笑む。
「今日は本当にもうダメだと思ったの。私をあの子の側に戻してくれて、本当にありがとう」
「ーー……」
微笑んだ女性の象の獣人の目に光る涙を見て、初音は返す言葉を見つけられなかったーー。
バタバタと周囲を飛び回るネロの気配を感じながら、初音は大粒の汗を自覚していた。
ーーもう……無理……っ
身体が悲鳴をあげていた。もう離してしまえと、悪魔が耳元で囁いている気がする。
マスト期の象を抑えることに協力したところで、人間たちの運命は何も変わらないかも知れないと、手を緩める理由ばかり探す思考を打ち消し続けた。
「ーーもう、いい」
「ーー……え……っ?」
「あんたが罪悪感を感じる必要はない。元はと言えば、こちらの身から出た錆だ」
宙に揺られながら、アスラは闇の中でうごめく象たちを眺め下ろした。
食物連鎖、弱肉強食、自然の摂理。綺麗事を並べたところで、生命を維持するには他者を侵略する必要がある。
各々の侵略の上で生態系がうまく回り、世界が成り立ち存在する。捕食者が何かの理由でいなくなることで、生態系が崩壊する世界もまたあるのだから、それは必要悪なのかも知れないとぼんやり自身を正当化した。
「ーー身の危険を感じても何もしないやつはただの阿保だ。だが、だからと言って必要以上に、いたずらに、相手を害するやつは、それ以上の愚か者だーー」
できれば国や都市の護衛任務に就きたかった。人間たちの領分を脅かしてくる獣を制圧するなど、これ以上の大義名分はなかったから。
けれど現実は甘くない。基本的に安全で危険が少なく賃金も良い都市部の護衛任務は、余程の実力者か、地位か、コネか、そう言う類の者であらかた埋まり、アスラのようなならず者に片足を突っ込んだような者には空きなど回っては来なかった。
暴力で脅されて、暴力で獣を制圧した。自身の扱いが、制圧した獣と変わらないことに、気づいたーー。
「ーー久しく忘れていた。私はただ、自由に生きたかっただけだったーー……」
その為に、他を支配して犠牲にした。
「ーーアスラさん……っ」
「ーー帰れたところで、罰も免れない。あんたがそんなに、必死になったところで、何にもーー」
「それでも……っ」
初音の声に反応するようにアスラが見上げる。2人の視線が交錯する。
「それでも……っ……私は離しません……からっ!!」
「ーー…………っ」
「大丈夫か」
ぐいっとアスラの首根っこを掴まえて持ち上げたジークが、枝に這いつくばった初音の顔を覗き込んだ。
「あ……っ!?」
「悪い、遅くなった」
ギリギリにジークの名前を飲み込んで、感触のない腕から指先を動かすことが全くできず、初音は顔だけあげてジークを見る。
「ケガ……ない……?」
「問題ない」
見たところグリネットに受けた頬以外には怪我も見受けられず、初音は安堵の息を吐いた。
「よ、よかった……っ!!」
少し焦ったようなジークの表情と、目を丸くして緊張しているアスラの様子に安堵して涙が滲み、初音は半泣きで幹に突っ伏した。
動揺するジークとネロの気配を感じながら、痛くて痺れる腕と指先、包まれる疲労に後悔はかったーー。
象たちとの交渉は、結果として象たちが引く形で幕が降りた。
一族から出たマスト期の獣人と言う混乱は象の中では思うよりも大きなものであったらしく、その騒ぎで当人を含めて負傷者をほぼ出さなかったことは大きな功績だった。
その鎮火に一役買ったことには、昼間の騒ぎに加えて象たちにこれ以上ないほどの気まずさを抱かせたが、それでも引き下がらなかった族長を退かせた鶴の一声は、件の族長の娘の獣人の存在だった。
昼間に魔具を打ち込まれ、仲間に捨て置かれた所を初音とジークに助けられた身としては、そもそもとしてこの交渉には気乗りをしていなかった。
そのダメ押しに、暴れ狂うマスト期の獣人からこの獣人とその仔象を身を呈して庇ったのは結果としてまたしてもジークであり、初音の介入も捨て置けない。
「助けてもらったのにごめんなさいね。人間たちに追いかけ回されることが多くて、夜に活動しなくてはいけなくなったりでストレスが溜まっていて……。人間に対して安全に鬱憤を晴らせる機会なんて滅多にないから、皆んなその気になっちゃって……」
象の鼻と耳と眉尻を下げた女性の獣人は、申し訳なさそうに初音の手を取った。
「昼間は動転していて、きちんとお礼も言わずに恥ずかしいわ。その上、恩を仇で返すような真似をして、族長……父に代わりお詫びします」
「いえ、こちらこそ皆さんを説得して頂けて……っ」
象の群れの中でチラチラとこちらを気にしている族長が気にかかりながらも、初音はふるふると首を振る。
ーーあの焔どうやってたのっ!? ヒーローみたいっ! カッコいいっ!!
「ーー……ま、まやかしだ……っ」
ーーえっ!? 仕掛けがあるの!? 僕でもできるっ!?
「い、いや……っ」
横で助けた仔象に懐かれているジークが、返答に窮しているのを眺めて象の獣人と2人で笑う。
「……ごめんなさい、最近、夫を失ったばかりだから、きっと助けてくれたことが嬉しかったんだわ」
「ーーそれ……は……っ」
象の獣人は言い淀む初音を、少し寂しそうな顔で見ると静かに微笑む。
「今日は本当にもうダメだと思ったの。私をあの子の側に戻してくれて、本当にありがとう」
「ーー……」
微笑んだ女性の象の獣人の目に光る涙を見て、初音は返す言葉を見つけられなかったーー。
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