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第二章 キミと生きる

32.決裂

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「……族長までわざわざ出向いて来るとはーー」

 星空が輝く闇の中を移動する影。地面を揺らすような地響きと足音が、大木を囲むように止まる。

 大木の幹にもたれた身体を起こしたジークは、目の前に立ちはだかる巨体を金の瞳で見据えた。

「昼間は盗人どもより我が家族を助けてくれたこと、礼を言う」

 ジークの正面に陣取った族長と呼ばれた巨漢の年配男性は、年齢に見合わぬ隆々の筋肉を野生的デザインの衣服に身を包む。

 大木の周りを囲む象の鼻や耳、尻尾や手足を持つ獣人と獣型の象たちは、その雄々しい族長を見守るように大木を取り囲んだ。

 象の族長である獣人の顔や身体に獣らしさはないけれど、その纏う空気は不思議と象を連想させる。

「礼には及ばない。こちらが好きで介入しただけだ」

「我が家族の命の恩人であるクロヒョウよ。貴殿には最大限の敬意と礼を伝えたい。ーーで、あるからして……」

 有無を言わせぬ圧を含んだ瞳で族長はジークを見下ろした。

 元より細い体躯の部類に入るジークに対して、威圧感を纏った族長の存在感は大人と子どもを思わせるほどの差がある。

「我が家族を傷つけた人間どもを引き渡して欲しい」

「…………そう言うのだろうと思っていた」

 ふっと笑みを浮かべたジークは、その金の瞳をローブの奥でスッと細めた。

「人間どもを庇う理由などないだろう?」

「庇っている訳じゃない。アイツらがどうなろうとどうでもいい。増してや俺たちに悪戯に手を出すようなヤツらなら尚のこと。ーーだが、こちらにも都合がある。捕まえた人間の中には貴族がいる。後先考えずに手を出すと面倒なことになるぞ」

 口の端を歪めるジークを一時見下ろして、族長はその表情に影を落とす。

「ーー貴族がなんだ。貴族どものせいで、貴族どもが悪戯に牙や栄光を欲しがるから、我らが同胞たちはこんなにも少なくなった。人間を避けて夜に行動し、闇に潜んだ肉食獣どもに子どもを殺される。今日だって襲われたのは我が娘だ。それでも人間に手を出すなと言うのか」

「そうは言ってない。が、あんたらが見捨てた仲間を助けたのは俺たちで、危険を犯してアイツらを捕らえたのも俺たちだ。この自然界で、リスクなしに要求が通る訳がないことくらい、あんたならわかっているだろう」

「ーーつまり、引き渡すつもりはないと言うことか」

「……そう聞こえたか?」

「さすが、人間なんぞとつるんでいるだけあるようだな、クロヒョウ……!」

 ギロリと目を光らせた族長が、その太い足を踏み鳴らす。それに呼応するように周囲の獣人や象たちが一斉に騒ぎ立てた。

「大人しく退けと言っている! いつまでも自分たちが頂点だと思うなよ……!」

 ギラリと目を光らせたジークは、豪と炎を立ち上らせて跳躍し、大木の幹の中腹に掴まり吠えた。





「んん…………っ!!」

「んんーーっ!?」

 にわかに大きくなった騒ぎに、堪えかねたグリネットと他数名が木に吊るされたままに騒ぎ出す。

「静かにして! 落とされたいのっ!? 無駄に刺激しないで!」

「ーー……っっ!」

 初音の一喝にビクリと身体を震わせた男たちは、少しの後に気まずそうに静かになった。

「…………っ」

 人が容易に乗れるような太い樹上で、ギリと幹に爪を立てた初音は下を覗き込んで狼狽える。

 この多勢に無勢でジークが身体を張ってまで、自分たちに危害を加える人間を守って矢面に立つ必要があるとは思えない。

ーーどうしよう……っ

 打ち合わせる間もなくジークとの距離が離れてしまったことから、最大限初音に寄り添ってのジークの行動なのだとわかった。

 いざとなれば引くだろうと思う一方で、裏を返せばギリギリまで相対するつもりでもあるように感じる。

「……っ……嗅覚と聴覚が鋭くて、緻密な動きができる鼻は筋肉でできていて、夜に最適とは言えないけれど、活動は可能な夜目……っ……人間が見分けられるほどの高い認知能力に、強い仲間意識。動物界ではヒエラルキー上位の種で……っ……違う、こんなんじゃなくて……っ……何か……っ……何かないの……っ」

 頭に流れてくる情報に歯噛みしながら、とても冷静とは言えないことに自分で気づいていた。

 大木を二重に囲むほどの象や象の獣人たちの大群に、1人相対するジークの焔を上から見下ろして、気ばかり焦る自身を落ち着けようと努めるけれどうまくいかない。

 ジークが怪我をするかもしれないと言う恐怖で、初音の指先は面白いほどに震えた。

「ーーっ!」

 初音がギリと唇を噛み締めた次の瞬間、ドーンと言う大きな音と共に大木が大きく揺れる。

「え……っ!?」

 見下ろしていた枝に思わずしがみついた初音の横で、大きくバランスを崩したアスラの身体が見えた。

 吊るされていた他の人間とは違い、手足を縛られて口と視界を封じられたまま樹上にいたアスラの身体は、予想外の振動にいとも容易くバランスを崩す。

 その身体がスローモーションのようにゆっくりと宙へと投げ出されるのを見て、初音は目を見開いたーー。
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